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第二章
頂上決戦
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螺旋の道を行くことさらに数十分、ついに目指していた頂上に着いた。そこには小さなボロ屋とその前に立つ老人が一人。
彼は黒いローブを身に纏い、雲のない天を見上げて笑っていた。しかしその目は赤く血走っていて、とてもではないが正気には見えない。
その異様な様子に用心しつつ、ザルムが満を持して彼に聞いた。
「お前があのネックレスを使って悪さをした張本人か?」
「そうじゃ。あのネックレスはワシが作った」
今度はマデリエネがこう聞く。
「こんなことをして何が目的?」
すると老人は突然、ケタケタと笑いだした。
「目的などありはせぬわ。地上の呑気な連中に、この世がどんなに不条理であるかを知らしめてやりたかっただけじゃ」
「自己満足のために、人々を傷つけ楽しんでいたということですか」
「……ワシは彼女に生きていてもらいたかっただけなんじゃ……それなのに……それなのに……。全部この世界が悪いんじゃ。ええい、邪魔をするでないわ」
そう言って、老人は召喚魔法を唱えた。
深緑の魔法陣から現れたのは、巨大な木の精霊、ドリアードだ。
緑色の髪に、根のような質感の二本の巻き角。腕に絡みつく茶色いツタは、まるで意志を持っているかのように生々しい。しかし麗しい女性の体を模した精霊の容貌は、まるで女神を思わせるような神聖さを感じさせながらも、その顔には邪悪さを秘めた笑みすら浮かべているようにも思える。
そんな妖艶な精霊の背後の大樹から、突如として植物とは思えないスピードのツタが伸びてきた。それはザルムとマデリエネに絡みつこうとしてくる。
二人はそれを避けて老人にたどり着かんと進んで行くが、幾重にも張り巡らされたツタに阻まれ、まさにそのツタたちによって捕らえられて身動きを封じられてしまった。
ギリギリと締め上げられて、固いツタがみるみるうちに体に食い込んでいく。
「ぐああああああ!」
「キャアアアアアァァ!」
苦しむ彼らはけたたましい悲鳴をあげる。仲間が窮地に立たされ判断を迫られるアロイス。そのとき、ある言葉が頭に浮かんだ。
“精霊にはね、相性と言うものがあるの。その相性を考えて弱点を突けば、上位の精霊でも下位の精霊の力だけで倒すこともできるのよ”
それはカティの言葉だった。アロイスは時を移さず地面に深紅の魔法陣を描き出すと、今まで使えなかったレベルの召喚魔法を発動させようとしていた。
「バカな。あの小僧も召喚魔法を使えるのか?」
老人の焦ったような表情に対し、アロイスは決意の面持ちで、その詠唱を始めた。
右手の杖は魔法陣の中心に向けられ、荒々しく揺れる言葉が発せられていく。そしてそれが炎を呼び覚ますように締めくくられると、魔法陣は紅蓮に輝きだし、炎の精霊を顕現させた。火トカゲのような見た目はカティが呼び出した精霊と同じ。だがその大きさはカティのそれよりも大きく、竜のような鱗を持っていた。
「サラマンダー、ドリアードの大樹を焼き尽くせ!」
アロイスの命令のままに、サラマンダーはツタに火を噴き大樹を焦がす。そうして最後に放った火の精霊の赤き閃光は、上位精霊ドリアードの姿を、一瞬の煌めきのうちに焼き消した。
突如巻いていたツタが消えたことで、体の自由を取り戻したザルムとマデリエネ。その彼らが老人に迫る。
だがしかし、老人が手の平の上に緑の光を浮かべたかと思うと、なんと味方のはずのザルムがマデリエネに切りかかった。
元盗賊の反射神経を駆使して、彼女は斬撃をサッと躱すが、ザルムの剣は未だに彼女に向いている。
「なるほど、これは知覚魔法ね。戦闘狂の戦士ザルム、帰ってきなさい!」
彼女に呼びかけられているまさにそのとき、ザルムは激昂しながらもベリウスの顔を思い出していた。
彼は自分の油断のせいで、味方を守れず怪我を負わせてしまったことを今でも深く悔やんでいる。モレノが怪我を負ったことでさらに心苦しく思っているはずだ。
その彼は言っていた。仲間と戦うそのときには、決して集中を切らさないようにするのだと。
「ふう。悪いなマデリエネ」
「あら。意外とお早いお帰りだったわね」
「うるせえ」
その様子を見て老人は苦々しい表情だ。
「抵抗された、だと……小賢しい餓鬼め」
「覚悟しろよ邪悪な魔法使い」
ザルムが老人に剣を向けたとき、マデリエネはそれを止めるように手で制止した。
