砂漠のガイナス

霜月

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第19話 黒幕の正体

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 冷えた床の温度で目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。
 窓はなく、檻で区切られているだけの陰鬱とした空気が漂う見世物小屋のような空間。
 捕まってしまったらしい。
 体を動かそうとすると、ガシャンと動きが止められた。
 手足が鎖で縛られている。
 びくともしないほどのぐるぐる巻き。
 力ではどうしようもない。

「起きましたかぁ?」

 ぼんやりとした灯りが照らす暗闇から、ウパルが足音を鳴らして歩いてくる。
 そして牢屋の前にしゃがみ込むと、にたーっとした笑みを浮かべてこちらを見てきた。

「おかげさまでな」

 這いずって檻に頭をぶつけると金属音が反響する。
 随分と広い空間らしい。

「怖い顔しないでくださいよ。ほら、お友達もいるんですから」

 そう言ってウパルは牢屋の奥に目をやった。
 つられてその方向を見ると、そこには同様に鎖で縛られているウェルトがいた。

「ウェルト!」

 オレはなんとか駆け寄り、様態を確認した。
 肌の見えている部分には明らかに暴行を受けた痕跡があった。それも少しではない。皮膚が紫に変色するほどの暴行だ。

「しっかりしろ! 大丈夫か!?」

 息はある。しかし呼び掛けには反応しない。完全に気を失っている。
 ウパルが情報局から出てきた時に嫌な予感はあった。思い過ごしであってくれと願っていた。
 しかし現実は非情だ。
 体を使い、揺すって声を掛けた。
 すると体が震えた後、薄っすらと目が開く。

「ガイ……ナス」
「よかった。気が付いたか」

 意識が戻ったことには一安心だ。
 だごこれで状況が好転する訳ではない。

「おい、ウパル。オレ達をこんな所に閉じ込めてどうするつもりだ」

 問いただすが、口以外は封じられた状況。
 ウパルにとっては虫けらが騒いでいるのと変わりない。答える義理もない。
 何を考えているのか分からない目で、こちらを見ている。

「答えろ!」

 それでも行動することをやめなければ、一矢報いる可能性を手繰り寄せられるかもしれない。
 頭が割れる勢いで檻にぶつかり睨みつけた。

「だからそんなに怖い顔しないでくださいよ。ボク、怖くって泣いちゃいますよ?」
「頭かち割っても泣かねぇ奴が、今更弱いアピールすんじゃねぇよ」
「あはっ、こっわーい」

 ウパルは嘲ると、くるりと回転して立ち上がった。

「アナタ達には全てが終わるまで、ここにいてもらいます。ことが済んだらペルリナさんやポルンさんと一緒に仲良く消されるでしょうね。まぁ、二人がそれまで生きていたらの話ですが」
「二人に手出ししてみろ。殺すぞ」
「えー? 散々一緒に殺し合った仲じゃないですかぁ。何を今更」

 ウパルは後ろ手を組んで、あざとく前屈みになる。

「それと檻に入った獣がいくら吠えたって怖くはありませんよ」

 明らかに馬鹿にしている。
 あざとい態度も相まって不快感が募るが、こんな状況だ。吠えることしか出来ない。

「じゃあまた後で来ますから、大人しく過ごしててくださいね。言っておきますが、いくら助けを求めたって誰も来ませんよ。ここは地下牢獄ですから」
「待て!」

 故に呼び止めるが効力はなく、ウパルは踵を返すと、ひらひらと手を振って暗闇へと消えていった。

「クソが」
「ガイナス」

 オレがウパルの消えていった暗闇を睨みつけていると、壁に寄りかかり体を起こしたウェルトが呼んできた。

「ウェルト、動いて大丈夫なのか」

 這い寄り様態を聞く。

「あぁ。手酷くやられたけどね。まったく、アイツら加減ってものを知らないらしい」
「何があったんだ」

 質問にウェルトは奥歯を噛みしめる。

「中には侵入出来たんだ。ハッキングも完了間近だった。けど、敵方の方が上手だった。僕達が来ると踏んでいたんだろう。さっきいたウパルって人造人間を配置していた。その後はご覧の通り、吐けや脅せやでこの有様さ。大丈夫。キミ達のことは何も喋っていないから」
「すまない。結局こっちもバレちまってた」

