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第五章
敗残
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数日前のこと。ファムを通して依頼を受けた火氷風雷は、レシニス山に近くの鉱山にやって来ていた。
主に鉄を産出する鉱山であったが、今は鉱夫たちが入り口付近でたむろしていて、平時のキンコンカンと響いてくる音は一切聞こえない。
その理由こそ彼らがここに呼ばれた理由だった。
依頼を出した鉱山の責任者は、鉱山の中に魔物がいて作業をしたくてもできないと言っていた。
人が入れる小さな穴から続く鉱山は採掘によって徐々に広がっていき、今では多くの人間が中に入っても窮屈には感じないほどになっているらしかった。
そのせいでと言うべきか、大型の魔物が棲みついてしまったのだ。
しかし肝心の魔物の情報は殆どない。それは何故か。理由は簡単、目撃者は皆その魔物の餌食になっているからだった。
危険を感じて真っ先に逃げた一人だけが魔物の一部らしき物体を見たそうだ。
ところが、柔らかそうなグニャグニャの何かが見えたということだけしかわからないそうで、魔物の正体までは見破ることができなかったらしい。
犠牲者の数を考えれば中堅以上のレベルの冒険者が必要だということで、街に残っていた彼らが出張することになる。
そんな訳で、彼らは魔物退治に中に入っていった。急ごしらえという印象の扉を開けて入った鉱山の中は、小さなランタンの火で照らされているからなのかぼんやりと明るい色を発している。
しかしここでは、先に進もうと土を踏みしめると、普段は消えてしまうような小さな足音が反響してザシュッという大きな音になるのだ。
これは敵に見つかりやすいということを意味するために慎重すぎるくらいに気配を探りながら進むことにする。
まずはモレノが一レベルの知覚魔法“シャープオーディビリティ”を使って聞き耳を立てた。奥からは地面の揺れる音が聞こえてくるが、それ以外は聞き取れない。
何かがいるのは確かだが、まだ遠くにいるらしい。
緩やかな坂をくだって分岐路に出ると、魔法を維持するモレノは右からより大きな音がするのを感じた。
鉱夫たちの情報によれば、右の道の先は真っ直ぐの道とさらに右に曲がっていく道が続いており、犠牲者が出たのもこの二つに分かれる道の先らしい。
用心しようと気を張っていると、入ってからもそうであったが、地面とはまた違った色の茶色と、地表の石のようなくすんだ灰色が混ざったデコボコの壁と天井からパラパラと細かい土が降ってくる。
彼らはそれを払いながら二度目の分岐で耳を澄ますと、正面の道から、少し大きくなった、何かがうごめく音がする。
そろそろ相手が近くなってきたことを感じ、先頭をモレノからベリウスへと変えて、そのまま正面の道へと進んで行った。
それからややもすると、反響する足音が少し薄くなっていく。それはこれまでよりさらに広い空間があるからだった。
高めの天井と広い広間のような空間には荷物がいくつも落ちている。奥を見てみればこの先からはさらに三つの道にわかれていることがわかった。
この広い空間は鉱脈が尽きたために行った一か八かの発破の結果だろうとカティは想像した。
さらに先に続く道があるということはつまり発破作戦は成功したということなのだ。
だが広い空間と大型の魔物という組み合わせは冒険者なら危機感を覚えるものだ。
半ば反射的にモレノは四レベル知覚魔法“プリモニション”を唱え始めた。だがそれは一歩遅かった。
突然、大きな揺れと轟音が巻き起こると、同時にへんてこに伸びる大きな触手が最後尾にいたリュドミーラを絡め取った。
彼女と一緒にその触手は、一瞬のうちに揺れと共にできた穴から姿を消す。
残りの三人が行動を起こす間もなく、リュドミーラの悲鳴はすぐに遠くに消え去ってしまった。
「まずい! リュドミーラの奴が魔物に連れ去られちまった!」
「私が場所を特定するわ。召喚魔法じゃ応用になるけど、やるしかない」
カティは知覚魔法の才は無いが、それでもリュドミーラを見つけようと六レベル魔法“シーディスタンス”を唱えた。
本来は特定の物や場所を起点にした遠くの空間を、異界を通じて自身の近くの空間とつなげることで様子をうかがうための魔法なのだが、移動している人間を起点にするのは難易度が高すぎた。
案の定、上手くいかずに発動できない。焦りと恐れで汗を滲ませる彼女にふと老人の声がどこからか聞こえてきた。
「彼女は目の前に見える空間から右に進む道の先じゃ。急がんか!」
戸惑うカティ。だが、のんびりはしていられず、その案内の通りに仲間と共に走った。
