「きみは強いからひとりでも平気だよね」と婚約破棄された令嬢、本当に強かったのでモンスターを倒して生きています

猫屋ちゃき

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3、いざギルドへ

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 服が裂けて肌を人目に晒してしまっただなんて、淑女にあるまじき行為だ。
 慌てて、どうしたらいいのか悩んだ結果、私は持っていた魔導書を広げて太ももを隠した。

「あの、とんだお目汚しを……ああ、お嫁にいけない……」
「何をそんなこと言ってんだ。貴族のお嬢様じゃあるまいし」
「で、ですよね……はは」

 恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分になって思わず漏れた言葉に、少年は笑った。
 こんな醜態を晒して貴族の令嬢だなんてバレるわけにはいかなくて、私は合わせて笑ってみせた。
 笑っている場合ではないのだけれど。ここが森の中で本当によかった。
 でも、このままの格好ではいられない。教会に戻れば新しいローブをもらえるとは思うものの、私の素性を知る人たちにこの姿を見られるのはまずい気がした。

「お言葉に甘えて、ギルドまでご一緒させていただいてもよろしいですか? 恥ずかしながら、今までギルドというものを存じませんでしたので、場所もわからず……」

 助けてもらった上に厚意に甘えるのは心苦しいが、このままではどこにもいけないのだから仕方がない。
 私が頭を下げると、少年は気にしていない様子で笑った。彼が笑うと、後ろで結んだ髪が尻尾のように揺れる。

「いいぜ。ていうか、俺相手にそんなかしこまった物言いしなくていいよ。歳も近いんだろうしさ。俺はディータ」
「イリメルと申……イリメルです」
「よろしくな!」

 少年――ディータに手を差し伸べられ、私はその手を取った。
 握手をすると、その手は硬かった。タコがたくさんできた、働き者の手だ。
 それを意識して、私は突然恥ずかしくなってしまった。これまで男性の手といえば父と兄か、婚約者であるエーリク様のしか知らなかったから。
 でも、ディータは女性の手を握って恥ずかしいなどということはないらしく、全く照れた様子はない。

「さて、それじゃあ行きますか」
「え?」
「それ!」
 
 ディータは握手の手を解かないまま、地面に何か小さな珠を投げつけた。
 すると足元に魔法陣が浮かび上がり、私たちの体はそこへ吸い込まれていく。

「え? こ、これは?」
「移動用魔法陣。略して移動玉」

 どういう原理かはわからないけれど、ディータの言葉をそのまま理解するなら、私たちはどこかへ移動中らしい。
 でも、移動をしているという抵抗感や浮遊感は一切なく、目の前が少しの間暗くなったかと思ったら、気がつくと別の景色が目の前に広がっていた。

「さ、着いたぜ」
「ここが……?」

 魔力の流れを生じさせる龍脈(レイライン)を利用した魔法式なのかしらとか、それともかなり上位の空間魔法なのかしらと考えていたところに、景色が変わってすぐに理解が追いつかなかった。
 
「人が、たくさん……」
「そりゃ、ギルドだからな。依頼待ち、同行者(パーティー)募集待ちの冒険者から、俺たちみたいに討伐を終えて精算しにくる冒険者もいるから」

 貴族の邸宅の応接室くらいの大きさの部屋に、所狭しと人がいる。
 部屋の一番奥にはカウンターがあり、その中で職員と思われる人々が立ち働いていた。
 そのカウンターに、大剣を担いだ人や、弓を背負った人、私と同じように魔導書を手にした人などが並んでいる。
 
「ここがギルド……ここにいるのが、冒険者」

 教会の人たちが〝専門職の人〟などとざっくりした呼び方をしていた存在が、こんなにも多岐に渡った職種だということに驚いていた。
 そして、あきらかに自分の服装が浮いていることにも。
 当たり前だけれど、モンスターと戦うのだから、冒険者たちはみんなそれなりの格好をしている。
 間違っても、こんな加護がついている他は聖職者のローブと変わらないもの一枚で過ごしている者などいない。

「今日はやけに人が多いな。先に隣の酒場で食事でもしようか」
「は、はい」

 わけもわからず落ち込んで人の多さに酔ってしまいそうだと思っていたところ、ディータがそう声をかけてくれた。
 そして彼は私の手を引いて、ギルドと続きになっている隣の建物に移動した。
 そこにはテーブルと椅子がたくさん並んでおり、先ほどよりも人がいるように見える。
 使用人たちから話を聞いたことがある、酒場(パブ)なのだろう。庶民の社交場なのですよと教えてもらっていたのだけれど、本当にそうらしい。ひっきりなしに大きな声でのおしゃべりが飛び交っている。
 なるほど、これが庶民の社交場なのかと驚いていると、ディータが空いている席を見つけて、そこへ連れて行ってくれた。

「嫌いな食べ物ある?」
「いえ、ありません」
「じゃ、テキトーに頼んでくる」

 そう言い残すと、ディータは颯爽といってしまった。こういうところでの作法がわからないから、彼が率先してやってくれるのはとても助かる。
 家を飛び出してからも、基本的には教会を拠点にしていたから、こういった場所で食事を摂ったことはなかった。
 機会がなかったからというより、怖かったからかもしれない。
 今も、料理を取りに行ってくれたディータが早く戻ってきてくれないかと、その姿をつい目で追ってしまっていた。

