死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第八章

偽りの石像

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すっかり水たまりになってしまった荒野は、魔法を使うことになる前になんとか過ぎ去って、今は傾斜のあるデスメ火山付近の山脈にきた。

ここの峠が今回の一番の危険ポイント。向こう側へと行こうとする人間を目当てに、山から恐ろしい魔物がやってくるのだ。

狡猾な魔物たちがどこに潜んでいるかわかったものではない。

しかしこちらもそう簡単にやられるわけにはいかない。偵察係となったゲルセルは翼をはためかせると、危険がないかを空から確かめる。

空を飛べるというのは便利なもので、遮るものがなければ色々なものが見える。岩に隠れて待つ山賊や、それを襲うオークなども例外ではない。

ところがこれらは危険には値しない。ではどんなものが危険かと言うと、石像のように見える魔物などであろう。

そして今まさにその石像が峠の中央あたりに鎮座していて、ここを通る人の油断を誘っている。

しかしゲルセルには魔物だということがすぐにわかった。何故かというと、少しだけ動いたのが空からは丸見えだからである。

ゲルセルは仲間たちのところに戻ってからこの石像のことを話すと、ガーゴイルという名前の魔物がすぐに候補に挙がった。石像なんぞに化ける魔物はそう多くないのだ。

「ガーゴイルは見た目通り硬い魔物なので、私の魔法で軟化させるか弱点の雷で攻撃したいところですね。しかしながら相手は空を飛ぶこともできるので、少々工夫する必要があります」

「空を飛びまわられたら魔法をかけるのも一苦労だもんな」

「有効な魔法攻撃があるのが知られたら、ほぼ確実に空を飛んでくるとみていいわね」

「……それなら……アロイスは……隠れればいい……」

「ナイスアイディアだと思うです。アロイスさんだけ遠くの岩陰に隠れながら雷の魔法を唱えて、残りの四人でガーゴイルの相手をするですよ。そうなると……司祭様はアロイスさんと一緒に隠れればいいと思うです」

「物理攻撃だけと見せかけて相手が油断したところに、伏兵のアロイスが雷で攻撃か。確かにいいアイディアだな!」

「頃合いになったらアロイスの方に相手を誘導する形ね。どうかしら司祭様?」

意見を聞かれた司祭は疑うことなく見事な作戦だと言って、彼らに付き従ってくれた。

こうして作戦が決まり、峠の中心部に近い岩場にアロイスとイングヴァル司祭が隠れる。詠唱し始めたのを確認して、残り四人は“むざむざ”石像に近づいて行った。そうして白々しい演技が始まることとなる。

「ああ! こんなところにカッコイイ石像があるですよ!」

「本当だ。ずいぶん立派だなあ」

「こんなところにあるなんてあやし……じゃなくて運がいいのね」

「……そう……だな……」

演技が下手過ぎる者もいたが、ガーゴイルには通じたようだ。極めつけにカイネが隙だらけで近寄って来ると、石像は突然動き出してカイネに長い爪を振り下ろす。

しかし振り下ろされるよりもっと早く、カイネは悲鳴をあげて逃げ惑い、でたらめに逃げるように見せかけつつ、アロイスの方にガーゴイルを誘導していく。

他の三人もカイネと同じようにして来た道を戻るようにして逃げていった。

魔物は自分を恐れて逃げる冒険者に気を良くしたようで、飛ぶことなくトコトコと余裕気に歩いている。完全に優位に立って油断しきっているようだ。

そのおかげで十分に詠唱の時間が稼げた。カイネはアロイスの隠れる岩を通り過ぎて、アロイスがガーゴイルの背後を陣取れる場所でわざとらしくコケる。きゃあという可愛いらしい悲鳴付きで。

三人もカイネを立ち上げるのに苦労するフリをして相手の魔物をベストなポジションへとおびき出した。もう良いかと演技を終えたカイネの変化に、ガーゴイルが気付いたときにはもう遅い。

魔物の遥か天の上に、突如として現れる巨大な魔法陣。青白く閃くそれからは電撃の咆える音がする。

けたたましく轟音をかき鳴らしてバリバリと明滅するまばゆい光が、まさにほんの一瞬、時を止めるように瞬いた。

降り注ぐ雷で動き出した時は、ガーゴイルの硬い皮膚を焼け焦がし、光の中に消し去っていく。

冒険者たちも怯む中、轟音、閃光そのすべてが暴れ終わったあとに残されたもの。それは何もない。何一つない。

黒ずんだ峠の地面でさえ、大きな窪みへと瞬く間に変貌していたのだった。
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