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第7章 時をこえる魔法少女

第43話

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「退屈な毎日から抜け出すときです。マジカルな日々をあなたにプレゼントしましょう」

 奥さまの誘い文句はそんな感じで、小学四年生になったばかりのわたしは、迷うことなく飛びついた。
 最初は驚きの連続。元気だけが取り柄だったわたしが魔法を使えるようになったんだもの!
 魔法少女になって、五色町の様々なトラブルを魔法で解決したり、人々を襲うモンスターと戦ったりと、その活動は幅広いもの。

 とっても大変だったけれど、奥さまは使い魔の黒猫・クロエをわたしにつけてくれたので、くじけることはなかった。見かけは猫でも言葉を話せるから、いい相談相手になってくれたしね。
 厳しいながらも、やさしいクロエはわたしの大切なパートナー。
 クロエがいたから、わたしは魔法少女でいられたんだよ。

 それに……偶然、幼なじみのユメちゃんも魔法少女になっていたの。それを知ったときはうれしかったなあ。一応ライバル関係ではあったけれども。

 わたしとユメちゃんに魔力をさずけてくれたのは大魔女――わたしたちは奥さまと呼んでいた。
 その昔、ヨーロッパを中心に行われた魔女り――。奥さまは、そのつらく厳しい弾圧から逃れて、日本へと渡ってきた。
 奥さまは本当は五百歳を超えているそうだけれど、その姿は三十代くらいの美しい西洋の貴婦人だ。
 といっても、わたしが奥さまの姿をこの目で見たのは、数えるほどしかない。


   ◆ ◆ ◆


「赤木! ……おい赤木!」

 ハッとして、わたしは目を開けた。
 ここは…………どこ!?

「あっ……えっ……教室……?」

 わたしは二年二組の教室の、自分の席に座っていた。

「おいおい、寝ぼけてんのか? しゃんとしろ、しゃんと!」

 目の前に、ジャージ姿の丸々とした身体があった。

「珍しいな、お前が居眠りなんて」

 無精ひげをさすりながら、樋口先生が苦笑まじりに言った。
 教室内に笑い声が響く。みんながわたしを見て笑ってる。

「すいません……」

 恥ずかしくなってうつむいた。そして、右隣をチラリと見やる。
 誰も座っていない。空席だ。
 あれ? リンちゃんがいない? ……いやいや、黒江くんだよ! 黒江くんがいないんだ!

 わたしは前の黒板に視線を移した。
 右はしに今日の日付として「十月二十三日(金)」とチョークで書かれている。交流戦があったのは二十五日の日曜日だから、二日前に戻ってる!?

 混乱して、助けを求めるように、隣の黒江くんの席を再び見つめるわたし。
 樋口先生はそれに気づいて、眉をひそめた。

「ああ、この席はもう邪魔だな。赤木、居眠りしてた罰。あとでこの机とイスを廊下に出しておいてくれ。俺が空き教室にでも運ぶから」
「えっ! ちょっと待ってください! ここは黒江くんの……」
「黒江? 誰のことだ?」

 ――え? 嘘でしょ?

「水原が転校したし、もうこの席はいらないんだよ」
「先生! リンちゃんは転校したけど、そのあと、黒江くんがっ!」

 わたしは立ち上がり、自分でも驚くほど大きな声で樋口先生に訴える。

「どうしたんだ、赤木? だからその黒江って誰なんだ?」

 ぎろりとこちらを見る樋口先生の顔は、背筋がぞくっとするほど恐ろしかった。
 生徒を怒ることはあっても、こんなに温かみのない表情を見せたことはないのに……。
 わたしは涙目になって、周りに呼びかけた。

「みんなは知ってるでしょ!? 黒江くんのこと!」

 普段おとなしいわたしが声を荒げているのに、みんなはちっとも驚いていない。「なに言ってんの?」と言いたげに冷めた視線を向けてくるだけだ。
 わたしは机と机の間をぬうようにして進み、山川さんの席まで行った。

「山川さん! 黒江くん知ってるでしょ!?」
「…………」

 無表情に首をかしげるだけの山川さん。
 近くの席に座っている宮島くんと目が合った。すぐさま駆け寄る。

「宮島くん! 黒江くんのこと覚えてないの!?」

 宮島くんは指でメガネを押し上げつつ、眉間にしわを寄せて。

「知らないよ。てか、黒江って誰のこと?」

 そんな……。みんな本当に黒江くんのこと忘れちゃったの?
 すると、イスをずらして立ち上がったのは……佐久間さん!

「そうだよ。黒江くん……。なんであたし忘れてたんだろ?」

 不思議そうに首をひねる佐久間さんに駆け寄るわたし。

「佐久間さん! 黒江くんのこと、思い出してくれたの!?」
「う、うん……。当たり前じゃない! 転校してきたイケメンでしょ?」

 うれしくって、わたしは何度もうなずいた。

「遠藤! アンタも覚えてるでしょ?」

 佐久間さんは遠藤くんにも呼びかけてくれた。

「えっ……お、おう。黒江な。当たり前だよ。つーか、なんでみんな忘れてんだよ? カッコいいって騒いでたくせによ……」

 口をとがらせる遠藤くん。
 よかった! 佐久間さんと遠藤くんは覚えていてくれた!

 次の瞬間――。ふたりが「うっ」と声を漏らし、がくっとうなだれた。

「佐久間さん……?」

 肩に手をかけ、声をかける。すると、目を見開いた佐久間さんの表情は冷たいものに変わっていた。

「黒江って誰? そんな子、あたしは知らない……」

 うわごとのようにつぶやく佐久間さん。
 ぞっとして、わたしは遠藤くんをふり返った。
 ゆっくり立ち上がった遠藤くんは、わたしをぼんやりと見つめて。

「黒江……? 知らないなぁ、そんな奴……」

 遠藤くんの言葉をきっかけとして、他のみんなが口々に「黒江なんて知らない」「誰なの?」と言いはじめた。樋口先生も加わって、「黒江なんて知らんぞ」とくり返してる。
 それはおぞましい呪いの言葉のようにわたしの耳に突き刺さり、さらに頭のなかで響いた。

 もうやめて! お願いだから!
 わたしは耳をふさぎ、目をつむった。
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