65 / 84
第七章
疎ましい湿地
しおりを挟む
こうして時は過ぎ、交代の時間になると、前半組はザルムとカイネを起こして番を変わった。ザルムとカイネは魔物の死体が積みあがっているのに驚くが、それによって油断ならない夜になるということを察した。
遠くに見えるレシニス山からハーピィの群れがやってきたときには、カイネが力場で地面に貼り付けにした後、ザルムがとどめを刺すという流れ業で対処し、ゾンビの大群の足音が迫ってきたときには、カイネが天から授かった聖句を唱えて怨念を浄化した。
さらなる死体を積み上げながら、彼らは見張りに集中すべく他愛もない会話をしていた。
「こういうことを聞くのは微妙かもしれないが、両親と会えなくて寂しくないか?」
いきなりの重たい質問であったが、カイネはそれに即答した。
「寂しいときもあるです。でもみなさんが優しくしてくれるから辛くはないです」
「そうか……。いや、寂しくないなんて言われるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。本音も言えないようじゃ仲間として失格だからな」
「そんなことを思っていたですか」
「ああ。カイネはいつもみんなに気を使っているような気がしてな」
「ワタシは逆に気を使われているような気がしていたです。その……両親が死んでしまったこととか、最後かもしれないレード族の生き残りだからだとか」
「変な気を使ってるつもりはないんだがな。やっぱりそう感じるか?」
「みんな優しすぎるからそう思ってたです。でも同じく辛い境遇にいたゲルセルさんに対する対応を見て、みんなの態度は自然に出たものだとわかったです」
「そうか。それならよかった」
「考えてみたら今はワタシが生まれた時代から300年後の世界。我ながらよくやってると思うです」
「そうだな。流石に俺には想像もつかねえが、大したもんだよ」
「みんなの優しさに助けられたと思ってるです。ありがとうです」
「俺もカイネがパーティに入ってくれて助かってるよ。マデリエネの奴は俺にだけ風当たりが強くて困るからな」
「ザルムさんを気に入ってるからだと思うですよ」
それはあり得ねえとザルムは否定する。
お互いに信頼は抱きつつも、どこか相手の欠点が目に付いてしまう。そんな関係が最適だと彼ら自身は無意識に気付いているということなのだが、口喧嘩が絶えないザルム本人にはカイネの言うことの意味はわかっていないようだった。
数は多いが魔物の強さはそこまででもなく、特に怪我をすることなく朝を迎えた。今日からようやく湿地の探索を始められる。
出発の支度を終えて全員で湿地に踏み込んだ。入り口から既に、足元の枯草がじんわりと雨水を吸っている。
グシャッという音と共に足に伝わる感触はいうなれば奇怪。目線の少し先を飛び交う小さな虫たちも、ジメリとした空気の重みを視覚的に感じさせてくるかのように鬱陶しかった。
入ってからしばらくは背丈の低い草ばかり。そのおかげで見晴らしは良好で水深もいうほど深くはなかった。
最奥を目指す彼らは、すぐに進めるときは足早に地図のルートに従って進んで行く。
そうして一時間は歩いたかと思われるくらいのところまで来ると、段々と大きな木が目立つようになってきた。そのおかげで木陰で休む小動物を度々見かけるようになってくる。
小さなカメがヨタヨタと進む姿が可愛らしいと思う者と、そうでもないという者が分かれる道中だ。
それからさらに一時間程、ここまで来ると景色は最初の頃と比べて大きく変化し、水浸しの森という印象だ。
歩くたびにザブザブと音を立てるのは、彼らでもなんとかして控えたいと思うほどだ。基本的には外で大きな音を立てるのは魔物に見つかるリスクが高い。
ましてやここで見つかれば、膝まで水が使った状態で魔物と戦うことになり、動き辛くて不利としか言いようがない。相手は水辺の魔物なのだから、水中でも易々と動けるはずなのだ。
なんとか音を控えめにするように歩いてきた彼らだったが、意を決して音を立てねばならないかもしれない。
目前に広がるは大きな河川。向こう側までは木の生息具合からして数十メートルはありそうだ。
幸いザルムは軽装備で来ているので川を渡ろうと思えば渡れるだろう。それは一番非力なカイネでも同じことだ。流れの早くない川を渡るくらい、冒険者なら障害にならないのだ。
では何が問題なのかというと、それはもちろん彼らを狙う肉食の生物たちである。警戒すべき相手の種類はクロコダイルからニンフまで、実に選り取り見取りとなっているのだ。
「アロイスの魔法で安全に渡りきれないか?」
「有効そうな魔法は変性系統のウォーターウォーキングが筆頭候補ですが、私はまだ扱えないですね。誰かにかける魔法というのは総じて難易度が高くて」
「そうか。危険を承知で泳いでいくか?」
「ゲルセルだけは安全に向こうまでいけるわね。羨ましいわ」
「操原魔法を応用すれば何とかなると思うです」
「力場の魔法……か……」
「そうですね。難易度は高いですが二人がかりならなんとかなるかもしれませんね。できるだけ危険は冒したくありませんし、やるだけやってみましょう」
結論が出ると、カイネとアロイスは息を合わせて強力な力場を発生させた。
基本的には一つの魔法を複数人で協力して発動することは不可能に近いが、今回のように場所にかける魔法ならば、幾分かは難易度は下がる。