「何だよ、お前も魔法を食らったのか?」
「違うわよ。いいからここは私に任せて」
そう言って彼女は老人の前に進み出た。武器をしまってゆっくりと近づくマデリエネに、老人も戸惑いの表情だ。そんな彼に、マデリエネは穏やかに問いかけた。
「彼女に生きていてもらいたかったって言ってたわね。大事な人だったの?」
「……ワシの最愛の人じゃった。彼女はいつもワシを励まし支えてくれたんじゃ。彼女のおかげでギルドの導師にもなれた。なのに……」
遅れて、マデリエネが補完する。
「彼女が亡くなってしまったのね」
「暗殺者に殺されたんじゃ。ワシがギルド内で昇進していくのが気に入らない高導師の仕業じゃった。彼がやらせた証拠もなければ証人だっていやしなかったが、ワシには自分がやったと自白しおったんじゃ。今思えば、怒り狂ってワシが追放処分になることを見越していたんじゃろう」
「散々な話ね」
「……だから許せないんじゃ。どうしてヤツの地位を守ることなんかのためにポーラが死ななければならなかったんじゃ。どうして世の中の人はみな、平然と暮らしていられるんじゃ」
「不条理な世の中よね。それを否定する気はさらさらないわ。でもあなたがそれを嘆いてこんなことをしていたら、彼女はいなかったも同然になってしまうのよ?」
アロイスもザルムも、黙ってそれを聞いている。
「最愛の人に自分がしたことをなかったことにされたら、彼女はどう思う? あなたにならわかるはずよ」
「じゃがもう彼女はいない。このワシを支えてくれた彼女はもう……いないんじゃ」
「だからこそ、あなたが覚えていてあげなくちゃ。それに……それに彼女に顔向けできないような人間になったら、誰が彼女の優しさを、この不条理な世の灯にしてあげられるのよ……」
それきり、老人は俯いて黙り込んでしまった。
しばらくして、ザルムが粛々と呟く。
「……帰ろうぜ。早くしないとマンティコアが起きちまう」
「そうですね。帰りましょう」
マデリエネは頷き、彼らに続いて帰りの道へと向かったが、その途中で老人に振り返り、こう告げた。
「自暴自棄にならずに、まずはできる範囲のことで罪滅ぼしをするのよ。それから……彼女のしてくれたことを忘れないであげて……」
レシニス山の頂上に、老人が一人残された。彼は地に膝をつき目を閉じている。だがその頬には、透明に光る涙が留まることを知らずに溢れ続けていた――。
彼は黒いローブを身に纏い、雲のない天を見上げて笑っていた。しかしその目は赤く血走っていて、とてもではないが正気には見えない。
その異様な様子に用心しつつ、ザルムが満を持して彼に聞いた。
「お前があのネックレスを使って悪さをした張本人か?」
「そうじゃ。あのネックレスはワシが作った」
今度はマデリエネがこう聞く。
「こんなことをして何が目的?」
すると老人は突然、ケタケタと笑いだした。
「目的などありはせぬわ。地上の呑気な連中に、この世がどんなに不条理であるかを知らしめてやりたかっただけじゃ」
「自己満足のために、人々を傷つけ楽しんでいたということですか」
「……ワシは彼女に生きていてもらいたかっただけなんじゃ……それなのに……それなのに……。全部この世界が悪いんじゃ。ええい、邪魔をするでないわ」
そう言って、老人は召喚魔法を唱えた。
深緑の魔法陣から現れたのは、巨大な木の精霊、ドリアードだ。
緑色の髪に、根のような質感の二本の巻き角。腕に絡みつく茶色いツタは、まるで意志を持っているかのように生々しい。しかし麗しい女性の体を模した精霊の容貌は、まるで女神を思わせるような神聖さを感じさせながらも、その顔には邪悪さを秘めた笑みすら浮かべているようにも思える。
そんな妖艶な精霊の背後の大樹から、突如として植物とは思えないスピードのツタが伸びてきた。それはザルムとマデリエネに絡みつこうとしてくる。
二人はそれを避けて老人にたどり着かんと進んで行くが、幾重にも張り巡らされたツタに阻まれ、まさにそのツタたちによって捕らえられて身動きを封じられてしまった。
ギリギリと締め上げられて、固いツタがみるみるうちに体に食い込んでいく。
「ぐああああああ!」
「キャアアアアアァァ!」
苦しむ彼らはけたたましい悲鳴をあげる。仲間が窮地に立たされ判断を迫られるアロイス。そのとき、ある言葉が頭に浮かんだ。
“精霊にはね、相性と言うものがあるの。その相性を考えて弱点を突けば、上位の精霊でも下位の精霊の力だけで倒すこともできるのよ”
