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第1章 転校生の黒江くん

第1話

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「ヒナ! ……ヒナ!」

 お母さんに呼ばれた。
 わたしは返事しようとしたけれど、口がもごもごして上手く声が出ない。

「もうっ! ヒナ! いい加減起きなさいよ!」

 お母さんの声のボリュームが上がった。
 同時に、シャッ! とカーテンが勢いよく開けられる音がして、わたしのまぶたに光が当たる。

「うーん……」

 わたしは眉をしかめて、ゆっくり体を起こした。

「今日はあいさつ運動の当番なんでしょ? いつもより早く出るんじゃなかったの?」

 お母さんに言われて、ようやくわたしは目が覚めた。

「あっ! いま何時!? ……きゃあ! もうこんな時間!」

 身体にバネでもついたかのように、わたしはベッドから飛び起きた。

「さっきから何度も起こしてるのに……」
「ああっ! ヤバいよ!」

 もっと本気で起こしてよ、お母さん! ……なんて八つ当たりしたいけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
   あきれたようにため息をついて、お母さんは部屋を出ていった。

 ヤバい! ヤバいです!
 ブルーレイの早送りみたいにパジャマを脱ぎすて、あわてて制服を着る。紺色の生地に、赤いスカーフのセーラー服。
 公立中学だから仕方ないけれど、ありふれたセーラー服だから、あまり好きじゃない。

 
 カバンを持って部屋を飛びだし、一階に下りて洗面所にダッシュ!
 洗顔に、歯みがきに、いつものように長い髪をふたつくくりにしたら、もう時間切れ。お母さんに「ちゃんと朝ごはん食べていきなさい」って言われたけど、もう出ないと本気でヤバいの。

「お姉ちゃん、食べないの? 僕がもらっちゃうよ?」

 弟のハルがニヤリとした。
 しまった! 今朝のデザートは、わたしの大好きなプリン!
 でも……食べてる時間はないよ。

「うぅ~、わたしの分、ハルにあげるよ! じゃあ、行ってきまーす!」
「ヒナ! 本当にいらないの? トーストだけでも持っていきなさい」

 よく焼けたトーストがのったお皿を、わたしに差しだそうとするお母さん。

「いらないってば!」

 思いきり拒否して、わたしは家を飛びだした。
 トーストをくわえながら「遅刻、遅刻~」なんて言って、走って登校なんて、それってアニメや漫画みたいじゃない?

 ……あっ、自己紹介が遅れました。
 わたしは、赤木あかぎ姫奈ひな。中学二年生。

 のんびりして静かな町、ここ五色ごしき町に住んでいるよ。
 お父さん、お母さん、三つ年下で小学五年生の弟・波瑠はると四人ぐらし。
 わたしは、これといって特徴のある容姿じゃない。
 性格は――おとなしくて、人見知り。学校でもまるで存在感がない。
 家ではよくしゃべるし、ハルと取っ組み合いのケンカとかもするけど、学校では借りてきた猫みたいにおとなしくなっちゃうんだ。
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