下がりはするが、アロイスの発言の通り、難しい行為であることは変わりなかった。
遠くに見えるレシニス山からハーピィの群れがやってきたときには、カイネが力場で地面に貼り付けにした後、ザルムがとどめを刺すという流れ業で対処し、ゾンビの大群の足音が迫ってきたときには、カイネが天から授かった聖句を唱えて怨念を浄化した。
さらなる死体を積み上げながら、彼らは見張りに集中すべく他愛もない会話をしていた。
「こういうことを聞くのは微妙かもしれないが、両親と会えなくて寂しくないか?」
いきなりの重たい質問であったが、カイネはそれに即答した。
「寂しいときもあるです。でもみなさんが優しくしてくれるから辛くはないです」
「そうか……。いや、寂しくないなんて言われるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。本音も言えないようじゃ仲間として失格だからな」
「そんなことを思っていたですか」
「ああ。カイネはいつもみんなに気を使っているような気がしてな」
「ワタシは逆に気を使われているような気がしていたです。その……両親が死んでしまったこととか、最後かもしれないレード族の生き残りだからだとか」
「変な気を使ってるつもりはないんだがな。やっぱりそう感じるか?」
「みんな優しすぎるからそう思ってたです。でも同じく辛い境遇にいたゲルセルさんに対する対応を見て、みんなの態度は自然に出たものだとわかったです」
「そうか。それならよかった」
「考えてみたら今はワタシが生まれた時代から300年後の世界。我ながらよくやってると思うです」
「そうだな。流石に俺には想像もつかねえが、大したもんだよ」
「みんなの優しさに助けられたと思ってるです。ありがとうです」
「俺もカイネがパーティに入ってくれて助かってるよ。マデリエネの奴は俺にだけ風当たりが強くて困るからな」
「ザルムさんを気に入ってるからだと思うですよ」
それはあり得ねえとザルムは否定する。
お互いに信頼は抱きつつも、どこか相手の欠点が目に付いてしまう。そんな関係が最適だと彼ら自身は無意識に気付いているということなのだが、口喧嘩が絶えないザルム本人にはカイネの言うことの意味はわかっていないようだった。
数は多いが魔物の強さはそこまででもなく、特に怪我をすることなく朝を迎えた。今日からようやく湿地の探索を始められる。
出発の支度を終えて全員で湿地に踏み込んだ。入り口から既に、足元の枯草がじんわりと雨水を吸っている。
グシャッという音と共に足に伝わる感触はいうなれば奇怪。目線の少し先を飛び交う小さな虫たちも、ジメリとした空気の重みを視覚的に感じさせてくるかのように鬱陶しかった。
入ってからしばらくは背丈の低い草ばかり。そのおかげで見晴らしは良好で水深もいうほど深くはなかった。
最奥を目指す彼らは、すぐに進めるときは足早に地図のルートに従って進んで行く。
そうして一時間は歩いたかと思われるくらいのところまで来ると、段々と大きな木が目立つようになってきた。そのおかげで木陰で休む小動物を度々見かけるようになってくる。
小さなカメがヨタヨタと進む姿が可愛らしいと思う者と、そうでもないという者が分かれる道中だ。
それからさらに一時間程、ここまで来ると景色は最初の頃と比べて大きく変化し、水浸しの森という印象だ。
歩くたびにザブザブと音を立てるのは、彼らでもなんとかして控えたいと思うほどだ。基本的には外で大きな音を立てるのは魔物に見つかるリスクが高い。
ましてやここで見つかれば、膝まで水が使った状態で魔物と戦うことになり、動き辛くて不利としか言いようがない。相手は水辺の魔物なのだから、水中でも易々と動けるはずなのだ。
なんとか音を控えめにするように歩いてきた彼らだったが、意を決して音を立てねばならないかもしれない。
目前に広がるは大きな河川。向こう側までは木の生息具合からして数十メートルはありそうだ。
幸いザルムは軽装備で来ているので川を渡ろうと思えば渡れるだろう。それは一番非力なカイネでも同じことだ。流れの早くない川を渡るくらい、冒険者なら障害にならないのだ。
では何が問題なのかというと、それはもちろん彼らを狙う肉食の生物たちである。警戒すべき相手の種類はクロコダイルからニンフまで、実に選り取り見取りとなっているのだ。
「アロイスの魔法で安全に渡りきれないか?」
「有効そうな魔法は変性系統のウォーターウォーキングが筆頭候補ですが、私はまだ扱えないですね。誰かにかける魔法というのは総じて難易度が高くて」
「そうか。危険を承知で泳いでいくか?」
「ゲルセルだけは安全に向こうまでいけるわね。羨ましいわ」
「操原魔法を応用すれば何とかなると思うです」
「力場の魔法……か……」
「そうですね。難易度は高いですが二人がかりならなんとかなるかもしれませんね。できるだけ危険は冒したくありませんし、やるだけやってみましょう」
結論が出ると、カイネとアロイスは息を合わせて強力な力場を発生させた。
基本的には一つの魔法を複数人で協力して発動することは不可能に近いが、今回のように場所にかける魔法ならば、幾分かは難易度は下がる。
下がりはするが、アロイスの発言の通り、難しい行為であることは変わりなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる