邪神に仕える大司教、善行を繰り返す

逸れの二時

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赤き爪痕

黒い奇跡

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 翌日。自然と目が覚める前に扉の前でバロンが叫んでいるのが聞こえた。

「おい! 起きろサム! お前に来客だ。緊急だそうだから早く着替えて降りてこい!」

 はあ。一体何だってんだかな。俺に来客って物好きか? こっちは邪神の神官なんだけどなと思わず悪態をつきながら、人前に出られるように身なりを整えて部屋を出る。

 ちょっと寝ぼけた頭で階段を下りて宿の入り口を見ると、そこにはセレーヌとブランドの姿が。ああ、面倒事の予感。

「サム様、朝早くから申し訳ございません。至急あなたのお力をお借りしたく、参りました」

「ああ、はい。とりあえずノエラを――」

 呼ぼうとしたらノエラは普通に階段から下りてきた。そりゃそうだ。あんな声量のバロンの声だったら隣にも余裕で聞こえるだろう。

「ノエラさんもお久しぶりです。まずはお話を聞いていただけないでしょうか」

 相変わらず丁寧な対応のセレーヌに押されて、俺たちは宿の入り口付近のスペース奥のテーブルで話を聞くことにした。

「さて、何の用だって?」

「はい。実は今、神殿に多くの負傷者が運び込まれていまして、治癒師の数が足りていないのです。なんでもブルカン火山に赴いた方たちが強力な魔物に太刀打ちできずに敗走してきたそうで……」

「そう言えば火山に貴族が向かってるって武器の職人が言ってたな」

「ええ。残念ながら私たちだけでは彼ら全員を治療するのは不可能です。しかしあなたほどのお力があればそれも可能でしょう。どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」

「そういうことか。まあ別に力を貸すことは構わないが、いいのか? ……いや、もう神殿の体裁や俺への不信感を気にしている場合ではないということか」

「……申し訳ございません。どうかよろしくお願いします」

「わかったよ。ノエラも付きあわせて悪いな」

「いえ、むしろ私も……力にならせてください! 治癒の魔法なら扱えます。そのための素材も準備してありますから」

「それは助かるな! 二人で治療できれば多分大丈夫だろ」

「ありがとうございます。では神殿にご案内します」

 セレーヌとブランドは俺たちを連れて街を歩き、神殿へと案内してくれる。来たことがある場所だが、以前とはまるで雰囲気が違った。たくさんの怪我人がいるおかげか何か陰鬱としたものが蔓延し、神殿の中の神官たちも気が立っているように感じられた。

 それだけでよっぽどの事態なのだと察するには十分だ。まあ邪神の神官の力を借りようとしているくらいだから、当たり前なのだが。

 ともかく、俺たちは一旦大司教と顔合わせをすることになり、神殿の大広間でしばし待つ。すると呼びに行ったセレーヌと一緒に、緑色の刺繍をあしらった高等な司祭衣を羽織った壮年の男性がやってきた。

 年は取っているが衰えを全く感じさせない姿勢の正しさで、俺たちの元へと歩いてくる。大司教の証である長い帽子を被り、腰には一際目立つ聖杯を提げている。その男性は俺を近くで一目見ると、さっと顔つきが変わった。

「わざわざご足労いただき感謝申し上げます。カウォンガワ神殿の大司教マルセル・デ・ベールと申します。本日は我が神殿の患者の治療にご助力いただけるとか」

「ああ。喜んで協力させてもらうよ」

「なんと心強いお言葉でしょう。重ねて感謝申し上げます。何卒よろしくお願い致します」

 こうして堅苦しく挨拶を終えた俺は、時間もないので傷を負った貴族たちの治療に向かった。寝台に横たわる貴族たちの姿。一目見てわかるのは、殆ど全員が火傷を負っていることだ。何か強い熱量を持ったもので焼き払われている跡が伺える。

 何人かはその上、引っかかれたような傷跡が。さらには歯形がくっきりとついて、何かに噛み付かれたのだとわかる人もいる。明らかに何らかの魔物の仕業だが、まずはその正体を探る前に治療してやらないとまずい。結構な数の患者がこの神殿にいることを考えるとあまりのんびりしていられそうにない。

 ニェベ山での酒盛りグループと同じく、同じような症状の人たちはまとめて治療してしまおう。そう考えて俺が患者たちを一か所に集めようとしていると、セレーヌから疑問が飛んでくる。

「サム様、一体何をなさるおつもりですか? 怪我人を無闇に動かすべきではないかと存じますが」

「そうなんだが、全員治療するとなるとあまり悠長にもやってられないからまとめて治療しようと思って」

「……え? まさかこの重症患者たちをまとめて治療すると、そう仰るのですか?」

「そうだよ? 本当は一人ずつ治療したいけどそうも言ってられないからさ」

「僭越ながら……少々無茶では? 患者が負担に耐えきれないと思うのですが……」

「大丈夫だよ。俺、重症患者を複数人一気に治療したことあるからさ」

「ま、まさかそんな――いえ、わかりました。あなたを信じましょう」

 そう言ってセレーヌは患者の移動を手伝ってくれる。どうにも完全に信じられている感じではない気がするが、彼女自身も一人ずつ治療していたら間に合わないことが分かっているのだろう。

 好都合なのでそのまま一緒にある程度の人数集めると、俺はさっそく腰から邪光ランタンを取り出して掲げた。傍にはセレーヌと大司教のマルセルがいる。どうやら彼らは既に数人治療して神力が切れてしまっているようだ。
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