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第18話 裏切り
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冷え切った風が芯から体温を奪っていく。
まるでこのオアシスの心持ちを表しているようだ。
そんな寒空の下、亡霊彷徨う街を駆け抜けて到着する。
「これが情報局か」
「ニュースがあったのに誰もいないんですね」
ビル群建ち並ぶ中でも、頭一つ巨大で一際目立つ塔に似た建築物。
厳重な警備が施されているのかと思ったが、街中にそびえ立っているにも関わらず、周囲には警察はおろか人っ子一人いない。
バイクを前に停め、辺りを散策する。
「ウェルトはもう逃げたのか?」
痕跡らしきものは見つからない。
勢いで出て来てしまったが、ウェルトとピュイのことだ。上手く逃げたと考えた方がよかったのかもしれない。
「どうしますか? 中に侵入しますか?」
「いや、もしもまだ中にいるんだったら、ここがこんなに静かな訳がない。逃げて追われているのかもしれない」
サイレンも聞こえないということは、秘密裏に追われているのか。
それならば早急に助けが必要だ。いくら修羅場をくぐり抜けてきていると言っても、今回の相手は無法者。正攻法では逃げ切れない。
「他のところを探しに行く。頼めるか」
「はい! もちろんです!」
バイクに乗ろうとした時だった。
情報局の自動扉が開いた。
「あっれ~? どなたですかねぇ? こんな時間に」
「嘘だろ。なんでここに……」
照明に照らされた眼光がこちらを睨んでいた。
その姿を、声を、オレは知っている。
薄桃色のボブ、小柄な体型、独特な伸びる語尾。
最悪のタイミングだ。
「ウパル……」
まだこっちの正体に気付いていないのか、ウパルはゆっくりと、こちらへ続く階段を降りてくる。
今なら逃げられる。
オレは自分自身に落ち着くよう命令し、リローテに指示を出した。
「アイツに絡まれるとヤバい。早く出してくれ」
「了解です」
バイクに跨った。
その瞬間、腹部に針を刺す痛みが走った。
「なっ……テメェ、どういう……」
一瞬にして意識と肉体が解離したように自由が効かなくなった。
バイクからずり落ち、地面に倒れ込む。
「いやぁ、残念でしたね」
オレはなんとか動く目で、見下してくるリローテを睨んだ。
「怖い顔しても無駄ですよ。大型のアームドさえも昏倒する麻酔です。何も出来ません」
リローテは手に持った麻酔銃を揺らしながら言った。
「スパイ……だったのか……」
間者の可能性をウェルトは言っていた。
しかし基地に着いた時のあの状況、スパイが紛れ込んでいるなんて考えは吹き飛んでいた。
なんて愚かか。
経験のなさなんて言い訳にもならない。
上手くいっていることに愉悦し、思考を放棄してしまっていた。
「いやぁ、俺は運が良かった。ペルリナを逃がしたタイミングでお前らが釣れたんだからな!」
「わざと……ペルリナを解放……したのか……」
「ハハッ、まだ喋れんのかよ。バケモンだな」
まるで別人のように豹変している。
ドブのように醜い顔だ。あの暑苦しさの片鱗もない。
驚きと軽蔑を交え、リローテはオレの頭を足蹴にしてきた。
「当たり前だろ? ヴェルナーさんに逆らった奴を逃がす訳ねぇだろ! まんまと騙されやがったぜ、あの女! お前とポルンとかいう女を見つける為とも知らずにな!」
心の中からヘドロが湧き出る。
自分の落ち度しかない行動にもだが、何よりこの男の侮蔑にだ。
「ウパルさん、こいつどうしますか?」
ウパルがオレの目の前にしゃがみ込む。
「お久しぶりです。ガイナスさん。アナタにやられた頭はまだ痛みますよ」
見せつけるように殴られた箇所を擦る。
「テメェらが……繋がってたとはな……」
「そうですよ。アナタ達の情報は筒抜け。上手くアナタを連れ出してくれて助かりました」
「クソ……が」
意識が遠のいていく。
視界が揺らぎ、瞼が強制的に閉じられていく。
「コイツどうしますか?」
