死者と竜の交わる時

逸れの二時

文字の大きさ
50 / 84
第五章

滝壺に潜む影

しおりを挟む
ところがこれ以上奥には進めそうもなかった。隠された場所がないか念入りに調べるが、滝の上の空間には台座があるだけで他には何もないようだ。

いよいよザルムの機嫌がまずいと三人が思い始めたとき、マデリエネは遠目から下の滝壺付近に奇怪な跡を見つけた。降りて調べてみれば、入り口にも跡が残っている。

その跡と言うのは水かきのついた前足の跡でその先には鋭そうな爪があるように思える。不思議な足取りで滝壺の方に行って、泉の中に入ったところまで確認できたあと、マデリエネはすぐに滝壺からはなれて仲間に警告をする。

「泉に何かいるわ。水獣のようね」

「どうして出てこないのでしょうか。こちらとしては準備の時間ができて助かるのですが」

アロイスは変性魔法五レベルの“バイブレイトウェポン”をザルムの剣にかける。

「まさか水中から出ないつもりか? それならちょっかいかけてみるのも良さそうだな」

「ナイフを投げるのもアリだけど、ここはアロイスの魔法がいいわね」

「一発派手にお見舞いするですよ」

カイネの期待たっぷりの目線を受けて、アロイスはその意外さに戸惑いつつ魔法の詠唱を始めた。相手がどこにいるかわからなくても効果がありそうな魔法を唱える。

彼の杖の先が青く発光するのと同じくして、一気に空気が尖りをみせることでわかるのは、これが冷気を扱う魔法だということ。

杖を持つ手と反対の左手が詠唱の終わりと共に滝壺の水の方へと掲げられる。

すると瞬く間に水が凍りついていき、滝の流れに逆らうかのように氷の波が広がった。先ほどまでせせらいでいた水はまるで彫刻作品のように固まって輝く。

この圧倒的な魔法“コンジールウォーター”も先ほどと同じく五レベルの変性魔法だ。感心する三人にこれでよしというアロイスだったが、肝心の反応が何もなかった。

魔物は外に出かけたのかと思った矢先、カイネが歓喜の声をあげる。

「滝の奥に空間があるですよ。ザルムさんの奥義もあそこにあると思うです」

「おお、やっぱりあんなもんじゃないよな」

「奥義はあるかもしれないけど、魔物もいるのでしょうね。陸地に上がっていたから反応がなかったのかしら」

ところがその直後にガサリと奥から音がした。

「言ったそばから反応ですか。どこまで水辺が続いていたかわかりませんし、ここで向かい打ちましょう」

しばらく待ってみると、ドスンという足音が一気に近づいてくる。滝の壁から影が見えたかと思うと、突如それが叩き割られて氷の破片が飛んできた。アロイスとカイネがかけた力場の魔法でそれは防がれる。

氷の滝を砕いた犯人は水かきがついた四本の足を持っており、水竜のような体はなだらかな曲線を描いている。

全身は魚のような鱗に覆われていて、腕や背中、えらのような部分にもそれを思わせる棘が付いている。鱗が深みのある青色をしているのに対し、棘の方は毒々しい紫色をしていた。

最も特徴的なのは人魂のように光る水色の目で、まさに燃えるように揺れている風に見える。この怪物の正体は……。

「フーアです。付いている棘すべてに毒があるので気を付けてください。刺されると手足が麻痺し、最悪の場合呼吸ができなくなって死に至ることもあります」

毒について注意喚起している間にフーアは活動を開始する。まず狙われたのはなんとカイネだ。

体が一番小さい、つまり弱そうな相手から狙う習性を持っているのだろう。

四足歩行特有の動きで一直線に彼女の元に走ってくると、フーアは独特の軌道を描き、牙で噛み付き攻撃を仕掛けてきた。毒の情報も相まってカイネは必死に回避する。

横に避けた彼女に今度は爪攻撃。しかし彼女も高レベル操原魔法の使い手だ。

鋭い爪を力の盾を創り出す魔法で防御している。

もちろんそうしている間にもザルムのブロードソードはフーアの首を狙っている。カイネが爪攻撃をはじいたその衝撃で揺らいだところにザルムが剣を振り下ろす。

かろうじてフーアは直撃を避けるが、魔法によって高速で振動する刃はかすっただけの魔物の左肩を簡単に切り裂いた。

すごい威力だとザルムさえも思っていると、水獣の体がいきなりぐらついた。

左肩の損傷に加えて、隙を窺っていたマデリエネが背後に回って右の後ろ脚をダガーで切りつけたのだ。

続けて前足を攻撃しようとするマデリエネをよそに、数の不利を感じたフーアは体を横に向けて大回転し、冒険者たちから距離を取った。

再びこちらを向くフーアの口元は既に膨らんでいるように見える。

魔物が体を震わせた途端、大きな口から紫色の毒が猛烈な勢いで噴射された。

咄嗟に“フォースフィールド”で身を守るカイネだったが、アロイスは他の魔法の詠唱で反応が遅れた。力場に弾かれた毒の飛沫は天井に向けて跳ね返り一面に広がる。

カイネの近くにいたザルムは魔法の範囲内にいたことで難を逃れたが、マデリエネとアロイスは毒を食らって既に手がしびれが出始めた。

噴射された毒は生命の危機を感じた魔物のとっておきだったようで、手から滑り落ちたダガーが高い音を立てて落ちる。

ところがアロイスの杖はまだその手に握られている。フーアは不満そうにアロイスを見たが、それに構わず弱ったマデリエネに向かっていった。とにかく数を減らしたいようだ。

ザルムはそれよりも早くマデリエネの前に立つと、盾を使って攻撃を受け止め続けた。

毒牙の噛み付きに爪のひっかきと前足での押しつぶし。それらすべての攻撃をマデリエネを守りながらいなしている。

それでもマデリエネごと攻撃するための体当たりをフーアが構えると、ついにザルムは盾ではなく剣を構えた。

震える剣はよほど恐ろしいのか、フーアは体当たりを中断する。代わりに再び口を大きく膨らませた。

それをそのまま吐き出す寸前、フーアの首を鉄の鎖が締め上げた。創成魔法で創り出された鎖は水獣の顎を結び付け、さらには体全体の自由を奪っていく。

その直後、地面に響く鉄の音がした。いつの間にかザルムはフーアの肩を足場にして空中に飛び上がっている。

盾を捨てて自由になった左の手を合わせて、ザルムの剣は左に大きく振りかぶられた。

体のひねりと共に空を裂く刃の閃きが魔物の首を鎖ごと断ち切る。

着地する重鎧の足音と共に、首の転がった水獣は平らになった首元から血を噴き出して氷の地面に倒れ伏した――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...