「そんなにお腹空いてた?」
「い、いえ……」
 
 両手に飲み物と料理のお皿をモリモリにして戻ってきたディータは、私の顔を見て笑った。不安そうに見ていたのを、空腹と勘違いされたらしい。

「それじゃ、乾杯しよっか」
「え、あ、はい」

 ゴブレットを差し出され焦ったけれど、中を見ればそれが酒ではなく果実水なのはすぐにわかった。
 ゴブレット同士をぶつけてからひと口飲むと、爽やかな甘さと酸味が喉を潤してくれた。

「やー、やっぱ労働のあとの一杯は格別だな。酒飲むために働いてるやつがいるの、わかるもんな」
「え、酒?」
「あ、大丈夫。イリメルのはジュースだから」
「……ディータさんのは?」

 彼のゴブレットを覗き飲むと、私の飲んでいるものとは色が違った。香りも違い、果実の爽やかな香りの奥に確かに酒特有のにおいがする。
 とんだ不良少年だと思って私が顔をしかめると、ディータは慌てて首を振った。

「違う違う! 未成年の飲酒じゃないから。俺、たまに間違われるけど、ちゃんと大人だって! これでも二十一だぜ」
「まあ、そういうことにしておいてもいいですが……」

 私より少し背が高いくらいで、顔立ちもまだどこか幼い。童顔と言われればそれまでなのだけれど、〝少年〟だと思って行動を共にしていた男性が立派な〝青年〟だったとわかると、少しバツが悪かった。
 なぜなら、私は先ほどの戦闘でローブを破いてしまい、未だに太ももをあらわにしているのだから。
 彼が気にした様子がないのが救いではあるものの、私は殿方相手にずっと太ももを晒しているという事実に気が気ではなくなっていた。

「服破れてるの、そんなに気にしなくていいって。だって、今のイリメルより露出が激しい職種の人もいるし。ほら、斧使いなんて、機動性をあげるためにあんな感じだし」

 私の恥じらいに気がついたらしいディータが、「ほら」と言って指差した。そちらを見ると、傍らに戦斧を置いて食事を楽しむ女性がひとり。
 その女性は、肩や胸元、膝から下は鎧のようなものを身に着けているが……下半身は心許なかった。というより、下着にしか見えない装備を身に着けている。
 とてもセクシーで目のやり場に困り、私はそそくさと視線をそらした。

「まあ、気になる子は気になるよな。イリメルはお嬢さんっぽいし」

 私の不慣れな様子を見て笑うディータに、ドキリとさせられる。
 もう少し砕けてこなれた感じを出せないと、貴族の令嬢とバレてしまうかもしれない。
 太ももあらわな破廉恥令嬢だと思われてはいけないから、私は少しワイルドぶってみる。

「私がお嬢さんだなんて、そんな……これでも子供のときはお転婆だったんですよ。兄や周りの男の子たちより馬に乗るのもうまかったですし」
「おお、乗馬とかやっぱりお嬢さんっぽいな。田舎もんは馬は農作業の手伝いにしか使わねぇよ」
「……そ、そうなんですか?」

 ワイルドなところをアピールしようと思ったのに、ボロが出てしまいそうになった。もしかすると、迂闊に喋らないほうがいいのかもしれない。
 仕方なく、私は食事に集中することにした。
 ディータが用意してくれたのは、パンで肉や野菜を挟んだものだったのだけれど、ボリュームがすごくてなかなか食べづらい。
 こぼさずきれいに食べようと思うと、どうしても大きな口を開けるしかなくて、それが少し恥ずかしかった。

「いい食べっぷりだな。肉の丸焼きとかだと食べにくいかなって思ってパンにしたんだけど、やっぱよかったな」
「ありがとうございます。おいしいです」
「いいっていいって」

 ディータも自分のぶんを食べながら、ニコニコしている。
 不慣れな私にとっては十分食べにくかったのだけれど、彼の配慮が嬉しい。

「食ったところで、カウンターに行くか。たぶん討伐完了の確認も終わってるだろうから、精算はさっさとできるはずだ」

 食事を済ませると、ディータはまた私を伴ってギルドへ向かった。
 彼の言うとおり、先ほどよりも少し空いている。

「精算すると、報酬がもらえるのですね」
「そう。で、イリメルの装備を買いにいきたいから、先にギルド登録を終わらせないと。買えないこともないんだが、割引が使えないんだよな」

 言いながらディータはひとつのカウンターへ行き、討伐の完了報告とやらを済ませていた。
 すると、ギルドの職員は魔法が施された石版をいくつか確認しながら、ディータに銀貨と銅貨を渡した。

「で、こっちが登録カウンターね。おーい、新人冒険者を連れてきたんだけど」

 登録カウンターとやらには人がおらず、声をかけると別の場所から職員が走ってきた。どうやら、部署を兼任しているらしい。
 ここで登録を済ませれば、ようやく私は脚がスースーするこのボロローブとお別れできるのだ。
 そう思ってホッとしていたのに、職員は私を一瞥して冷たく言い放った。

「登録ですか? ……推薦状がないと、ちょっと」

 

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