恋愛栽培 ―A Perfect Sky ―

明智紫苑

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本編

真剣な遊び

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「さて、秀虎殿、どこまで回復しているのかな?」
 その男は、加奈子の家の前に立っていた。男は、秀虎の水槽がある部屋の窓に向かった。彼が指を鳴らした瞬間、姿が消えた。
「久しぶりだな?」
「貴様は、果心…!?」
 果心と呼ばれた男は、窓に手も触れずに部屋に侵入していた。年格好は30歳前後、身長は180cm前後で、黒のライダースジャケットに黒のジーンズに黒のエンジニアブーツといういでたちだ。そして、伸ばした髪を後ろで一本結びにしている。
 秀虎とはまた違う趣の男前、不思議と色気と茶目っ気を感じさせる男だ。
「お前、土足だぞ。後で加奈に叱られてしまう」
「ふふん、頭が上がらないのか? かわいいな」
「たわけ!」
 果心居士かしんこじ、かつては鬼一法眼きいちほうげんとも呼ばれていた男。多くの英雄たちと関わってきた、不老不死の幻術師である。彼は言う。
「呂先生は、神々の計画のためにお前を蘇らせようとしている。お前と加奈子の子孫が、この世界の人間たちを救う事になるというのだ」
「どういう事だ?」
「この地球という星には、いや、人間という種族には寿命がある。そして、人間たちを生かすためにも、文明の進歩が必要だ。新たな星を目指すためにも、キリシタンの言う『ノアの方舟』を人間たちに作らせるのだ」
 この世の人間たちの「格闘」とは、全ては新天地を目指すため。人間たちは様々な物品や概念などを発明したが、それはこの地球から飛び立ち、新たな星に「しゅたね」を蒔いて、新世界を築くためなのだ。
「まあ、股くぐりの謀反人の息子だった俺は傍観者みたいなものだ。あの田横でん おう殿の子孫が抜擢されようが、〈アガルタ〉のお偉方に異議を唱えるつもりは毛頭ない。ところで、加奈子が書いている小説の主人公は、俺の父上を元ネタにしているようだな? とりあえず、幸運を祈るよ」
 かつて「国士無双」の遺児だった男は消えた。
「あいつ、何から何まで知っているようだが、それは今の言葉で『プライバシーの侵害』というのではないか!?」
 秀虎は困惑し、憤った。もしかすると、加奈子の着替えや入浴中の様子なども奴に見られているのかもしれない。
「何て忌々しい奴だ!」

 加奈子の家の近くのマンションの屋上で、呂尚とブライトムーンがそれまでの様子を眺めていた。
「ヒデさんって…韓信にやっつけられた田横の子孫だったんですか!?」
「そうだ」
「田横って、先生の子孫から国を奪った連中の子孫ですよね!? いいんですか?」
「古き秩序は新しき秩序に取って代わられる。私にはどうする事も出来ない」
「だったら、私たちの計画はどうなるんです?」
「なるほど、言われてみれば矛盾かもしれんな」
 呂尚は苦笑いした。



