「きみは強いからひとりでも平気だよね」と婚約破棄された令嬢、本当に強かったのでモンスターを倒して生きています

猫屋ちゃき

文字の大きさ
2 / 30

2、救いの主は流星のごとく

しおりを挟む
「グオォッ」

 目の前のモンスターが咆哮をあげるのを聞いて、それが何者かに攻撃を受けたのがわかった。
 視線を下げると、モンスターの足元に人がいる。
 鮮やかなオレンジ色の髪をした、私と同じくらいの背丈の少年だ。
 その少年が攻撃したのだとわかった瞬間、痛みから正気に戻ったモンスターが、怒りの雄叫びを上げながら大きく前足を振るおうとした。

「ちょっと! そこどいてて!」
「は、はい」

 少年は手に持った剣でモンスターの前足を受け止めてから、押し込むようにして斬りつけた。
 そしてまた間合いを取って、モンスターの足元を縫うように動いて斬りつけていく。
 彼が俊敏さと身軽さを重視する戦い方をするのがわかって、私は慌てて距離をとった。彼がせっかくモンスターを翻弄した動きをしているのに、ここで私がぼんやり立っていたら邪魔になる。

(すごい……まずはモンスターの足回りを攻撃して、機動力を奪ってるんだわ。それから、大きなダメージが入る部位を狙うのね)

 安全なところまで後ずさりしたあと、私は落ち着いて少年の戦いぶりを眺めることができた。
 少年は何度も繰り返しモンスターの足を斬りつけ、動きを鈍らせていった。
 トカゲ型モンスターは、その大きな体を活かした戦い方しかできないようだ。火を吹いたり毒を出したりという攻撃方法があるのなら用心しなければならないけれど、今のところそういった動きはない。
 モンスターはその前足を使って少年を踏み潰そうとしているものの、傷つけられた体では彼の動きにもうついていけないようだ。
 動きが鈍くなってしまっては、あとは大きな的だ。
 少年はトドメを刺そうと考えたのか、宙に飛び上がった。
 剣をまっすぐ突き下ろす格好で宙にいるということは、この一撃で仕留めるつもりなのだろう。

「あっ……」

 いわゆる溜めの攻撃の姿勢になったことで、少年の動きが鈍った。溜めの姿勢はどうしても隙ができる。それをモンスターも見逃さなかった。
 モンスターが身を屈め、尻を高く上げて尻尾を振ろうとしたのが見えた。その尻尾で、宙にいる少年を叩き落とそうとしているようだ。
 溜め攻撃からすぐに俊敏な動きへの切り替えはきっと難しい。前足を振るうだけで地面を抉り取れるほどの威力なのだ。それをまともに食らえば、少年は無事では済まないだろう。
 瞬時にそこまで想像を巡らせて恐ろしくなって、私は自分のバリアを解いて、少年に向かって魔法を放った。
 障壁と、攻撃力増加の魔法。
 もしバリアで尻尾の攻撃を防ぎきれなくても、攻撃力を上乗せした彼の溜め攻撃が入ればモンスターにかなりの打撃を与えられるはずだ。

「ギエェェッ」

 目論見通りバリアは尻尾の攻撃を弾き、少年の渾身の一撃はモンスターの首に届いた。
 体を激しく震わせ断末魔の叫びを上げたあと、モンスターは地面に倒れて、それから動かなくなった。

「ふー、倒せたか。ありがとな」

 モンスターの体から剣を引き抜くと、少年は私のほうを振り返った。
 少年はオレンジ色の髪に、鮮やかな青の目をしている。これまで出会ったことがない容姿の人だ。
 それは、言ってみれば貴族的な美しさではない。社交界では、というよりこの国では、見かけないタイプの容貌だから。
 でも私は、彼を見て美しいと思った。

「大丈夫か? もしかして、魔力切れを起こしてるとか?」
「い、いえ、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」

 見惚れてしまっていたのを、彼は体調不良と勘違いしたらしい。
 だから私はすぐにきちんと立って、大丈夫だということを示した。
 あんな危険なモンスターから助けてもらった上、体調の心配までしてもらうなんて申し訳ないから。
 
「それならよかった。で、元気なら少し手伝ってほしいんだけど」
「え、わかりました」

 私が元気とわかると、少年はすぐさまモンスターに向き直った。倒したものを、一体どうするというのだろう。

「水の魔法、使える?」
「はい」
「それなら、俺の剣に沿わせるようにして発動できるかな? こいつを今から解体したいんだけど、血で濁ると肉質が落ちるんだ。本当は流水でやりたいとこだけど、水場に行くまでに鮮度が落ちるのも嫌だから」
「えっと……わかりました」

 肉質だとか鮮度とか、少年が何を言っているのかわからなかったけれど、このモンスターの死骸を解体するのはわかった。
 森の中とはいえ、人が通る場所に置いておくのは邪魔だろう。だから、どかすにしても細切れにして動かしやすくするのは理屈が通っている。