確かに広い空間には、鉱夫から聞いていない大きな道ができている。魔物が掘って作った道なのは見て明らかだった。
とにかく急いでその先の道を進む。しばらく行った後に見えてきたのは、先ほどの空間の比にならないほどの大広間のような場所。そしてそこに佇む魔物と絡め取られたリュドミーラの姿だった。
触手の先には巨大な怪物。真太い胴体から生えた太い腕の先は人間のものとはかけ離れて三本に分かれている。
尻尾のような部分からはショートスピアくらいの大きさの棘が幾つも生えており、顔面には目は無い。
だがその代わりに顔の横から触手が生えていて、そのうちの四本の短いものからは長い牙が無数に生えていた。
そしておよそ口とは呼べそうもないものからはまるで異空間に続くかのような大きな空洞が見える。
その端には当然のように長い牙が付いていて、これに捕まれば針を全身に浴びるような痛みと共に血だるまになるだろう。
このおぞましい魔物の名前はローパー。主に地底に存在する魔物だが、もう長いこと存在が確認されていなかった魔物だ。
カティの知識にはかろうじてこの魔物のことが残っていたが、それを仲間に伝える時間は無い。
彼女はすぐに魔法を唱えてサラマンダーを呼び出した。リュドミーラを拘束している触手を狙って火を浴びせる。
ベリウスは飛び込んだ勢いのまま走っていき、同じ触手を狙った。
だが互いに互いを邪魔してしまい、上手く触手を攻撃できない。多少の傷を負わせたものの、リュドミーラを解放するには至らず、結局残りの触手でベリウスは吹き飛ばされて気を失い、カティのサラマンダーも集中が解けて消えてしまった。
機会をうかがっていたモレノがなんとか触手を切り裂いてリュドミーラの解放に成功したが彼女は酸欠で気絶しており、モレノ一人で攻撃をかわしながら彼女を安全なところまで運ぶなんてことはできなかった。
最後はリュドミーラの代わりに触手による拘束を受けて締め上げられている。
カティは他のすべての触手の総攻撃を受けて、それを必死に避けようとしたが叶わず、前方から来た豪速の攻撃を受けて吹き飛び、壁に激しく叩きつけられた。
朦朧とする意識の中、人の足音が遠くから聞こえてきた。
「しょうがないのう……。罪滅ぼし、じゃったな……」
老人が魔法を唱え、怪物が硬直したところでカティとモレノの意識は途絶えた……。
気が付いたときには全員がローパーの亡骸から少し離れたところで横たわっていた。結局気を失った後に何が起きたのかは定かではないが、火氷風雷は力量不足を顕著に感じながら帰途についたのだそうだ。
主に鉄を産出する鉱山であったが、今は鉱夫たちが入り口付近でたむろしていて、平時のキンコンカンと響いてくる音は一切聞こえない。
その理由こそ彼らがここに呼ばれた理由だった。
依頼を出した鉱山の責任者は、鉱山の中に魔物がいて作業をしたくてもできないと言っていた。
人が入れる小さな穴から続く鉱山は採掘によって徐々に広がっていき、今では多くの人間が中に入っても窮屈には感じないほどになっているらしかった。
そのせいでと言うべきか、大型の魔物が棲みついてしまったのだ。
しかし肝心の魔物の情報は殆どない。それは何故か。理由は簡単、目撃者は皆その魔物の餌食になっているからだった。
危険を感じて真っ先に逃げた一人だけが魔物の一部らしき物体を見たそうだ。
ところが、柔らかそうなグニャグニャの何かが見えたということだけしかわからないそうで、魔物の正体までは見破ることができなかったらしい。
犠牲者の数を考えれば中堅以上のレベルの冒険者が必要だということで、街に残っていた彼らが出張することになる。
そんな訳で、彼らは魔物退治に中に入っていった。急ごしらえという印象の扉を開けて入った鉱山の中は、小さなランタンの火で照らされているからなのかぼんやりと明るい色を発している。
しかしここでは、先に進もうと土を踏みしめると、普段は消えてしまうような小さな足音が反響してザシュッという大きな音になるのだ。
これは敵に見つかりやすいということを意味するために慎重すぎるくらいに気配を探りながら進むことにする。
まずはモレノが一レベルの知覚魔法“シャープオーディビリティ”を使って聞き耳を立てた。奥からは地面の揺れる音が聞こえてくるが、それ以外は聞き取れない。
何かがいるのは確かだが、まだ遠くにいるらしい。
緩やかな坂をくだって分岐路に出ると、魔法を維持するモレノは右からより大きな音がするのを感じた。
鉱夫たちの情報によれば、右の道の先は真っ直ぐの道とさらに右に曲がっていく道が続いており、犠牲者が出たのもこの二つに分かれる道の先らしい。
用心しようと気を張っていると、入ってからもそうであったが、地面とはまた違った色の茶色と、地表の石のようなくすんだ灰色が混ざったデコボコの壁と天井からパラパラと細かい土が降ってくる。
