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第七章
血濡れの口
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時刻はおそらく正午より数時間ほど前、冒険者たちは血痕が広がるあの親子の家の前に来た。
捜査をしやすいようにか、血痕はそのまま放置されている。
襲われたのであろうあたりには、大量の血が流れたことが理由で土がより湿っていて、家に引き込まれるところまで血の線が断続的に引かれていた。
マデリエネとザルムがさらなる情報を求めて足跡を見てみると、今回は雨も降っていなかったことでくっきり残った足跡が見つかる。
最近の足跡は被害者の男のものとみられるものと、もう一人、明らかに人間のものとみられる足跡が残っていた。
靴の大きさはあまり大きくはなく、女性でもありえそうな大きさだ。しかも家の中に入ってから、また外に出ていっていることが確認できる。
そこからは多くの村人が通る道に出ているため追跡はできなかったが、それでも人間の痕跡が見つかったのは大きな収穫だった。
続けて遺体のあった家の中も見てみる。村長の配慮のおかげで、ここもほぼそのときの状態のまま残されていて、遺体の骨もしっかりと残されている。
骨だけというのがポイントで、ライナスのような亡霊がこんなふうに人を殺すことはないことが冒険者なら誰にでも想像できた。それほど、肉だけそいで骨を残すのは違和感しかないのだ。
「やっぱりこれは人間の仕業かしら。足跡もあったし」
「この足跡の主が犯人でほぼ間違いなさそうですよね。彼を襲った後そのまま家まで行っているようですし、他に説明がつきません」
「だとするとなんで死体が骨だけになってるんだろうな。殺すのが目的ならここまでしないだろう」
「ワタシには想像もつかないです……」
「……もしかして……食べるため……か……?」
ゲルセルの言葉に全員が戦慄する。しかしその答えがしっくりきてしまうのも事実だった。
とにもかくにもすべて調べ終わった後、彼らは食事のために村長の家に一旦戻ってきた。
それぞれ、持ってきた携帯食を食べるが、嫌な想像が膨らんで味がよくわからない。悲しいかな、誰もがそんな状態だった。
それから日が高くなった午後、冒険者たちは、村人たちが事件のあった夜どこにいたかを調べるのに一軒一軒回っていく。どこの家の人もその時間は家にいたと答えるし、家族もそれを証明する。
事件の起きた時刻は夜なのだからこれは当たり前だった。
だがとりあえず、一人暮らしの人や家族も知らないと言った人だけを対象にして、現場に残っていた靴跡と本人の靴とを照合することにした。
それにはアロイスの四レベル知覚魔法、“コレイション”が役立った。
知覚魔法によって導き出した証拠は、本人にしか結果がわからないためにあまり信用されないことが多いが、手がかりを掴むのには有用だ。現に、この魔法によって足跡がほぼ一致した人間が三人現れた。
村では同じような作りの靴が多いため一人には絞れなかったが、これはかなりの成果だった。
夕暮れ時になってしまったが、村長の家に靴底の跡が一致した人を尋問のために集合させた。
やってきた三人はみな女性。殺人の容疑をかけられて全員オロオロした様子だが、この中に犯人がいるのかもしれない。油断はできなかった。
お時間を取らせてごめんなさいねとマデリエネが柄にもなく気遣うところから質問が始まった。
「とりあえず、もう一度昨日の夜どこにいたか答えてくれるか?」
ザルムが言うと、一人一人不安げに答えていく。麦わら帽子を被っている女性は、鶏が鳴き続けていたことで、夜になってようやく餌をあげるのを忘れていたことを思い出して世話をしていたらしい。
暗くて餌をあげるのには一苦労だったと、彼女は聞いてもいないのに付け加えてくる。
赤い布を前掛けにした女性は、男性と密かに会うために家を出ていたらしい。出された夕食を丸呑みするかのように食い散らかし、さっさと寝床に潜り込んでしまう彼女の祖父母は、生活習慣を改めるべきかもしれない。