 自身の命を懸けて、こちらの情報を守ってくれたのに、それを無駄にしてしまった。
 全てがあちらの掌の上。踊らされていたに過ぎなかった。
 そういえば、とウェルトの有り様を見た衝撃で頭から抜けてしまっていたことを思い出す。

「ピュ……がっ!?」

 ピュイはどうしたと聞こうとした。
 だが質問はウェルトの頭突きによって遮られる。

「何すんーーー」
「現状僕らに打つ手はない。詰みと考えていいだろう」

 ウェルトは諦めを口にした。
 なぜ突然。
 そんな疑問は言葉とは反する諦めのない目の光を見れば分かった。

「なに諦めてんだよ」

 オレは話を合わせた。
 おそらくピュイのことはバレていないのだろう。
 その証拠にピュイを一度見ているウパルから何も話が上がってきてない。
 牢屋の周りには誰もいない。それにも関わらず、口にしないということは、盗聴を警戒してのこと。
 そこまで隠す理由として、ピュイには役割が与えられているのだろう。

「メモリは破壊されて、ヴェルナーの情報はなくなった。あとはポルンくん達がなんとかしてくれることに期待するしかない

 ウェルトは打つ手はないとアピールしてくる。

「だからってこんな所でじっとしてる訳にはいかねぇだろ」
「無理だよ。もう僕達はここにいることしか出来ない」

 待てという訳だ。
 となれば無理に暴れたって仕方ない。
 壁にもたれ掛かり、天井に目をやった。

「ここはどこなんだ?」

 壁に当たった際の音の反響からして、ウパルの言った通り、ここは地下だ。そうなるとオアシスのどこら辺なのだろうか。
 地上に繋がると思われる道は一つ、そこにはウパルがいる。逃げ出すことなんて出来るのだろうか。
 未来が予測出来ないと不安が心を侵食していく。
 信じるしかないと分かっていても拭いきれない。

「ポルン、ペルリナ……」

 二人は無事なのか。
 もどかしい。ただ虚空を眺めるだけの時間が流れていく。
 ウェルトも黙ったまま、時が来るのを待っている。
 ウパルの代わりに他の仮面をつけた人造人間が巡回には来るが、一切こちらに応答はせず。
 そうして一時間ほど経っただろうか。

「ウェルト、本当にこのままでいいのかよ」
「仕方ないだろ。僕達に何が出来るんだよ」

 相も変わらぬ反応に、焦りだけでなく、苛立ちも募ってくる。
 何かあるように思わせているだけで、本当は策なんてないんじゃないのか。
 そんな邪推に思わず頭を振った。
 ウェルトはそんな奴じゃあない。信じるに値する人間だ。
 この環境が邪な考えを、悪循環を生む。
 冷静にならなければ。
 そう思っていると、階段を降りてくる足音が聞こえた。
 巡回だろうと気にはしなかった。
 だが現れた相手を見て、ウェルトが驚愕した。

「なんでここに……」

 牢屋の前に立ったのはスーツを纏った男だった。ワックスで整えたオールバックにピシッとした身なり。
 誰がどう見ても身分の高い人間だ。
 様々な情報を持っているウェルトのことだから知っていたのだろうと思った。
 しかし次のウェルトの言葉で、自身の無知を知らされることになる。

「ヴェルナー」

 その名はポルンが仇として追っている名。オレがグロリアへの手掛かりとして追っている名。
 何よりこの世界の癌たる存在の名だ。

「こいつがヴェルナー……」

 映るもの全てを蔑む冷ややかな目。
 その奥に感じる得体の知れない不気味さ。
 そんな目がオレを捉えた。

「よぉ、ガイナス。随分とぶざまだな」

 耳を疑った。
 追い求めるあまり幻聴が聞こえたのかと思った。
 だが違う。その声ははっきりと目の前の男から発されていた。
 背丈だけは同じだが、似ても似つかないその見た目。
 困惑があった。だがしかし、魂が目の前の男をそうだと認識している。
 この男は討つべき仇であると。
 マグマの如く噴き出した憎悪が、怒りが、体を突き動かした。

「グロリアァ!」

 飛び掛かるも檻に阻まれ、轟音が響く。
 檻が歪み、額からは血が溢れ出てくる。
 だが嵐のように荒ぶる感情は収まるところを知らない。

「グロリア! グロリアァ!」
「バカみてぇに叫ぶなよ。もうその名は捨てた。今はヴェルナーって名乗ってんだよ」
「こっちに来い! 殺してやる!」

 気が狂いそうだった。
 あと一歩で届く距離にいるにも関わらず届かない。
 これほどまでに自分の置かれた状況を恨めしく思ったことはない。
 何度も何度も檻に頭をぶつけた。その度に血が飛び散る。
 痛みなんてない。溢れ出る憎悪が一切の感覚を遮断していた。

