死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第二章

懺悔

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「ブッ……ゲホゲホッ。何をするんだ!」

マデリエネがキンキンに冷やした氷水をぶっかけると、商人は慌てて目を覚ました。武器はもちろん、彼が身に着けていた物や持っていた物はすべてテーブルの上に並べられており、商人自身は椅子に縛られて動けない状態になっている。

「さて、どういうことか説明してもらおうかしら? どうして突然襲い掛かってきたの?」

そう問いただすマデリエネに商人は本気で困惑して狼狽えた様子である。ザルムが何をしたか覚えているかと聞いてみると、案の定覚えていないとの返事が返ってきた。

大怪我を負ったモレノは二階の部屋でリュドミーラとアロイスの治療を受けているが、二人掛かりで魔法をかけても完全には直すことができず、しばらくは安静にしていないといけない容体である。

ベリウスとカティは一緒に尋問をしたいと言ってきたが、マデリエネが猛烈に反対し、ザルムもそれには賛同したため、二人は外に出歩いている。いてもたってもいられないからせめて歩きたいという話だった。

ファムとミアも店から出て、周囲に集まってきた野次馬たちの処理を懸命にやっていた。

という訳でマデリエネとザルムが話を聞くことになったのだが、どうやら商人自身の意志でこうなった訳ではないようだ。

「じゃあどこまで覚えているの?」

マデリエネが聞くと、商人は少しずつ顔色を変え、ついには目を伏せた。

「そうだ……私は……無実の人を切ってしまったんだ……なんてことを……」

それはいいから理由を教えてとマデリエネに急かされると、商人は懺悔をするように話しだした。


ベリウスたちからネックレスを買ったあと、彼には魔法が刻まれていることがわかったため、実際に身に着けて確かめようと思ったらしいのだ。

最初こそ効果がよくわからなかったが、段々と憎しみが湧き上がってきて、まずいと思ったときにはもう自分の意志で外すことすらできなくなっていたという。

それでも何とかしなければと思った彼は、購入した先、つまりベリウスたちのところに行って対処してもらおうと思ったそうだ。

よくわからない魔法のネックレスを身に着けてしまったことは大変軽率だったが、購入した相手の身元と住所を確認するところは根っからの商人である。

とにかくそのネックレスにはよくない魔法がかかっているから気を付けて扱うべきだと彼は主張した。

「私の意志で彼を傷つけたのではないんだ。本当に申し訳なかった。彼は無事か?」

「一命は取り留めたけど、傷はかなり深かったみたいで、治るには時間がかかりそうよ。高レベルの操原魔法があればすぐにでも治せると思うけど、お金は持っているかしら。本当に申し訳なく思っているなら、彼のために治療費を出してあげて」

「そうか……わかった。治療費はもちろん出そう。それから彼と彼の仲間に謝罪したい」

「そういうつもりならよかったぜ。とりあえずは一緒に神殿へ行こうぜ。彼の治療が間に合わなかったら取り返しがつかなくなっちまうからな」

「ああ、わかったよ。すまないね」


そうしてザルムと商人が神殿に行くと、穏やかな雰囲気のシスターが対応してくれる。

彼女は事情を聞くと、その次の瞬間には血相を変えて走り出し、高レベルの司祭を呼びに行った。しかし彼女は一人で戻ってくる。嫌な予感がしたが、やはり都合がつかなかったようだ。

「申し訳ありませんが、司祭様は遠方の国に用があって外出していらっしゃるそうで……」

「そうか……仕方ない。司祭が戻ってきたら豪傑の虎亭に連絡をくれ」

ザルムが言うと、シスターは哀愁に満ちた表情で小さく頷いた。帰り道、気を落とした様子の商人にザルムが慰めの言葉をかける。だが商人は自責の念を抱えているようで、反応はあまりよくなかった。

「そう気を落とすなよ。確かに実行してしまったのはアンタだが、あのネックレスのせいだし……そもそも彼はまだ生きてるだろう」

「それはそうだが自分が情けないよ。物を取り扱う商売なのに、その物の危険性を見抜けずに若い青年を傷つけてしまうなんて……」

商人は苦しそうに嗚咽を漏らした。それを見てザルムは、それ以上何も言えなくなった。何かを言う権利すらないような気がした。

不意に蹴飛ばしてしまった小石も、力なく遠くの地面にコツンと落ちた。

そうしてただ黙って赤い屋根の豪傑の虎亭に入ったとき、彼は奇妙な感覚に襲われた。それはあのとき、マデリエネにギルドで背後を取られたときに似ていた。要するにこれはカテジナからもらった指輪の効果である。

ザルムは慌てて周りを見渡すが、罠や危険が迫っているとは思えない。店内にいたマデリエネにも隣にいる商人にも、特におかしな様子はない。警戒しながら二階に行ってみるが、むしろ感覚は薄くなり、一階の方に何かあることを暗示している。

そこでようやく気が付いた。これは何らかの魔法であると。気が付いたのなら彼の行動は早かった。ザルムはモレノの部屋に突入すると、アロイスを一階に呼んで何らかの魔法が発動していないかを確認するように頼んだ。

彼はそれを聞くと、知覚魔法二レベル“シャープパーシビリティ”を唱えてじっくりと室内を見てみた。マデリエネにも床にもカウンターにも特に力は感じられなかったが、ネックレスとその上の天井にだけ強力な力を感じる。

彼はじっとりとそれに目線を合わせ、間髪入れずに“リバースディテクション”の魔法を唱えた。

早口の詠唱が終わったその瞬間、例の天井付近に灰色の煙がぼんやりと見えて、すぐにそれは消え去った。

アロイスは気持ちを落ち着けるようにハーッと息を吐くと、なんとも恐ろしいことを口にする。

「ネックレスの位置を起点にして監視されていました。逆探知の魔法を恐れてすぐに中断したところを見ると、知覚魔法の知識を持っている相手のようです」

「なるほど。魔法を使ってご自慢のネックレスがどうなったか盗み見ていた訳ね。いいご趣味だわ」

今まで黙ってアロイスとザルムの行動を見ていたマデリエネも、監視と聞いて相当お怒りの様子だ。

「許せねえな。アロイス、ソイツへの手がかりは掴めないのか?」

「逆探知の魔法をギリギリ滑り込ませたおかげで大まかな位置が掴めましたよ。相手は西の遠方……おそらくはレシニス山にいるようですね」

「山に籠ってこんな悪さをしていやがるのか。成敗しに行かないと気が済まないな」

ザルムがそう言いつつ目を吊り上げていると、ベリウスとカティがようやく帰ってきた。扉が開くのと同時に彼らは、実行犯の商人を見つけ、思いつめた表情から一気に、今にも唸り声あげんばかりの形相へと顔色を変えた。

「こいつは……!」

ベリウスが商人に掴みかかろうとしたとき、その彼は膝をついて頭を下げた。

「どうか許してくれ! 私は取り返しのつかないことをしてしまった。許してくれ……どうか……許してくれ……」

商人はいつまでも顔を上げずに許しを乞うている。だがベリウスにもカティにも、ただ黙ってそれを見ていることしかできなかった。

いろんな感情や思考が入り混じって、ただ立っていることで精一杯のようだった。

野次馬を追い払っていたファムが後から店に入って来ると、ようやく商人は立つことを許され、今日は帰るようにとボソリと言われた。

ゆっくりとした動作で彼は頷くと、後で改めて謝罪に来ますとそう言い残し、静かに去って行く。

そうして、後にはやりきれないため息の音が、じいっと重く残された……。
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