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11 パーティータイム!

第31話

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 さて、無事にドーナツがオーブンで焼きあがると、半分はそのままで、もう半分は溶かしたチョコにひたして、チョコレートリングにした。

「はーい、お待たせ! できたよー!」

 テーブルに料理を運ぶと、待ちかねたように菜月ちゃんとパパが飛んできた。
 待っている間、ふたりは小説の話に花を咲かせたようで、すっかり意気投合している。

「いただきます!」

 まずはハンバーグを食べると、美月が幸せいっぱいの表情になった。

「おいしいっ!」
「うむ。これはうますぎる。口いっぱいに肉汁がじゅわーっと広がるぞ。それはまさに幸せが広がるように――」

 菜月ちゃんが独特なほめ方をしたところで、美月が菜月ちゃんの腕をひじで突いた。
 今のは完全に青柳弦一郎になってた!

「あっ……とってもおいしいなあ」

 あわてて子どもらしい話し方に変える菜月ちゃん。

「ごめんなさい。菜月はマセてるというか、なんというか……」

 美月が申し訳なさそうに言うと、パパは手をふった。

「いや、いいんだよ。菜月ちゃんはしっかりしてるんだね。読書量がすごいし、感想も理知的だよ。とても五歳とは思えない」
「あはは」

 美月と菜月ちゃんが、顔を見合わせて笑う。

「お姉さんの美月ちゃんもしっかりしてるしなぁ。ご両親の教えがいいんだろう」

 それを聞いて、美月は迷った表情になりつつも口を開いた。

「あっ……うちは母がいないんです。三年前から……」

 パパは真顔になり、
「そうか……。これは知らなかったとはいえ……」
 と、頭を下げた。

「いえ、でも、やさしい父がいますから……」

 パパはうなずいて、あたしに視線を移す。

「うちもね、同じなんだよ。ヒナタが三歳のときに病気になって、そのまま……。それ以来、僕ひとりで育ててきたけど、正直、それほど苦労しなかった。ヒナタも小さいころから、しっかりしてたもんな」

 パパはさびしそうに笑って、言葉を続ける。

「すごく強い子だと思うよ。でも、そうさせたのは僕かもしれない」

 パパ、どうしたの急に!? そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃん!

 あたしが泣きそうな顔になったのを見て、パパはあわてて、
「いやっ! 僕は感謝してるんだよ! いつもは照れ臭くて言えないけど! 今日は美月ちゃんたちがいてくれるから、非日常というか……とにかくだね……ありがとう」
 と、顔を真っ赤にしながら言った。

 なんだかその様子がかわいくて、あたしは吹きだしそうになるのを必死にこらえる。
 すると、菜月ちゃんが口を開いた。

「うちのお父さんも、美月お姉ちゃんには感謝してると思うな~」
「そうかな? どちらかと言えば、菜月のほうに感謝してるんじゃない?」

 意地悪な笑みを浮かべて、美月が返す。
 あたしはもうこらえきれなくて吹きだした。

 パパは不思議そうにあたしたちを見ていたけれど、
「さあ、料理冷めちゃうから、食べよう!」
 と、ふたたびハンバーグを食べ始める。

「うむ、食べよう。…………甘くておいしい」
「あっ、こら菜月! ドーナツはあとで!」

 我が家は、笑いに包まれた。
 こういうの、いいなあ……。
 あたしに姉妹がいたら、こんなにぎやかな毎日なんだろうね。

「ヒナタ」

 ふいに美月に声をかけられた。

「ん? なあに?」
「これ……ヒナタにプレゼント。お料理を教えてもらったお礼」

 美月は、何か赤いものを取りだした。

「あっ……チョーカー? かわいい!」

 真っ赤なバンドの中央に、ハート型のリングがついている。

「つけてあげるね」

 ぐっと顔を近づけてくる美月。
 目が合って、ドキッとした。
 左目の青い光に水の流れを感じ、鼻をくすぐる美月のいい匂いにうっとりする。
 どこか懐かしい、甘い花の香りがするんだよね。

「うん。似合ってるよ、ヒナタ」

 美月は少し体を引いて、満足そうにあたしを見つめた。

「そう? ありがとう、美月! 大切にするよ!」
「似合ってるぞ、ヒナタ。ありがとうね、美月ちゃん」
「うむ。似合ってるなあ」

 パパと菜月ちゃんが口々に言う。

 幸せな時間が、我が家に流れていった――。
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