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第3章 黒江くん、突っ走る

第20話

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 宮島くんは、アドバイスに熱が入ってきた黒江くんを満足げに見つめている。
 熊谷さんが再び『アメイジング・グレイス』を吹きはじめたとき――。

「ストーップ!」

 門倉部長から「待った」が入った。

「ここは音楽室じゃないっつーの!」

 怒りに身体をワナワナと震わせ、仁王立ちする門倉部長。
 ひるまず、一歩進み出たのは宮島くんだった。

「ふふ、まあまあ、門倉部長。そう興奮しないで」
「……あなたは?」

 門倉部長がイライラしたようにたずねると、宮島くんはメガネを押し上げ、ニヤリとした。

「これは失礼しました。お初にお目にかかります。吹奏楽部の次期部長ともくされている男――宮島淳史あつしです。きくところによると、あなたは少女漫画がお好きで、イラストも相当の腕前とか……」
「ま、まあ、そんなこともあるけどね……」

 まんざらでもなさそうな門倉部長。

「どうです? イケメンがやさしく後輩に楽器を指導している姿! あなたの創作意欲を刺激したはずですよ!」
「うっ……それは……」

 門倉部長は図星をつかれてしまったらしく、動揺を隠せない。
 それにしても、宮島くんは門倉部長をよく調べている。まさか……すべては黒江くんをその気にさせるための作戦!?
 そこまでするかと、感心するやら、あきれるやら……。

「――ですから、このままここで黒江の指導を続けさせてください。さあ、続けてくれ黒江。なんだったら、音楽室に移動して……」

 そこまで言って、ぎょっとしたように宮島くんは口をつぐんだ。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。
 そんな音がきこえてきそうなほど、門倉部長の身体から怒りの炎が吹き上がった。

「つーまーり、黒江くんを引き抜こうってわけね?」

 門倉部長の目が光った。

「――っ!」

 伝説の怪物メデューサににらまれて石にされたかのように、身体を硬直させる宮島くん。わたしも思わず息をんだ。
 辛うじて口を開いた宮島くんが食い下がる。

「ちょ、ちょっと待ってください。黒江は文芸部なんかよりも……」
「うるさーーーーい! 黒江くんはうちの部員だよ! さっさと出ていかないと、飛ばすよ!」
「ひええええええ! 失礼しましたぁぁああああ!」

 門倉ダッシュにビビった宮島くんは、熊谷さんを連れて逃げていった。

「もう二度と来るなー!」

 門倉部長は廊下に飛びだし、追い打ちをかけるように叫んだ。
 わたしと黒江くんがあっけにとられていると……。
 門倉部長は戸を閉めて、我に返ったように身体をくねらせた。

「やーねー、あの手この手で黒江くんを引き抜こうとするんだから。でも、さゆりんが守ってあげるから、安心してね」
「はあ……。うちのクラスの宮島がすみません。あいつには文芸部に入ったこと、ちゃんと言ってあったんですが、まだあきらめてなかったみたいですね。よく言っておきます。それに……あいつの作戦だったとはいえ、その気にさせられた俺も悪いです。ごめんなさい」

 頭を下げる黒江くん。

「ううん! 黒江くんが謝ることないわ! 元凶げんきょうはすべて、あの宮島とかいうメガネ!」

 わたしと黒江くんは顔を見合わせ、苦笑いした。
 

 それから、わたしたちは席に戻って……。
 それにしても、本当に黒江くんは文芸部でいいのかなあ? あんなに求められている吹奏楽部に入らず、ここでこうして本を読んでいるだけなんて。

「クラリネットを吹いてる黒江くん、見てみたいな……」

 わたしは思わずつぶやいていた。心の声がダダ漏れになっていることに気づき、ハッとするわたし。
 黒江くんと門倉部長がこちらを見ている。
 ヤバーッ。きかれてた!

「んー? それはどういうこと? ヒナちゃん!」

 門倉部長が眉をひそめた。

「いえ……本当に黒江くんはこの部でいいのかなって……。黒江くんはここがいいんだって言うだろうけど。……でも、吹奏楽部には黒江くんを必要としている人たちがいて……」
「赤木さん……」

 黒江くんは読んでいた文庫本を閉じて、わたしに身体を向けた。

「心配してくれるのはうれしいよ。ありがとう。でも、本当にここがいいんだ」

 ほほ笑む黒江くんと目を合わせ、わたしはコクっとうなずいた。

「黒江くん自身が選んだことなんだから、これでいいのよ」

 ため息まじりに言うと、門倉部長はジトーッとした目つきになってわたしたちを見つめた。

「それにしても……あなたたち、ちょくちょくカップル感を出してくるわね。何度も言うように、部内恋愛禁止ですからね! 大体、ヒナちゃんは白野しらのくんのことを……」
「わわっ!」

 わたしはあわてて門倉部長に飛びつき、その口をおさえた。

「ふがっ! にゃにを! あにゃた、しらのくんを……ふぐっ」
「わーわーわー!」

 手でおさえても漏れてくる門倉部長の声をかき消すべく、大声を出すわたし。

「白野くん……?」

 小首をかしげ、きょとんとしている黒江くん。
 ああっ! きかれちゃったよ! 門倉部長のバカぁ!
 観念して、門倉部長の口を解放する。

「ぷはあっ! し、し、死ぬかと思った! ……ちょっとなにすんのよ! 黒江くんは、あなたの友だちでしょ!?」
「それは……そうですけど……」
「じゃあ、黒江くんにきかれたって問題ないでしょうに……」
「はあ……」
「なんですか? 気になりますね」

 じれったそうにする黒江くん。
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