蠱毒こどく」という呪術がある。壷などの器にたくさんの虫などの生き物を入れて、戦わせる。それで最後に生き残った者を「武器」にする。
 このような呪術を用いた者たちは、少なくない。しかし、実際にはもっと「現実的」な手段を用いた者たちの方がはるかに多かっただろう。例えば、毒薬などを用いた暗殺だったり、流言飛語で相手を失脚させたりなどの謀略だ。
 それもまた、神々の思し召し。人間たちの「運命の糸」はあちらこちらに引っ張られて、乱れまくる。
「天道是か非か」
 神々が常に人間たちの世界に争いの種を蒔くのは、人間たちを鍛え上げるため。人間たちが力を増せば増すほど、神々の力も強まる(そして、自称「無神論者」や「唯物論者」はそれに気づかない)。人間たちが存在する限り、神々も存在する。なぜなら、多くの神々は人間たちから生まれたからである。人間たちの存在それ自体が、神々の力の源なのだ。
 そして、地球とは、人間たちを「蠱毒」の材料とする巨大な器である。ありとあらゆる「競争」や「試練」が、人間たちをふるいにかけて、磨き上げる。
「古き秩序は新しき秩序に取って代わられる」
 一部の人間たちが非業の死を遂げて「祟り神」となったのは、神々の「蠱毒」の一つの結果である。神々は、彼らの怨念と魔力の有用性を認めている。毒をもって毒を制する。それが、「祟り神」の有用性だ。
 伍子胥はある時期から、自分が「祟り神」であり続ける必然性がないのに気づいて呆然とした。何しろ、国々の代替わりの積み重ねで、とっくの昔に「敵」はいなくなってしまったのだから。そんな彼を「人類の進化を司る神々」の集団〈アガルタ〉に誘ったのが、呂尚である。
 白いメフィストフェレス、すなわち一種のトリックスター。呂尚の仕事は、同時に「真剣な遊び」でもあった。
「色々な人間がこの世にいる事それ自体が楽しいのだ」
 彼は言う。
 勝者は敗者の力を取り込んだがゆえに、勝者なのだ。それが「弱肉強食」。そして、今日の加奈子と秀虎の夕食は「焼肉定食」である。

「うまいな」
「今日は給料日だからね。ちょっと奮発しちゃった」
 秀虎の体はだんだんと出来上がりつつある。筋肉の表面にうっすらと皮膚が出来つつある。
 しかし、まだ自由に体を動かす事は出来ない。首をある程度動かせるだけだ。
 食べ物が体を作る。その事実を分かりやすく見せているのが、秀虎の状況だ。しかし、秀虎の体を自由に動かせるようになるのに必要なものは何だろう?
「ごちそうさま」



 5月。加奈子は端午の節句には子供の頃からの習慣通り、当然柏餅を食べた。やはり、これを食べないと気が済まない。もちろん、秀虎にも食べさせた。
 倫と小百合は時々遊びに来るが、秀虎と倫はテレビのサッカー中継で盛り上がっている(二人はどちらかと言うと野球よりもサッカーを好む)。この二人が試合で盛り上がっている間は、加奈子は小百合と一緒に茶の間で別の番組を観ている。
「それで加奈さん、あの小説は?」
「一次選考は通ったみたい」
 今まで何作か送ったけども、せいぜい一次選考止まり。しかし、加奈子はついに新人賞の掲載誌で途中経過を見た。
 自分の小説が何と、二次選考に進出していた。
 しかし、彼女は他の応募者たちの中に見覚えのあるペンネームを見つけた。
「あすかももこ」
 間違いない。あの「お姫様」のハンドルネームだ。まさか、この女もこの小説新人賞に応募していたなんて、とんでもない悪夢だ。
 この女は某コミュニティーサイトの歴史系サークルの「アイドル」だった。しかし、彼女があのサークルでその地位をせしめたのは、ブリブリに愛嬌を振りまいて男性メンバーたちに取り入ったからだ。
 それまでこの女は、あちこちのブログサイトを渡り歩いていたらしいが、いずれも三日坊主だったらしい。それで、このコミュニティーサイトに入会してから始めたブログで、自分が媚びへつらいで捕まえた「客」相手に「リア充」自慢をしている。
 芸能人気取り。中身がスカスカの記事ばかりで、読む価値などない。
 加奈子はこの女が憎たらしくなり、意見の対立によってこの女とケンカ別れした。そんなこの女との確執が尾を引き、サークルの他のメンバーたちとも険悪な関係になり、加奈子はコミュニティーサイトを退会した。
 その後、加奈子は新たに立ち上げたブログで、自分と彼女のトラブルを元に書いたショートショートを書いたが、「腹黒白雪姫」はそれを自分のブログに丸ごと無断転載した上に、取り巻きの「小人」たちと一緒にそれを笑い物にした。
 それは年末の出来事だったが、この女は「今年の汚れ、今年のうちに♪」という捨て台詞と共に、証拠隠滅のために消去した。ただし、実際には非公開設定で保存している可能性はあるだろう。
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