カバレロドラドの胡蝶の夢 ―Golden Great Voyage―

明智紫苑

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6.ファーストクラス

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 俺は闇の中、栗毛の馬を追いかけている。どこまで追っても、差が縮まらない。俺の視界の中、金色がかったたてがみと尻尾の毛がきらめく。闇の中、うっすらと金色に輝く馬体は、どこまでも走る。俺は、あの金色の馬を追う。
 金色の暴君を追いかける、芦毛の暴君。
 そう、あんたは俺の誇らしい兄貴。憎たらしい兄貴。俺は常にあんたを追いかける。互いにレースを引退しても、なお。
 王様気質の俺がかなわない、もう一頭ひとりの王様。
 項羽のように激しいあんた。劉邦のように気まぐれな俺。黄金の一族の中でも「双璧」と呼ばれる俺たち。あんたにとって俺は、単なる不肖の異母弟おとうと一頭ひとりに過ぎないだろうけど、俺にとってのあんたは、単なる異母兄アニキ以上の存在なんだよ。
 仮に俺がダービー馬になって、三冠馬になっていたとしても、俺はどうしても世間からは、あんたより格下に見られてしまう。少なくとも、あんたは俺よりずっと成績がキレイだ。そんなあんたに対して嫉妬する俺って、何だか『三国志演義』で諸葛亮に嫉妬する周瑜みたいじゃないか? 悔し過ぎて笑っちまう。
 真田兄弟になぞらえられるのは、ビワハヤヒデとナリタブライアン。それに対して、俺たちは孫策と孫権? 曹丕と曹植?
 ああ、そういえば孫策は、項羽に例えられていたな。ならば、俺は自動的に孫権になる。劉邦も孫権も曹植も飲兵衛だな。

 夢の中で、俺たちは互いに人間の兄弟として出会ってるね?

 上の兄貴は親父の町工場の副社長で、俺は根無し草のフリーライター。それに対して、あんたはプロサッカー選手としてブラジルに渡って、成功した。俺はあんたが誇らしくも妬ましかった。いつか、あんたを超えると誓った結果、俺はターフの白き千両役者カバレロドラドになった。
 人間だろうが、馬だろうが、あんたは難攻不落の名城みたいな奴だ。もっとも、あんたはキーパーでもディフェンダーでもなく、センターフォワードだったけど。
 俺があんたに勝てるのは、体格と酒飲みくらいだな。あんた、豪傑イメージの割には、そんなに酒に強くないし、まあ、プロアスリートならばそんなに酒を飲まない方が良いのだ。
 俺に三国志のゲームを貸してくれて、一緒に攻略したよな。あんたは孫策が好きだったけど、俺は曹操が好きだった。そう、「孫策」であるあんたに勝つためには、俺は「曹操」になる必要があった。「孫権」のままでは、あんたに勝てない。
 だけど、俺は孫権みたいにみっともなくて、孫権のまま檜舞台から降りた。あんたはあのオグリキャップのように有終の美を飾ったけど、俺は新たな役者に花を持たせた。
 在学中は面識がなかったけど、俺と同じ学部出身の作家の小説やエッセイを読んで、俺も何か面白い話を書いてみようと思うようになったんだな。『荘子』の「胡蝶の夢」みたいな幻想的な物語を書いてみたいと、柄にもなく思ったんだ。カバレロドラドは俺なのか、それとも、俺がカバレロドラドなのか? 胡蝶の夢ならぬ「胡馬の夢」なんてね。

 俺はあんたを追い続ける。
 ああ、キレイな馬だよ。あんたは。どこかの英雄の娘が嫉妬していたとしてもおかしくない。もしかすると、実はあのはあんたに惹かれていたのではないのか? あの娘は俺を毛嫌いしていたようだけど、どうせ互いに血統が近過ぎるから、俺たちはあの娘相手に種付けする事態はまずはないだろう。
 そうだ。あの娘の父親がさらに俺たちのずっと前を走ってるんだ。あんたが追いかけているのは、あのひとだね?

「ドラド…あの〈英雄〉を目指していると、二流に終わるぞ。自分だけを追え!」

 ああ。「他人は他人、自分は自分」とわざわざ口にする奴ほど、本音では他人の評価を気にしている。本当にその言葉通りの人間ならば、わざわざ自らそれを口にする必要はない。
 他者は自己を映す鏡。だからこそ、一部の関西人は「自分」という単語を二人称として使うのだろう。
 兄貴、あんたが追うべきなのはあんた自身。俺が追うべきなのも俺自身なんだよ。だからこそ、俺は〈カバレロドラド〉なんだ。
 いや、あんたの挑戦相手は最初からあんた自身で、物心がつく前から自分自身を、より進化したあんた自身を追いかけているんだな。だからこそ、あんたは超一流ファーストクラスなんだよ。俺のかけがえのない、嫉妬心と尊敬の念の対象。
 人間の俺はパソコンのキーボードをはじき、馬の俺は体力維持のために牧場のダートコースを走る。元ホッカイドウ競馬騎手の牧場スタッフが馬の俺を走らせ、週刊誌の編集長が人間の俺を走らせる。
 そうだ、俺はあんたと俺自身をモデルにした小説を書く。あの先輩作家とは違う方向性だけど、あの人は「追う」対象ではない。俺は、俺自身の理想を描きたいんだ。かわいい牝馬おんなのこたちに種付けして、自分の王国を作りたいんだ。

「俺はノーベル賞作家になる!」
「俺は世界一の種牡馬になる!」

 人間と馬、ふたりの「俺たち」が同時に叫ぶ。俺は人間の俺を乗せて、浦河沖の沿岸へと走り、飛ぶ。
「このまま行くか、アヴァロンに?」
「未来のアーサー王やファウスト博士たちが、ロビン・フッドやマリアンたちが集まる未来の惑星ほしに」
「あの希望の船に乗るのか?」
「乗組員は人間だけじゃない。俺たち馬も一緒だ。自由な大地で、自由な民と一緒に走るのだ」
「市民のためのファンファーレ!」
「武器ではなく花を! 平和の果実を我らが手に!」
「黄金の大航海!」
 俺たちは光に包まれ、雲の上を突き抜ける。この上ない高揚感、幸福感。天上の青に向かって、俺は盛大にいななく。天国への階段、目抜き通り、この世のファーストクラス!

 緑の星で、新たなダービー馬が産まれた。白毛の牡馬、その名は〈ノブナガビアンコ〉。俺の遠い子孫だ。

 そう、また奇妙な夢を見た。俺は荘周、荘周は俺。
 朝起きて、メシを食い、馬用トレッドミルで体力維持のための運動、そして放牧。夢の神は俺自身と入れ違いに、無意識の中に潜り込む。
 兄貴、あんたと俺の勝負はまだまだ終わらない。後世の歴史が俺たちを「測る」だろう。
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