死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第二章

仇討ちへの出陣

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「山には俺たちに行かせてくれ」

出来得る限りの治療を施して二階から降りて来たリュドミーラを交えて、事の成り行きをすべて説明するや否や、ベリウスは何かに突き動かされるように頼み込んできた。

しかし……。

「やめておきなよ」

それはファムに止められる。

「どうして!?」

「仲間が大怪我を負っているのに、君たちは冷静に探索できるのかい? それにその大怪我を負ったモレノが、君たちのパーティの探索系の技能担当者だろう。相手が罠でも張って待ち構えていたらどうするつもりなんだい?」

「それは……」

ベリウスには反論の余地などなかった。

「この件はストレンジの三人にお願いしよう。相手の居場所をこんなにもすぐに掴んでくれたんだから、きっと上手く対処してくれるはずだ。それに君たちには他にやることがあるよ」

「何よそれ」

カティがふて腐れたように言ったが、ファムは動じずに答えた。

「気持ちの整理と神殿への頼み込みさ。いくらリュドミーラが神殿に所属しているからと言っても、高司祭様は忙しい身だよ。できるだけ早く治療してもらえるように頼んでおいて損はない」

「その通りですわね……」

リュドミーラが納得したところでファムはアロイスたちに顔を向けた。

「ということで、山の捜索はお願いできるかな?」

「もちろんやりましょう」

「そうだな。徹底的にやろう」

「あくまで冷静に、しっかり準備を整えてからやるわよ」

三人が息を合わせて返答すると、ファムはリズムよく頷いた。

「うんうん、頼もしいね。でも君たちはまだ経験が浅いんだ。危ないと思ったら素直に退くのも勇気だからね。君たちの死で先輩たちを悲しませないようにだけは頼むよ」

「わかりました」

アロイスがそう返事をすると、彼らはすぐに作戦を立て始めた。

まず考えるべきは、相手の場所に行くまでにどんな危険があるかということだろう。それについては彼の知識と彼の持つ本が役に立つ。山に出没する魔物はハーピィを初め、オーク、オーガ、トロールの亜人三兄弟に、要注意なのはライオン型の怪物、マンティコアだろう。

しかし今回は彼らの討伐が目的ではないため、基本的に戦闘は避け、消耗を抑える方向で話は進む。

それに伴い役立ちそうな魔法をアロイスがじっくりと考えていると、自室に戻っていたカティがあるものを差し入れてきた。それは彼女特製色とりどりのポーションたちだった。

「この紫の小瓶はおなじみの睡眠毒よ。範囲を少し広げておいたから、十分に離れてから使ってね。そしてこの緑色のポーションは酸性毒。強力だけどほとんど何でも溶かすから注意して。最後の黄色いポーションは麻痺毒よ。調合が難しくてせいぜい十五分くらいしか効果がないかもしれないけど、きっと役に立つわ。それから……よろしく頼むわね。みんな生きて帰ってきて」

それだけ言うと、彼女はすぐに部屋に戻っていった。説明する声がいやに平坦に聞こえたのは、複雑な心情を必死に抑えているからだろう。

だが今は山を攻略することに専念するべきだと考えて、三人は十分に話し合ってから、様々な準備に取り掛かった。


レシニス山のふもとに降り立ったザルムの鎧はいつもの金属鎧ではなく、たまたま店に残っていたお古の軽鎧だった。倉庫でボロボロになっていたのを、防具屋の新品を参考にしながらアロイスが修復したものである。

修復とは言ったものの、初めての試みだったことと、創成魔法で傷ついた部分の材料を補填したということもあって、難易度がかなり高く、出来はそこそこで完璧とは言えなかった。

それでもザルムが愛しの金属鎧を置いてきたのは、お察しの通りここが山だからである。当然足場の悪いところがあるのは目に見えているし、そこで足を踏み外せばどうなるかはトロールにでもよくわかるだろう。

