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第7章 時をこえる魔法少女

第44話

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   ◆ ◆ ◆


 静寂せいじゃく――。
 目を開けたとき、わたしは誰もいない教室の自分の席に座っていた。窓からは夕日がさしている。
 黒板の日付は「十月二十三日(金)」のまま。

 わたしは夢を見ていたのかな?
 いや、違う。心と身体が覚えているこの感じ――――魔法だ。とびきり強い魔力を感じる。
 そう。浅黄萌亜――モアちゃん。彼女の魔法で時を戻されてしまったんだ。
 
 ――あなたの大切なものを奪っちゃいますね。

 モアちゃんの挑発的な言葉がまだ耳に残ってる。
 彼女は時を戻しただけじゃない。黒江くん――クロエの存在をなかったことにしてしまったらしい。
 これは奥さまを怒らせた罰なのか……。

 ううん! 諦めちゃダメだ! せっかく四人で記憶を取り戻し、呪縛から解き放たれたんだもん! また四人で会いたいよ……。
 クラスのみんなや樋口先生は忘れてしまったけれど、確かに黒江晶人という男の子は存在して、この学校に転校してきた。そして……。

「あっ……」

 文芸部! 黒江くんは「雰囲気が気に入った」と言って入部してくれた。
 まだ数週間だけど、文芸部の部室は、わたしと黒江くんがともに過ごした大切な場所。
 部室に黒江くんが残したもの――確かに存在したことを示す痕跡こんせき――のようなものがあれば!

 わたしは教室を飛びだした。しんと静まり返った廊下を走り、階段を駆け上がって……。


   ◆ ◆ ◆


 文芸部の部室。
 乱れた呼吸が落ち着くのを待って、ノックした。

「はい、どうぞ」

 門倉部長の声!

「失礼します」

 なかに入ると、いつものようにイラストを描くのに忙しそうな門倉部長が、ただひとり座っていた。
 そんないつもの光景が、いまはとってもうれしくて、鼻の奥がツンとなる。

「門倉部長!」

 わたしはずんずんと部室内を進み、門倉部長に顔を近づけた。

「わっ! びっくりするじゃない!?」

 イラストを描く手を止めて、のけぞる門倉部長。

「黒江くん、イケメンですよね!?」

 ワラにもすがる思いでたずねた。
 お願い! 覚えていて!

「へっ? 黒江くん? 誰それ?」

 ああっ……門倉部長までもが忘れてしまった……。
 全身から力が抜けていく。
 無言でイスに座って、ぼんやりと天井を見つめるわたし。

「赤木さん、あなた大丈夫?」

 門倉部長が「赤木さん」呼びに戻ってる。
 思えば、黒江くんがいたから、門倉部長との距離がぐっと縮まったんだよね。山川さん、宮島くん、佐久間さん、遠藤くんもそう。
 黒江くんが転校してこなかったら、ただの先輩後輩、ただのクラスメイトで終わっていたかも。

「……ここに、確かにいたんです。転校生の黒江くん。イケメンだけど、クールで滅多に笑いませんでした。でも、とってもやさしいんです。いつもわたしを守ってくれて、恋の応援まで……。まあ突っ走っちゃうのは玉にキズですけど、いつしかわたしの隣にいるのが当たり前な存在になっていて……。わたし、もっともっと黒江くんのそばにいたいんです。たとえ、みんなが忘れてしまったとしても、わたしだけは……」

 話しながら声がふるえていき、涙が止まらなくなった。
 門倉部長はじっと黙ったまま。そしておもむろにクリアファイルから新しい紙を取りだして、絵を描きはじめた。

「その黒江くんっていうイケメン、あなたの王子さまなのね?」

 迷いなく鉛筆を走らせ、あっという間に完成!
 西洋の王子さまみたいなジャケットを着て、ロングブーツを履いたイケメンが描かれている。長めの前髪からのぞくクールな目元。美しく整った顔立ち。
 まさしくわたしの知る黒江くんが、紙のなかに存在してるよ!

「門倉部長! ど、どうしてこれを!?」
「それが……赤木さんの話をきいてたら、急に頭にうかんだのよ。そういえば……クールなイケメンがこの部室にいたような……」

 いつも黒江くんが座っていたイスを見つめる門倉部長。

「ありがとうございます!」

 わたしは感極かんきわまって門倉部長に抱きついた。

「わわっ! どうしたの、赤……ヒナちゃん……」

 うれしい! 門倉部長はおぼろげであっても、黒江くんと過ごした日々を覚えていて……。わたしのことも「ヒナちゃん」って!

「あっ、ごめん。ちょっと慣れ慣れしかった?」

 わたしは首が取れそうになるくらい、ぶんぶんとふって。

「わたしも、さゆりんって呼びますから!」
「はあ? さゆりん? あなたは門倉部長って呼びなさいよね」

 がっくし。でもうれしいよ~。門倉部長が描いてくれたイラストは、黒江くんが確かに存在したことの痕跡となるもの。
 モアちゃん。わたしは負けない。
 黒江くんは絶対によみがえらせてみせる!

 そのとき、黒江くんのイラストが描かれた紙が、ふわりと宙にうかんだ。
 ぽかんとして見つめていると、次の瞬間、その紙から強烈な光が放たれて――。

「きゃっ!」

 わたしは驚いてあとずさったので、かかとにパイプイスの脚が当たって、バランスを大きく崩してしまった。

「あぶないっ!」

 門倉部長の叫び声が耳に届いたとき、わたしは天井を見ていた。
 うしろに倒れちゃうっ! 
 ところが、わたしの身体は床に倒れることはなかった。大きくのけぞった体勢のまま、誰かに支えられていたんだ。

「大丈夫か? ヒナ……」

 わたしの背中に手を回し、身体を支えつつ、イケボで心配してくれているイケメン。

「クロエ……」

 わたしは高鳴る鼓動を感じつつ、まじまじと見つめた。
 間違いない。クロエ――黒江くんだ。
 モアちゃんの強力な魔法にも負けなかった。存在を消されながらも、こうして復活したんだ!
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