それはカティの言葉だった。アロイスは時を移さず地面に深紅の魔法陣を描き出すと、今まで使えなかったレベルの召喚魔法を発動させようとしていた。
「バカな。あの小僧も召喚魔法を使えるのか?」
老人の焦ったような表情に対し、アロイスは決意の面持ちで、その詠唱を始めた。
右手の杖は魔法陣の中心に向けられ、荒々しく揺れる言葉が発せられていく。そしてそれが炎を呼び覚ますように締めくくられると、魔法陣は紅蓮に輝きだし、炎の精霊を顕現させた。火トカゲのような見た目はカティが呼び出した精霊と同じ。だがその大きさはカティのそれよりも大きく、竜のような鱗を持っていた。
「サラマンダー、ドリアードの大樹を焼き尽くせ!」
アロイスの命令のままに、サラマンダーはツタに火を噴き大樹を焦がす。そうして最後に放った火の精霊の赤き閃光は、上位精霊ドリアードの姿を、一瞬の煌めきのうちに焼き消した。
突如巻いていたツタが消えたことで、体の自由を取り戻したザルムとマデリエネ。その彼らが老人に迫る。
だがしかし、老人が手の平の上に緑の光を浮かべたかと思うと、なんと味方のはずのザルムがマデリエネに切りかかった。
元盗賊の反射神経を駆使して、彼女は斬撃をサッと躱すが、ザルムの剣は未だに彼女に向いている。
「なるほど、これは知覚魔法ね。戦闘狂の戦士ザルム、帰ってきなさい!」
彼女に呼びかけられているまさにそのとき、ザルムは激昂しながらもベリウスの顔を思い出していた。
彼は自分の油断のせいで、味方を守れず怪我を負わせてしまったことを今でも深く悔やんでいる。モレノが怪我を負ったことでさらに心苦しく思っているはずだ。
その彼は言っていた。仲間と戦うそのときには、決して集中を切らさないようにするのだと。
「ふう。悪いなマデリエネ」
「あら。意外とお早いお帰りだったわね」
「うるせえ」
その様子を見て老人は苦々しい表情だ。
「抵抗された、だと……小賢しい餓鬼め」
「覚悟しろよ邪悪な魔法使い」
ザルムが老人に剣を向けたとき、マデリエネはそれを止めるように手で制止した。
「何だよ、お前も魔法を食らったのか?」
「違うわよ。いいからここは私に任せて」
そう言って彼女は老人の前に進み出た。武器をしまってゆっくりと近づくマデリエネに、老人も戸惑いの表情だ。そんな彼に、マデリエネは穏やかに問いかけた。
「彼女に生きていてもらいたかったって言ってたわね。大事な人だったの?」
「……ワシの最愛の人じゃった。彼女はいつもワシを励まし支えてくれたんじゃ。彼女のおかげでギルドの導師にもなれた。なのに……」
遅れて、マデリエネが補完する。
「彼女が亡くなってしまったのね」
「暗殺者に殺されたんじゃ。ワシがギルド内で昇進していくのが気に入らない高導師の仕業じゃった。彼がやらせた証拠もなければ証人だっていやしなかったが、ワシには自分がやったと自白しおったんじゃ。今思えば、怒り狂ってワシが追放処分になることを見越していたんじゃろう」
「散々な話ね」
「……だから許せないんじゃ。どうしてヤツの地位を守ることなんかのためにポーラが死ななければならなかったんじゃ。どうして世の中の人はみな、平然と暮らしていられるんじゃ」
「不条理な世の中よね。それを否定する気はさらさらないわ。でもあなたがそれを嘆いてこんなことをしていたら、彼女はいなかったも同然になってしまうのよ?」
アロイスもザルムも、黙ってそれを聞いている。
「最愛の人に自分がしたことをなかったことにされたら、彼女はどう思う? あなたにならわかるはずよ」
「じゃがもう彼女はいない。このワシを支えてくれた彼女はもう……いないんじゃ」
「だからこそ、あなたが覚えていてあげなくちゃ。それに……それに彼女に顔向けできないような人間になったら、誰が彼女の優しさを、この不条理な世の灯にしてあげられるのよ……」
それきり、老人は俯いて黙り込んでしまった。
しばらくして、ザルムが粛々と呟く。
「……帰ろうぜ。早くしないとマンティコアが起きちまう」
「そうですね。帰りましょう」
マデリエネは頷き、彼らに続いて帰りの道へと向かったが、その途中で老人に振り返り、こう告げた。
「自暴自棄にならずに、まずはできる範囲のことで罪滅ぼしをするのよ。それから……彼女のしてくれたことを忘れないであげて……」
レシニス山の頂上に、老人が一人残された。彼は地に膝をつき目を閉じている。だがその頬には、透明に光る涙が留まることを知らずに溢れ続けていた――。
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