死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第三章

狂気の試験

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豪傑の虎亭に戻ると、ファムが元気に迎えてくれる。

「おお、やっと帰って来たね。無事に戻って来てくれてよかったよ。ゆっくり休んでほしい気持ちもあるけど、まずは火氷風雷の面々を呼んでこよう」

二階から降りて来たメンバーの中には、高レベル司祭の魔法で完治したモレノもいる。彼を含め、帰って来た三人の顔を見た先輩たちは、心底安心したようにやってきておもむろに言葉をかけた。

「やったんだな。流石は俺の弟分だ」

「やりましたよって、いつから俺は弟分になったんですか……」

「私のポーションは役に立ったかしら? 才能ある後輩を死なせてしまったんじゃないかと心配したのよ?」

「おかげさまで、安全に切り抜けることができました。本当に助かりましたよ」

「マデリエネさん、無事でいてくださって本当に嬉しく思いますわ。わたくしの理解者になってくれる方は滅多にいませんもの」

「私も何事もなく帰ってこられて一安心よ。あなたのことを少しでも理解できるのは私くらいしかいなものね」

そうして皆が話をしている中で、モレノがストレンジの三人に深々と頭を下げた。

「三人とも、本当にお世話になったね。僕の仇討ちに行ってくれるなんて、感謝してもしきれないよ。優しくて優秀な後輩を持って僕は幸せだ」

「何よ。私たちだって神殿に頼み込んでまでお願いして、やっとのことで高司祭様に治療してもらったんだからね?」

「はいはい。ありがとうね」

カティの文句をかわし、彼は目じりを下げて笑っていた。

「あ、そうだ。例の商人さんが謝りに来てくれたんだけど、治療費の他に謝罪料として結構な金額をおいていってくれたんだ。でも僕は、君たちが受け取るべきだと思う」

するとアロイスは頭を下げた後、控えめに首を傾げた。

「ありがとうございます。ですが、本当に良いのですか? 商人さんの気持ちもありますし」

「僕はその商人さんの気持ちだけで十分だよ。あれだけ謝ってくれたし、そもそも本人の意思でやったことじゃないからね」

「それに呪刻されていると気が付いた私たちが、効果をよく調べなかったという過失もあるわ」

カティが悔しそうに目をつぶっている。

「そうだね。きちんと鑑定してもらうべきだったよ。今考えれば安全面もそうだけど金銭面的にも良くないよね」

「ともかくだ、モレノもこう言ってるんで素直に受け取ってやってくれねえか。俺たちの感謝の気持ちでもあるんだぜ?」

ベリウスが言うと、いち早くマデリエネが差し出された巾着袋を受け取った。

「感謝するわ。正当な報酬が受け取れて私は満足よ」

「マデリエネ……お前なあ……」

ザルムがあきれ返った目で彼女を見るが、マデリエネはさも彼の言うことなど気にしませんとでも言うように、プイッとあさっての方向を向いてしまった。

「あーあ。何にもわかってない“竜頭”の戦士は困るわねえ。先輩がくれるって言ってるんだから素直にもらうのが礼儀ってものなのよ?」

「竜頭ってなんだよ!? それにもうちょっと行儀よくできないのか? 育ちの悪さが滲み出ちまうぞ」

「なんですって? 大体あなたは……」

そういった口論が延々と続き、もはや礼儀とかどうこう言っていられる状態ではない。アロイスはそのことに何となく後ろめたさを感じると、どうもすみませんと先輩たち頭を下げた。

その直後、マデリエネさんらしいですわとリュドミーラが笑い出したのにつられ、口論組以外の冒険者は、実に楽しく過ごすことができたのだった。


ギルド主催の技能検定試験。それは毎年夏に行われる能力試験で、冒険者の能力を便宜的に分け、どの程度の習熟度であるかを判定するものとなっている。

試験に合格すれば、そのレベルの技能を持っているとして冒険者登録用紙の技能欄に書き足すことができる。それによって個人の実力がパーティ全体のランクとは別に決定される仕組みになっていた。

パーティ全体の評価がパーティランク、もしくは冒険者ランクという言い方で表されるのに対し、個人の実力は冒険者レベルで表されているのだ。ストレンジの三人とも、まだ検定試験を受けていなかったため、技能欄には特に何も書かれていない。

それはアロイスにとっては好都合だったが、店の評判となって依頼主からも評価されることになるため、技能は持っていないと仕事が回ってこないのだ。ちなみに、火氷風雷の面々の能力は、用紙の標記に従うとそれぞれこんな感じだ。