また、今回は戦うだけでなく身をひそめることも要求される。動くたびにガシャリガシャリと音が鳴っていたのでは、魔物に袋叩きにされること間違いなしだ。これまたトロールにでもわかる話だ。

ということで、いつもの大盾も小さな革の盾になり、丸裸になったかのような気分のザルムだったが、すぐにその感覚にも慣れてきて、音がしないという利点をさっそく活用していた。

「あそこに一体オークがいるな。ここは気付かれないようにそっと抜けよう」

このレシニス山はふもとに近くなるほど緑の面積は大きくなり、頂上に近いほど段々と岩や土が見えるような状態になっている。高さが低いうちはまだいいが、高くなっていくにつれて足の踏み場も障害物の数も少なくなっていくだろうと予想される。

今回は大きな木の陰に隠れながら進み、気付かれることなく進むことができたが、たまたま運が良かったようだ。抜けてからふとオークの方を見ると、食事中のようで何かの肉を貪っているところだった。

「見ていて気分のいいものじゃないわね。早くいきましょ」

「そうだな。長くこの山にいるだけ見つかる可能性も高くなるってことだしな」

そうして大きな音を立てない程度に急いで進む。陣形はというと、指輪の効果を考慮して、先頭にザルム、その次にアロイス、最後にマデリエネが後ろを警戒する形だ。

しばらく緩やかな坂が続いていくようで、まだまだ植物の姿があちこちに見受けられる。だが身を隠せるから安心ということでもない。

ザルムが草場に入った途端に、今度は小さなオレンジ色の蛇が飛び出してきた。ザルムはそれに迅速に反応し、剣を突き立てて蛇の進行を防いだが、この出来事は危機感を大いに刺激したようだ。

「こっちも隠れられるが、同じく向こうも隠れてくるな」

「そうですね。遮るものが少なくなって風の音も激しくなってきたので、あとは目が頼りです。足元にも気を配りながら周りも見ていきましょう」

「難しい注文ね。私は慣れてるから何とかできそうだけど、二人には厳しいんじゃない?」

「俺は鎧の負担がなくなったおかげか結構余裕があるぜ。アロイスはどうだ?」

「いつも魔導書を読んでばかりいたのが響いてしまっています、といつもなら言うところですが、今日はしっかり対策してありますよ」

そう言って彼が目を閉じると、魔法には携わっていないザルムとマデリエネでさえもよからぬ力を感じる。

何だろうと彼らが思ったとき、アロイスの背後に緑の衣服をした射手の姿がうっすらと浮かび上がった。彼が集中を解くとその姿は消えてしまったが、確かにそこには何かがいた。アロイスはその現象を説明する。

「今はもう公には伝わっていませんが、遥か昔には今で言う、“古代魔法”というものが存在していました。実は私の恩人である死霊から、その魔法の一部を伝授してもらったんです」

「そんなものがあるのね。いったいどういう魔法なの?」

「護符を使った魔法と、悪魔を使役する魔法があったと言われています。その実態は、今の魔法よりさらに強力に原裏の力を操作するもので、護符に頼ったり、儀式を行ったりして制御するというものだったようです」

「あ、そういえば。ここに来る前に長い時間部屋に籠ってたよな。まさか儀式をやってたのか?」

「そうです。なかなか手間取りましたが上手くいったようですよ。レラージュというさっきの悪魔のおかげで身体能力が少し上がっているように感じます。本来は競技やスポーツを司る悪魔なのですが……いえ、説明はこの辺にしておきましょう」

「悪魔って言ったけど、そんなものに頼って大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。本質は召喚魔法と変わりませんから。儀式で失敗すると被害は甚大ですが、油断しなければ利益だけを得られます」

「そうなの。まあそれならいいけど」

マデリエネは一瞬心配そうな顔をしたが、すぐにいつもの振る舞いに戻った。死霊であるアロイスなら、少なくとも命は落とさないという安心感があるからだろう。
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