死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第八章

急務と天馬

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「やりすぎだぜアロイス。消し炭すら残ってないじゃねえか……」

「流石に張り切りすぎましたね。申し訳ありません。一撃で倒さないといけなかったので加減がわからなくて」

「……とてつもない……威力だ……」

「見惚れちゃうです!」

「アロイス……あなたわかっているとは思うけど、全力で魔法を使うのは然るべきときだけよ?」

「え、ええ。以後気を付けるとしましょう」

「うふふ。アロイスさんの魔法、もっと見たいです!」

マデリエネが嗜めるのなど気にもせず、カイネは無邪気に顔を輝かせる。よっぽど感動したらしい。しかしながら、ザルムはそれを嗜めるように、カイネにこれ以上ないような警告をした。

「なあカイネ。あんな恐ろしい魔法に巻き込まれてどうなっても、俺は知らないぞ?」

「あっ……」

カイネは自分が先ほどの雷に打たれるのを想像してしまったのだろう。みるみるうちに恐怖の表情へと変わって、やっぱりいいですとボソリと呟いて怯えてしまった。演技は女優だけあって表情豊かである。

それを一旦放っておいて、みんなで残りの敵がいないか周りを索敵するが、消えてなくなった石像以外には特に危険なものはないようだ。

ゲルセルが空から見た通り、山賊とオークが争った跡はあったが、彼らくらいの冒険者ならどちらが残っても危険度合は同じ。

むしろどんな用事でこんな峠を場所を通るのかを聞いてくる他の冒険者の方がよっぽど危険なのだ。

今回は他の冒険者に会わなかったが、もし遭遇していたら……。ガーゴイル相手であの酷い演技だったマデリエネとゲルセルがどうなっていたかはわからない。

特にマデリエネ。盗賊だからといって人を騙す演技が得意とは限らないということが証明された瞬間だった。

ともかく峠はそれからすんなりと越えることができて、あとはまた来たときと似たような荒野を抜けて長い草原地帯へと入る。

河川が近くにないこのあたりは殆ど草原か森。ここからもさらに長くて、護衛対象と歩調を合わせて進むとどうしても遅くなってしまうのだった。

ところがイングヴァル司祭は急ぎたいようで、無理をしてでも早く進むために操原魔法で自分に力を流し込み疲労を回復しようとしていた。ところがこれの危険性をアロイスとカイネは指摘する。

「司祭様、それは危ないと思うです。制御を間違えたら流れ込んできた大きすぎる力に耐え切れなくなるかもしれないですよ」

「肉体と精神の消滅、そうでなくても一部崩壊する恐れもあります。危険すぎますよ」

二人が忠告しても、司祭は引かない。このままではいけないと言ってくるのだ。

そのやり取りを眺めて、マデリエネは黙っておくのもここまでとでもいうように司祭に問いかけた。

「知人の治療に四日以上の日をかけるというのも不自然よね。敢えて黙っていたけれど、要人の治療なんでしょ?」

「急ぐ理由はそれくらいしかありませんよね。風邪程度でもないのは明らかですし」

「……」

イングヴァル司祭は黙り込む。ところがここまで言い当てられてしまってはと観念した様子で説明しだした。

「テロフィの街の領主が謎の病気に苦しんでいるのです。あの街には病気の治療ができる司祭はいないらしいので、私が赴くことになったのですが……治療ができないとテロフィの治世は乱れてしまいます」

「そういうことならもっと早く到着する必要があるな」

「……何か……策はあるか……?」

「素早く移動するには馬でもないと駄目だと思うです」

「私の召喚魔法のレベルなら、スレイプニルを呼ぶことはできます」

「なんだよ。早い馬を呼べるんじゃないか」

「ええ。確かに呼ぶことはできるのですが、どうやっても二人しか乗れないので護衛の方が疎かになってしまうのです」

「……でも……峠は……越した……」

「そうね。一番危ないところは抜けたし、後から私たちが追いかければ帰りは問題ないはずよ」

「ワタシもスレイプニルを呼ぶべきだと思うです。アロイスさんなら草原地帯を抜けるくらい問題ないと思うです」

「満場一致みたいだな。だが地図はどうする? 一枚しかないが。街道は全部整備されてるわけじゃないからな」

「時間が惜しいなら私の魔法で複製しますよ」

アロイスはマデリエネから地図を受け取ると、五レベルの知覚魔法“トランスクリプション”の魔法で全くの白紙に原本の地図を転写した。魔法だけあって驚きの早さかつ正確さ。二枚の紙の区別がつかないほどに完璧な地図が出来上がった。

「流石だな。あとアロイスに渡しておくものはあるか? しばらく会えなくなるだろうからな」

「それなら儀式に必要なものは持ってるですか? 司祭様の実力なら儀式は必要ないとは出発のときから思っていたですが……」

カイネは控えめに言う。言葉上は司祭の実力を疑う発言になっていることを気にしているのだろう。

だが冒険者として生きるのなら、万が一のことを考えておくことは必須のスキルだ。依頼達成に役に立つこともあれば、それが命を救うことだって少なくないのだから。

そのこともよくわかっているようで、司祭も納得の表情でカイネに気にしていないというサインを送る。

「万全の準備だと思うくらいが丁度良いって言うものね」

「ええ。それらもしっかり持ちましたよ。これで準備万端でしょう」

アロイスは改めて持ち物を確認して頷くと、強力な魔法の詠唱に取りかかった。

彼が深呼吸して何事かを呟くと、大きめの魔法円が地面に浮かび上がる。それから長く続く詠唱。どうやら拡大詠唱をしているようだ。

抑揚のついたアロイスの声が広大な草原にも関わらず響いている。他の冒険者にもなんとなく区切りだろうと思われる箇所を通り過ぎると、魔法円にはいっそう複雑さを増すように文字が刻まれていく。

これ以上ないほど長かった詠唱の末、ようやく召喚魔法特有の灰色の煙が現れる。それが渦巻いて消えたあと見えるのは、かつてカルムの街に出現して暴れ回ったあの天馬、スレイプニルの姿だ。

どうしてこんなに詠唱が長くなったのかとマデリエネが聞いてみると、拡大して召喚できる時間を長くしたのと、制御をいつもよりしっかりと行うためにより多くの力を使ったそうだ。護衛と移動手段の二つの役割をこなさせるのは意外と大変らしい。

とにかく、アロイスは荷物を馬に乗せてから、イングヴァル司祭がスレイプニルに乗るのを手伝った。

人が一人乗っても天馬は全く動じずに、おとなしく走り出すそのときを待っている。

アロイスはその次に馬に乗ろうとしたのだが、制御に集中しているためか、若干それに手間取っている。心ここに非ずという状態に近いみたいだ。

それでもなんとかスレイプニルの背に乗ると、仲間に声をかけて少し離れてもらってから合図を出した。

その直後、馬に乗った二人の姿は遠くに消えて一瞬のうちに豆粒ほどに小さくなる。

それも当然のこと。スレイプニルの足は八本あって、人間が歩くのよりも遥かに早い。早すぎるほどだ。

予想外の早さにイングヴァル司祭が振り落とされそうなのがチラッと遠目に見える。おまけにちょっぴり悲鳴も聞こえる気がした。

それを心配そうにする後の冒険者たちだが、なんのために急いでいるのかをすぐに思い出し、彼らは急いで後を追うのだった。
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