「殺しちゃ駄目だって言われてるんですよねぇ。だから連れていきます」
ふざけるな。
こんなところで終われない。終わっていい筈がない。
意地でも眠るな。舌を噛み千切ってでも起きろ。人造人間の底力を見せつけろ。
裏切りを知っているのはオレだけだ。
知らせなければ。
ポルンやペルリナの努力が無駄になる。
「うあ゙ぁ゙!」
「嘘だろコイツ……ッ! ぐわぁ゙!」
人造人間故か。意地故か。
全てを絞り出して動かした右手が、頭に乗るリローテの右脚を握り潰した。
「ざまぁ……みやがれ……」
「俺の足が! 足が! あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
片脚を失ったリローテは子供のように泣き喚き、のたうち回り始めた。
「クソッ、クソッ、クソがぁ! ポルンさん! コイツ殺してください! 俺の、俺の足を……!」
「そうですね。殺しましょうか。もうアナタはいりませんから」
「へ?」
静まり返った空間に発砲音と空薬莢の落ちる音が響いた。
動かなくなったリローテから、真っ赤な鮮血が流れてくる。
「お前、どういうつもりだ……」
「濡れ衣を着させるには充分な役者だと思いませんか? 彼はこちら側の人間。反乱軍が先に手を出したとなれば、殲滅の口実になるじゃないですか」
「元から……そのつもりだったのか」
オレは気力を振り絞り、立ち上がった。
「ははは、すごいですね。解毒しているんですか?」
「らしいな」
少し前より体の自由が効く。
感覚が戻り、意識も晴れてきていた。
「けどろくに動けはしないですよね」
「やってみねぇと分かんねぇだろ」
走ろうとするが、足がもつれる。
そのままバランスを崩して、膝をついてしまった。
「ほら残念。ゆっくり休んでくださいよ。普通、そんな状態だったら動けないんですから」
ウパルは警戒する素振りすら見せず、横を通り過ぎると、リローテ足元に転がる麻酔銃を手に取った。
「クソ……が」
「おやすみなさい」
パスパスと消音された発砲音が二発鳴った。
抗えないなんてものじゃない。
強制的に電源を落とされたように、意識は暗闇へと消えていった。
まるでこのオアシスの心持ちを表しているようだ。
そんな寒空の下、亡霊彷徨う街を駆け抜けて到着する。
「これが情報局か」
「ニュースがあったのに誰もいないんですね」
ビル群建ち並ぶ中でも、頭一つ巨大で一際目立つ塔に似た建築物。
厳重な警備が施されているのかと思ったが、街中にそびえ立っているにも関わらず、周囲には警察はおろか人っ子一人いない。
バイクを前に停め、辺りを散策する。
「ウェルトはもう逃げたのか?」
痕跡らしきものは見つからない。
勢いで出て来てしまったが、ウェルトとピュイのことだ。上手く逃げたと考えた方がよかったのかもしれない。
「どうしますか? 中に侵入しますか?」
「いや、もしもまだ中にいるんだったら、ここがこんなに静かな訳がない。逃げて追われているのかもしれない」
サイレンも聞こえないということは、秘密裏に追われているのか。
それならば早急に助けが必要だ。いくら修羅場をくぐり抜けてきていると言っても、今回の相手は無法者。正攻法では逃げ切れない。
「他のところを探しに行く。頼めるか」
「はい! もちろんです!」
バイクに乗ろうとした時だった。
情報局の自動扉が開いた。
「あっれ~? どなたですかねぇ? こんな時間に」
「嘘だろ。なんでここに……」
照明に照らされた眼光がこちらを睨んでいた。
その姿を、声を、オレは知っている。
薄桃色のボブ、小柄な体型、独特な伸びる語尾。
最悪のタイミングだ。
「ウパル……」
まだこっちの正体に気付いていないのか、ウパルはゆっくりと、こちらへ続く階段を降りてくる。
今なら逃げられる。
オレは自分自身に落ち着くよう命令し、リローテに指示を出した。
「アイツに絡まれるとヤバい。早く出してくれ」
「了解です」
バイクに跨った。
その瞬間、腹部に針を刺す痛みが走った。
「なっ……テメェ、どういう……」
一瞬にして意識と肉体が解離したように自由が効かなくなった。