ベリウス クリムナート 男性 四レベル
技能:大剣=四、探索=三、商才=四

カティ エロネ 女性 四レベル
技能:召喚魔法=四 変性魔法=三 錬金術=四 知識=三 魔物知識=三

モレノ トノーニ 男性 四レベル
技能:短剣=四 知覚魔法=二 索敵=三 罠=四 鍵=四

リュドミーラ コルマコフ 女性 四レベル
技能:メイス=三 盾=四 操原魔法=四


このように見てわかる通り、武器か魔法の技能によって冒険者レベルが左右される。

これは戦闘能力がどの程度なのかを簡単に見分けるためだ。しかしながら、あくまで目安といったところ。結局は紙面上以外のところでどれだけの実力が出せるかにかかっているだろう。

だが、ことこのストレンジと言うパーティに関しては、そういった心配もなさそうだ。

「うわぁぁぁ!」

ザルムの剣は軽戦士といった男の首元で、喜び勇むようにカタカタと震えていた。試験会場、というよりは訓練場といった様相の円形決闘場で、大胆に転んで危機に瀕したこの男は、三レベルの冒険者。

まだまだ駆け出しの粋を出ない程度の実力である彼に、ザルムが苦戦しないことは、マンドラゴラの口に手を突っ込んだらどうなるかということよりも簡単に想像できた。

だが能あるタカは爪を隠すべきだったのかもしれない。

「ヒッ…」

自分よりもさらに経験の浅い竜族に負けて、軽戦士の男はみっともなく泣きだす。それを見た外野にいた男は、泣いている軽戦士を蹴り飛ばして意気揚々と進み出てきた。

「泣くんじゃねえよ、みっともねえ。こんなトカゲ野郎に負けるなんざゴミクズもいいとこだな」

スッキリと刈り上げた頭の彼は、気味の悪い骨のイヤリングをチラつかせながらザルムを罵ってくる。だがザルムはそれよりも、軽戦士を蹴り飛ばしたことの方が頭に来ていた。

「おい、お前人を蹴り飛ばすなんてどういう神経してるんだ? さっさと謝れよ」

すると円の外からも笑い声が聞こえた。最も、そのほとんどは彼の取り巻きであろうが。

「謝るだあ? 雑魚の分際で五レベル冒険者の俺様に喧嘩を売るとはいい度胸じゃねえか。トカゲ野郎」

「俺はザルム グラルトだ。負けた相手の名前くらいは知っておきたいだろ?」

「まさか俺を倒すつもりか? 笑わせんじゃねえぞ!」

男は背負っていた両手持ちのハンマーを手に取ると、横向きの構えから重い打撃を幾度となく繰り出してきた。巨大なハンマーから伝わってくる衝撃は、盾で受けても消し切れずにザルムをジワリジワリと追い込んでいく。

これだけ重い武器を何度も何度も叩きつけてくるその腕っぷしは、確かに強いと言えそうだ。カアンという音と共に、命綱でもあるザルムの盾は吹き飛んでしまった。

「これで終わりだな雑魚が。醜い頭をぶっ潰してやるよ」

そう言って振り上げられたハンマーが、突然止まった。なぜならば、ザルムの体が小刻みに震えているからだ。怯えているのかと男は一瞬思ったが、それは完璧に違った。

ザルムは――笑っているのだ。

「フッ……ハハ……ハハハハハ」

重鎧の揺れる音に紛れて、不気味な笑い声が石造りの室内に響いた。なんだ? という外野の声。それに答えるように、ザルムはニタニタと笑って相手を褒め称えた。

「いいね。偉そうにしてるだけはある。だが……」

言い切らないうちにザルムは斬撃を繰り出した。男は何とか避けてはいるものの、両手持ちのブロードソードが瞬く間に逃げ場を奪っていく。

次々と剣が打ち込まれ、あっという間に円のギリギリまで男は追い込まれた。隙が見えたとハンマーを振り上げた途端、ザルムの剣の切っ先が、彼の顎にそっと当てられた。

「ハッ。なんだ、もう終わりか。まあ、そんなもんだよな。おとなしくその右足を円の外に出すんだな」

円の外に足を出すということは、当然惨めな敗北を意味する。切っ先を向けられてもなお、男は負けを認めなかった。

「ふざけやがって……俺は……お前なんかに負けるわけがねえ……」

それを聞いてザルムは、剣の切っ先を横に切り払い――かけた。だがすぐに我に返って何とか手を止める。表情を必死に戻して審判にもういいだろうと話をつけたが、表情を必死に戻したとてもう既に遅かった。のちに彼はこう噂されることになる。


どこか遠くの世界から伝わってきた、般若のお面というものより恐ろしい顔をした竜族がこの街のどこかにいるらしい と。
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