最後の一人、白い服を着た女性はザルムが目を合わせるとビクリとして目を背け、あからさまに肩を上げて緊張していた。
答えられないのかとザルムが問い詰めると、彼女はか細い声で洗濯をしていたと答える。これには違和感を覚えざるを得なかった。
「洗濯ねえ。どうして真夜中に洗濯をしてたんだい?」
ザルムはできるだけ優しく聞いたのだが、彼女はガチガチと歯を鳴らして怯えた様子だ。仕方ないとカイネにバトンタッチし、そのカイネはまずは落ち着くですと声をかける。
すると女性は不思議にも、ごめんなさいと謝罪の言葉を漏らした。
どういうことですかとカイネが聞く前に、突如女性の様子が変貌した。なんといきなり大口を開け、カイネに噛み付こうとしたのだ。
カイネは慌てて距離をとり、変貌した女性の様子を観察する。
彼女の目は限界まで見開かれていて、狙いを定めるようにギロリとこちらに目の焦点を合わせている。
だがその目にはとてもではないが理性の光は見えなかった。
息は荒く、目前の獲物に襲いかかろうとする肉食動物のようにすら思える。
他の二人の容疑者の女性たちは、白い服の彼女の変貌ぶりを目撃してパニックになり、叫びながら村長の家から出て行った。村長はその悲鳴を聞いて、奥からのこのことやってくる。
そのせいで、変わり果てた女性の意識が村長に向いてしまった。
しかし、彼女が村長にとびかかる前にカイネの魔法、“フォースジェイル”が行く手を阻んだ。見えない壁に向かって突進を続ける女性は明らかに常軌を逸している。
だが先ほどまで一応は会話ができていたことを考えると、危害を加えることなく取り押さえるのが最善だ。
冒険者たちはそれをよくわかっていて、ザルムは盾だけを取り出しているし、マデリエネは回避に徹するように身構えていた。
カイネが彼女を抑えている間にアロイスが知覚魔法を試していく。
落ち着かせる魔法、“カーム”はあまり効果がなさそうだったが、その次に使った魔法“スリープ”は効果抜群で、アロイスが感じた手ごたえと共に、女性は力場の檻の中で眠りに落ちた……。
捜査をしやすいようにか、血痕はそのまま放置されている。
襲われたのであろうあたりには、大量の血が流れたことが理由で土がより湿っていて、家に引き込まれるところまで血の線が断続的に引かれていた。
マデリエネとザルムがさらなる情報を求めて足跡を見てみると、今回は雨も降っていなかったことでくっきり残った足跡が見つかる。
最近の足跡は被害者の男のものとみられるものと、もう一人、明らかに人間のものとみられる足跡が残っていた。
靴の大きさはあまり大きくはなく、女性でもありえそうな大きさだ。しかも家の中に入ってから、また外に出ていっていることが確認できる。
そこからは多くの村人が通る道に出ているため追跡はできなかったが、それでも人間の痕跡が見つかったのは大きな収穫だった。
続けて遺体のあった家の中も見てみる。村長の配慮のおかげで、ここもほぼそのときの状態のまま残されていて、遺体の骨もしっかりと残されている。
骨だけというのがポイントで、ライナスのような亡霊がこんなふうに人を殺すことはないことが冒険者なら誰にでも想像できた。それほど、肉だけそいで骨を残すのは違和感しかないのだ。
「やっぱりこれは人間の仕業かしら。足跡もあったし」
「この足跡の主が犯人でほぼ間違いなさそうですよね。彼を襲った後そのまま家まで行っているようですし、他に説明がつきません」
「だとするとなんで死体が骨だけになってるんだろうな。殺すのが目的ならここまでしないだろう」
「ワタシには想像もつかないです……」
「……もしかして……食べるため……か……?」
ゲルセルの言葉に全員が戦慄する。しかしその答えがしっくりきてしまうのも事実だった。
とにもかくにもすべて調べ終わった後、彼らは食事のために村長の家に一旦戻ってきた。
それぞれ、持ってきた携帯食を食べるが、嫌な想像が膨らんで味がよくわからない。悲しいかな、誰もがそんな状態だった。