「こいつの討伐に行くって伝えてるから、時間がくればギルドの職員が取りにきてくれるのはわかってるんだけどさ」
「ギルド?」
「そう、ギルド。でもあいつら、自分たちがちんたら回収しにきたにもかかわらず、やれ腐敗が進んでたの、やれ状態が悪いだの言い出すから、傷まない処理はなるべくしときたいんだ」

 少年は私が水の魔法を発動させると、手早くモンスターの体に剣を突き立てていった。コツがあるのか、あれほど堅いと思っていた外皮にも、角度や場所に気をつけると刃が立つようだった。
 手慣れている。今の口ぶりからして、きっといつもモンスターを倒したあとは、こうして解体しているのだろう。

「……モンスターの死体が傷むと、何か問題なんですか?」

 ふと気になって尋ねると、彼は驚いたように振り返った。そのとき手や足元が血で汚れているのがわかったから、私はすぐさま水の魔法ですすいであげた。

「きみ、その服装は教会所属のシスターさん? 手に持ってる本も教会支給のだし」
「え、ええと……シスターではないのですけれど、教会に頼まれて、このあたりのモンスターを狩ってました」
「その言い方だと……もしかして、ギルドを通した依頼じゃないのか?」
「そもそも、ギルドが何かも……正直わからないのですけれど」

 私の答えがよほどまずいものだったのか、聞くうちに少年の顔はどんどん曇っていった。

「ここ最近、ギルドを通さない勝手な討伐が増えてるとは聞いてたんだ。ギルドを通じてモンスター退治を依頼するには、手数料がかかるから。直で雇えば、冒険者に対する依頼料だけで済むって考えなんだろうけど、危なすぎるだろ……」
「つまり、普通ならばモンスター退治は、ギルドというところを通じて受けるもの、ということですか? そして、依頼する側はお金がかかり、依頼された側はお金がもらえると」
「そういうことだ。……その聞き方、もしかして教会からの頼みを無償で聞いてるとか言わないよな?」

 少年の質問に、私は素直に頷いた。
 彼の話を聞きながら、何となく自分の存在がイレギュラーなのではないかと感じていたのだ。
 話を聞く限りモンスター狩りは、どうやら冒険者――教会では専門職の人と呼んでいた――がやるものなのだろう。ギルドという、おそらく統括部署を通じて。
 そして本来、誰かにモンスター退治を依頼するにはお金がかかるということらしい。ギルドを通せば、人を集めて派遣するための手数料を取られるのが普通だということも、少年の話から理解できた。
 それなら、少年が私の話を信じられない顔で聞くのもわかった。

「その、お金を取るべきものと知らずにいたので……きっと教会の方も私を騙す気ではなかったのだと思いますよ。こうして装備も分け与えてくださいましたし」
「いや、そんなの、意味があるかなしかの初期装備じゃん」

 何とか教会を擁護しようとしてみたが、自分で言いながら少し無理があるなと感じていた。
 教会所属のシスターたちが身に着けるローブに加護が授けてあるこの装備も、正直心許ないとは思っていたのだ。教会側が心ある人たちならば、モンスター退治に行く私にもう少しマシなものをくれてもよかったはずだ。
 
「お金をもらってないことにこれまで違和感を持ってなかったのか……それなら、なんでモンスター退治なんか?」

 少年は、不思議そうに私を見る。
 彼の疑問はもっともだ。きっとモンスター退治をする人のほとんどが、お金のためにやるのだろう。そうでなければ、割に合わない。
 でも私がこれまでそれに気づかなかったのは、別のことで頭がいっぱいだったからだ。

「……己の強さを、確かめたかったのです」

 正直に打ち明けると、少年は驚いたように目を見開いた。それから、おかしくてたまらないというように噴き出した。

「どこのお姫さんかと思うようなきれいな子が、勇ましいこと言うもんだな」
「そんな……笑わなくても」
「いや、ごめん。おかしかったんじゃなくて、気持ちがいいなと思って。俺、そういうの好き」

 少年はオレンジ色の髪を揺らして、お腹を抱えて笑う。
 でも確かに、馬鹿にされているのではないとわかった。どうやら褒められているらしいとわかって、私は何だか照れてしまった。

「よし。その勇ましさに免じて、今回の報酬は山分けといこうか。今からギルドに一緒に来いよ」

 ひとしきり笑ったあと、少年は言った。
 助けてもらった上に報酬を分けてもらうだなんて申し訳なくて、私は首を振る。

「いただけません。だって、私だけでは到底倒せませんでしたから」
「手伝ってくれただろ? きみのバリアと攻撃力付与がなかったら、たぶんもっと手こずっただろうし」
「でも……」
「いや、報酬受け取って新しい装備を買ったほうがいいって」

 提案を断ろうとすると、彼は「ほら」と言って私のことを指差した。
 指先が指し示すのは、私の太もものあたり。見るとそこは、ざっくりと布地が裂けて肌があらわになってしまっていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

処理中です...