バイクからずり落ち、地面に倒れ込む。
「いやぁ、残念でしたね」
オレはなんとか動く目で、見下してくるリローテを睨んだ。
「怖い顔しても無駄ですよ。大型のアームドさえも昏倒する麻酔です。何も出来ません」
リローテは手に持った麻酔銃を揺らしながら言った。
「スパイ……だったのか……」
間者の可能性をウェルトは言っていた。
しかし基地に着いた時のあの状況、スパイが紛れ込んでいるなんて考えは吹き飛んでいた。
なんて愚かか。
経験のなさなんて言い訳にもならない。
上手くいっていることに愉悦し、思考を放棄してしまっていた。
「いやぁ、俺は運が良かった。ペルリナを逃がしたタイミングでお前らが釣れたんだからな!」
「わざと……ペルリナを解放……したのか……」
「ハハッ、まだ喋れんのかよ。バケモンだな」
まるで別人のように豹変している。
ドブのように醜い顔だ。あの暑苦しさの片鱗もない。
驚きと軽蔑を交え、リローテはオレの頭を足蹴にしてきた。
「当たり前だろ? ヴェルナーさんに逆らった奴を逃がす訳ねぇだろ! まんまと騙されやがったぜ、あの女! お前とポルンとかいう女を見つける為とも知らずにな!」
心の中からヘドロが湧き出る。
自分の落ち度しかない行動にもだが、何よりこの男の侮蔑にだ。
「ウパルさん、こいつどうしますか?」
ウパルがオレの目の前にしゃがみ込む。
「お久しぶりです。ガイナスさん。アナタにやられた頭はまだ痛みますよ」
見せつけるように殴られた箇所を擦る。
「テメェらが……繋がってたとはな……」
「そうですよ。アナタ達の情報は筒抜け。上手くアナタを連れ出してくれて助かりました」
「クソ……が」
意識が遠のいていく。
視界が揺らぎ、瞼が強制的に閉じられていく。
「コイツどうしますか?」
「殺しちゃ駄目だって言われてるんですよねぇ。だから連れていきます」
ふざけるな。
こんなところで終われない。終わっていい筈がない。
意地でも眠るな。舌を噛み千切ってでも起きろ。人造人間の底力を見せつけろ。
裏切りを知っているのはオレだけだ。
知らせなければ。
ポルンやペルリナの努力が無駄になる。
「うあ゙ぁ゙!」
「嘘だろコイツ……ッ! ぐわぁ゙!」
人造人間故か。意地故か。
全てを絞り出して動かした右手が、頭に乗るリローテの右脚を握り潰した。
「ざまぁ……みやがれ……」
「俺の足が! 足が! あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
片脚を失ったリローテは子供のように泣き喚き、のたうち回り始めた。
「クソッ、クソッ、クソがぁ! ポルンさん! コイツ殺してください! 俺の、俺の足を……!」
「そうですね。殺しましょうか。もうアナタはいりませんから」
「へ?」
静まり返った空間に発砲音と空薬莢の落ちる音が響いた。
動かなくなったリローテから、真っ赤な鮮血が流れてくる。
「お前、どういうつもりだ……」
「濡れ衣を着させるには充分な役者だと思いませんか? 彼はこちら側の人間。反乱軍が先に手を出したとなれば、殲滅の口実になるじゃないですか」
「元から……そのつもりだったのか」
オレは気力を振り絞り、立ち上がった。
「ははは、すごいですね。解毒しているんですか?」
「らしいな」
少し前より体の自由が効く。
感覚が戻り、意識も晴れてきていた。
「けどろくに動けはしないですよね」
「やってみねぇと分かんねぇだろ」
走ろうとするが、足がもつれる。
そのままバランスを崩して、膝をついてしまった。
「ほら残念。ゆっくり休んでくださいよ。普通、そんな状態だったら動けないんですから」
ウパルは警戒する素振りすら見せず、横を通り過ぎると、リローテ足元に転がる麻酔銃を手に取った。
「クソ……が」
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強制的に電源を落とされたように、意識は暗闇へと消えていった。
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