それから日が高くなった午後、冒険者たちは、村人たちが事件のあった夜どこにいたかを調べるのに一軒一軒回っていく。どこの家の人もその時間は家にいたと答えるし、家族もそれを証明する。
事件の起きた時刻は夜なのだからこれは当たり前だった。
だがとりあえず、一人暮らしの人や家族も知らないと言った人だけを対象にして、現場に残っていた靴跡と本人の靴とを照合することにした。
それにはアロイスの四レベル知覚魔法、“コレイション”が役立った。
知覚魔法によって導き出した証拠は、本人にしか結果がわからないためにあまり信用されないことが多いが、手がかりを掴むのには有用だ。現に、この魔法によって足跡がほぼ一致した人間が三人現れた。
村では同じような作りの靴が多いため一人には絞れなかったが、これはかなりの成果だった。
夕暮れ時になってしまったが、村長の家に靴底の跡が一致した人を尋問のために集合させた。
やってきた三人はみな女性。殺人の容疑をかけられて全員オロオロした様子だが、この中に犯人がいるのかもしれない。油断はできなかった。
お時間を取らせてごめんなさいねとマデリエネが柄にもなく気遣うところから質問が始まった。
「とりあえず、もう一度昨日の夜どこにいたか答えてくれるか?」
ザルムが言うと、一人一人不安げに答えていく。麦わら帽子を被っている女性は、鶏が鳴き続けていたことで、夜になってようやく餌をあげるのを忘れていたことを思い出して世話をしていたらしい。
暗くて餌をあげるのには一苦労だったと、彼女は聞いてもいないのに付け加えてくる。
赤い布を前掛けにした女性は、男性と密かに会うために家を出ていたらしい。出された夕食を丸呑みするかのように食い散らかし、さっさと寝床に潜り込んでしまう彼女の祖父母は、生活習慣を改めるべきかもしれない。
最後の一人、白い服を着た女性はザルムが目を合わせるとビクリとして目を背け、あからさまに肩を上げて緊張していた。
答えられないのかとザルムが問い詰めると、彼女はか細い声で洗濯をしていたと答える。これには違和感を覚えざるを得なかった。
「洗濯ねえ。どうして真夜中に洗濯をしてたんだい?」
ザルムはできるだけ優しく聞いたのだが、彼女はガチガチと歯を鳴らして怯えた様子だ。仕方ないとカイネにバトンタッチし、そのカイネはまずは落ち着くですと声をかける。
すると女性は不思議にも、ごめんなさいと謝罪の言葉を漏らした。
どういうことですかとカイネが聞く前に、突如女性の様子が変貌した。なんといきなり大口を開け、カイネに噛み付こうとしたのだ。
カイネは慌てて距離をとり、変貌した女性の様子を観察する。
彼女の目は限界まで見開かれていて、狙いを定めるようにギロリとこちらに目の焦点を合わせている。
だがその目にはとてもではないが理性の光は見えなかった。
息は荒く、目前の獲物に襲いかかろうとする肉食動物のようにすら思える。
他の二人の容疑者の女性たちは、白い服の彼女の変貌ぶりを目撃してパニックになり、叫びながら村長の家から出て行った。村長はその悲鳴を聞いて、奥からのこのことやってくる。
そのせいで、変わり果てた女性の意識が村長に向いてしまった。
しかし、彼女が村長にとびかかる前にカイネの魔法、“フォースジェイル”が行く手を阻んだ。見えない壁に向かって突進を続ける女性は明らかに常軌を逸している。
だが先ほどまで一応は会話ができていたことを考えると、危害を加えることなく取り押さえるのが最善だ。
冒険者たちはそれをよくわかっていて、ザルムは盾だけを取り出しているし、マデリエネは回避に徹するように身構えていた。
カイネが彼女を抑えている間にアロイスが知覚魔法を試していく。
落ち着かせる魔法、“カーム”はあまり効果がなさそうだったが、その次に使った魔法“スリープ”は効果抜群で、アロイスが感じた手ごたえと共に、女性は力場の檻の中で眠りに落ちた……。
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