彼らはそれを払いながら二度目の分岐で耳を澄ますと、正面の道から、少し大きくなった、何かがうごめく音がする。
そろそろ相手が近くなってきたことを感じ、先頭をモレノからベリウスへと変えて、そのまま正面の道へと進んで行った。
それからややもすると、反響する足音が少し薄くなっていく。それはこれまでよりさらに広い空間があるからだった。
高めの天井と広い広間のような空間には荷物がいくつも落ちている。奥を見てみればこの先からはさらに三つの道にわかれていることがわかった。
この広い空間は鉱脈が尽きたために行った一か八かの発破の結果だろうとカティは想像した。
さらに先に続く道があるということはつまり発破作戦は成功したということなのだ。
だが広い空間と大型の魔物という組み合わせは冒険者なら危機感を覚えるものだ。
半ば反射的にモレノは四レベル知覚魔法“プリモニション”を唱え始めた。だがそれは一歩遅かった。
突然、大きな揺れと轟音が巻き起こると、同時にへんてこに伸びる大きな触手が最後尾にいたリュドミーラを絡め取った。
彼女と一緒にその触手は、一瞬のうちに揺れと共にできた穴から姿を消す。
残りの三人が行動を起こす間もなく、リュドミーラの悲鳴はすぐに遠くに消え去ってしまった。
「まずい! リュドミーラの奴が魔物に連れ去られちまった!」
「私が場所を特定するわ。召喚魔法じゃ応用になるけど、やるしかない」
カティは知覚魔法の才は無いが、それでもリュドミーラを見つけようと六レベル魔法“シーディスタンス”を唱えた。
本来は特定の物や場所を起点にした遠くの空間を、異界を通じて自身の近くの空間とつなげることで様子をうかがうための魔法なのだが、移動している人間を起点にするのは難易度が高すぎた。
案の定、上手くいかずに発動できない。焦りと恐れで汗を滲ませる彼女にふと老人の声がどこからか聞こえてきた。
「彼女は目の前に見える空間から右に進む道の先じゃ。急がんか!」
戸惑うカティ。だが、のんびりはしていられず、その案内の通りに仲間と共に走った。
確かに広い空間には、鉱夫から聞いていない大きな道ができている。魔物が掘って作った道なのは見て明らかだった。
とにかく急いでその先の道を進む。しばらく行った後に見えてきたのは、先ほどの空間の比にならないほどの大広間のような場所。そしてそこに佇む魔物と絡め取られたリュドミーラの姿だった。
触手の先には巨大な怪物。真太い胴体から生えた太い腕の先は人間のものとはかけ離れて三本に分かれている。
尻尾のような部分からはショートスピアくらいの大きさの棘が幾つも生えており、顔面には目は無い。
だがその代わりに顔の横から触手が生えていて、そのうちの四本の短いものからは長い牙が無数に生えていた。
そしておよそ口とは呼べそうもないものからはまるで異空間に続くかのような大きな空洞が見える。
その端には当然のように長い牙が付いていて、これに捕まれば針を全身に浴びるような痛みと共に血だるまになるだろう。
このおぞましい魔物の名前はローパー。主に地底に存在する魔物だが、もう長いこと存在が確認されていなかった魔物だ。
カティの知識にはかろうじてこの魔物のことが残っていたが、それを仲間に伝える時間は無い。
彼女はすぐに魔法を唱えてサラマンダーを呼び出した。リュドミーラを拘束している触手を狙って火を浴びせる。
ベリウスは飛び込んだ勢いのまま走っていき、同じ触手を狙った。
だが互いに互いを邪魔してしまい、上手く触手を攻撃できない。多少の傷を負わせたものの、リュドミーラを解放するには至らず、結局残りの触手でベリウスは吹き飛ばされて気を失い、カティのサラマンダーも集中が解けて消えてしまった。
機会をうかがっていたモレノがなんとか触手を切り裂いてリュドミーラの解放に成功したが彼女は酸欠で気絶しており、モレノ一人で攻撃をかわしながら彼女を安全なところまで運ぶなんてことはできなかった。
最後はリュドミーラの代わりに触手による拘束を受けて締め上げられている。
カティは他のすべての触手の総攻撃を受けて、それを必死に避けようとしたが叶わず、前方から来た豪速の攻撃を受けて吹き飛び、壁に激しく叩きつけられた。
朦朧とする意識の中、人の足音が遠くから聞こえてきた。
「しょうがないのう……。罪滅ぼし、じゃったな……」
老人が魔法を唱え、怪物が硬直したところでカティとモレノの意識は途絶えた……。
気が付いたときには全員がローパーの亡骸から少し離れたところで横たわっていた。結局気を失った後に何が起きたのかは定かではないが、火氷風雷は力量不足を顕著に感じながら帰途についたのだそうだ。
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