「必死だなぁ、おい。そんなにオレに会いたかったのか?」
「当たり前だ! テメェを殺す為に、オレはずっと旅をしてきたんだ!」

 怒りをぶつけた。
 するとグロリアは顔を押さえて笑い始めた。

「おいおいおい、ずっとオレを探してたのか? 頭の悪さは成長しても治らねぇみたいだな。オレのことなんて忘れて、大事なじいちゃんの夢を追ってれば良かったのによぉ」

 その瞬間、オレの中で何かが切れた音がした。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!」

 手足が千切れようと関係ない。
 衝動に任せて鎖を引き千切った。
 背後で雑音が聞こえた気がするが関係ない。
 檻を捻じ曲げ、グロリアに殴り掛かった。
 今ここで殺す。弁明も弁解も懺悔も聞きはしない。
 首を晒して、じいちゃんの墓前に突き立ててやる。
 だがそれは叶わなかった。
 体に電撃が走った。筋肉が縮小し、硬直する。

「まるで野獣だな。まだこのオアシスの奴らの方が利口だぜ?」

 喋ろうにも口が動かない。
 体が自由意志に反した動きをしてくる。
 視界に映った状況を見るに、テーザーガンを撃ち込まれた。それも通常の何倍にも強化されたものを。
 それでも気合いだけで体に突き刺さったコードを引っ張り抜いた。

「こんなもんで……止まるかよ!」

 殺すつもりで殴った。
 だがしかしその拳は空を切り、手首を掴まれる。

「威勢だけは一人前だな。けどよ」

 重心がズラされた。次の瞬間、視界が回った。

「がはっ……!」

 背中に衝撃が走った。
 同時に顔面に靴底が叩き付けられる。
 防ぐ暇もない追撃。
 脳が揺れる。
 意識が持っていかれそうになるほどの威力だ。

「いい加減に……」

 踏み付けのタイミングでグロリアの足首を掴もうとした。
 しかし、予測されていたのかグロリアの脚が直前で止まる。
 その足が大きく振り被られると、腹部への蹴撃で牢屋内へと吹き飛ばされた。
 すぐに体勢を整えようとした。しかしそれよりも早く、何発ものテーザーガンが撃ち込まれた。
 激痛と言う名の電流が全身を駆け巡る。
 叫び声すら封じられ、地に伏してしまう。

「お前の連れを見てみろよ。あんなに大人しいのに。お前ときたら、ピーピーギャーギャー。慎むってことを覚えろよ」

 グロリアを見ることすら叶わない。
 だが近付いてきている音は聞こえる。
 体が動かないからって、はいそうですかと諦めてたまるか。

「うあ゙ぁ゙がぁ゙……」

 呪ってでも殺してやる。
 怨念だけで抗い続けた。
 そしてそれら思わぬ形で実を結ぶこととなる。

「ヴェルナー!」

 ウパルが慌てた様子で階段を駆け下りてきた。

「ヤクザがいきなり攻めてきました! あの人達、ボク達を殺す気ですよ!」
「あ? 何言ってんだよ」
「だから! 裏切られたんですよ!」

 その発言を聞いて、ウェルトが声を大にして笑い始める。

「そうか。テメェが何かしやがったな」
「そうさ。僕がけしかけた。暴動に合わせてヤクザも一掃するって誤情報を流したのさ。キミは自分の不正を揉み消すことにばかり目がいって気付かなかっただろう?」
「やってくれたな」

 重い蹴撃音と共に、ウェルトが吹き飛ぶ音がした。

「ウパル。こいつらを別の牢屋に入れておけ」
「分かりました。けどヤクザはどうするんですか?」

 質問に、グロリアは怒気を含んで答える。

「望み通り消してやる。飼い犬が首輪を捨てたらどうなるか教えてやる」

 テーザーガンの投げ捨てられる音が鳴る。

「あ゙あ゙……」

 待て。
 そう言葉にしようとしても口は動かない。
 ただ遠くなっていく足音を無様な姿で聞くことしか出来なかった。
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