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第6章 再会のとき

第42話

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 心なしか涙ぐんでいるユメちゃん。偽りのない心からの笑顔を見せているシラノ。わたしのすべてをやさしく包みこむようにほほ笑んでいるクロエ。

 わたしはみんなを見つめて、心の底からわきあがってくる愛情とか、友情とか、安心感とか、ごちゃまぜになったものをかみしめていた。
 わたしたちはもう魔法少女でもなければ、使い魔でもない。自由自在に魔法を使えたあの頃は、もう遠い日のこと――。

 でも、退屈でつまらない灰色の日常だって、心の持ちようでカラフルな虹色に変えていけるんだよ。
 それはもう、立派な魔法じゃない?

 使い魔の黒猫だと思っていたら人間の男の子で、記憶を失ってから再会して、わたしは「以前どこかで会ったことがある」と感じながら、黒江くんに惹かれていった。
 きっと、奥さまにも手出しのできない、わたしと黒江くんの運命の赤い糸――。

「しっかし、背中が痛てぇ。ユメもクロエも手加減を知らないんだから……」

 背中をさすり、苦笑いするシラノ。ユメちゃんはわたしの肩を抱いて反論した。

「そりゃ、あの状況じゃ、仕方ないでしょーよ。あたしはヒナを守るためだったらなんでもするし! ……まあ、モンスター相手に格闘してたころの血が騒いだってところかな」
「記憶失ってたのに、身体が勝手に動くとは恐ろしい。……クロエもやってくれたよな」

 ジト目でクロエを見やるシラノ。

「俺は黒猫の姿でもヒナに助太刀すけだちして、モンスターに立ち向かっていったからな。そのときの俊敏性とか瞬発力が身体に染みついてんだろうな」
「へえ、そりゃまたすごい……。君たちと違って、僕なんて知性的な白猫だったし、知略をめぐらすタイプで……」
「知性的~!?」

 すぐさまみんなからシラノにツッコミが入って、笑い声が響いた。
 シラノもサッカー部でレギュラーだし、運動オンチはわたしだけかぁ。モンスターと格闘した経験を身体は覚えていないらしい。

 ――そのときだった。

「冗談じゃない!」

 トゲのある幼い声とともに、攻撃的な魔力を感じて、ひやりと冷たい汗が背中を流れる。
 ふり返ると、さっきの女の子が冷たい表情をして立っていた。
 その小さな手ににぎられているのは――魔法のステッキ! わたしたちも使っていた、魔法少女のアイテムだ。

「だ、誰!? この子!?」

 ただならぬ魔力を感じとったのか、ユメちゃんは緊張まじりの声を出し、半身になって身構えた。
 わたしも身構えつつ、口を開く。

「モアちゃん。いま活動中の魔法少女だよ」
「――っ!」

 みんなが息を呑んだのがわかった。

「いまだけではありません。わたしはこの先、未来永劫えいごう、魔法使いを続けていくでしょう。あなたたち落第者とは根本からレベルが違うのですから」
「落第者ってなによ!?」
「そうだ! そんな言い方は許さないぞ!」

 ユメちゃんとシラノが声を荒げた。だけどモアちゃんは涼しい顔で。

「あなたたちはわずか一年で活動を終えました。使いものにならないと奥さまが判断したからです」
「そんな……」

 わたしは思わず眉をひそめたけど、言い返せない。それは紛れもない事実だったから。

「その証拠に、あなたたちは落第者のらくいんが押されているではありませんか。らく印――すなわち罰が与えられたのです。ヒナさんは声を奪われて自信をも失い、クロエは笑顔を奪われて無感情となった。シラノは笑顔の仮面を装着されて負の感情を封じられ、ユメさんは抱いていた夢を奪われて生きる目標を失った」

 モアちゃんは年相応とは思えぬほど冷静に、淡々と、よどみなく言いきった。そして一転して、無邪気な笑顔を見せて。

「でもその程度で済んでよかったじゃないですか? 記憶を失って、責任から解放されて、平凡な人生を送っていけばよかったのです。あっ、モンスターのことはわたしに任せてもらって大丈夫ですよ。わたし、魔力が超強いので」

 モアちゃんの言葉は凶器となって、わたしたちの心を刺してくる。
 わたしはにぎりこぶしを作り、モアちゃんをキッとにらみつけた。
 それに応えるかのように、モアちゃんもにらんできて。

「だからわたし、ヒナさんに警告したじゃないですか。タブーを犯すなと。でも、あなたたちは愚かでした。二枚目のイエローでレッドカード。退場してもらいます」
「退場……だと!?」

 クロエがモアちゃんに詰め寄ろうとしたとき、モアちゃんが手にしている魔法のステッキが妖しい光を放った。

「――っ!」

 あまりの眩しさに目をつむって顔をそむけた。
 同時に、身体は石像のように固まり、身じろぎひとつできないし、目も開かない。
 すると、誰かがわたしにそっと近づいてくる気配がして。

 耳に吐息を感じる。そして耳打ちのささやき声。

「あなたの大切なものを奪っちゃいますね」
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