死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第八章

唯一の痕跡

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情報交換によってそれぞれの目線が明らかになったところで、今回の件をどうするかということについて話題は変わっていく。

領主の呪いはカイネにとりあえずは任せるとして、イングヴァル司祭ですら解呪が不可能な呪いをかけた人物。これにどう対処するのかが問われる。

ところでジェルグの村を襲った呪いと同じくらいに強大な呪術。これらが同じようなタイミングでかけられるという偶然があるのだろうか。

何か作為的なものを感じるのは自分だけではないのか。気が付けばそう口にしていたアロイスの問いに、ザルム、マデリエネ、そしてゲルセルの全員が心の中では賛同していた。

だが嫌な想像というのは排除したくなるもので、口ではどうかわからないと言うしか他なかった。マデリエネでさえもだ。

不穏な想像を膨らませていると、カイネが応接間に来ているのに気付く。そのカイネの表情は穏やかなもの。それだけで、みな救われる思いだった。

「どうだった? うまくいったか?」

「もう大丈夫だと思うですよ。呪いは解けたので、すぐにでも目が覚めるです」

カイネがそう言うのと同時に、領主が下働きの女性を呼ぶ声が聞こえる。台所にいたらしいその女性は、驚いたように領主のところにすっ飛んで行き、お加減はいかがですかと興奮気味に聞いているのが別室でも聞こえてくる。これだけで領主が好かれていることがよくわかった。

もしかしたら彼女にとって大切な人なのかもしれない。

「これで呪いの方は一安心ね。あとは呪いをかけた魔術師をどう見つけ出すかだけど……」

「まずは領主から呪いがかけられた心当たりがないか聞いてみましょう。不審な人物を目撃した、もしくはアンデッドに遭遇した可能性もありますから」

しかしアロイスの淡い期待はいとも簡単に破れてしまった。

領主は特に何も怪しいことはなかったと言っていて、下働きの女性も気になる点はなかったと証言したのだ。念のため、奇妙な文様のローブの男について聞いてみたが、こちらも何一つ情報がなかった。

この部屋に監視がないことは既に“リバースディテクション”の魔法で確認しているし、早くも手詰りだ。

また相手が事件を起こすまで何もできないのか悔しがるアロイス。仲間たちも厄介な相手を早く捕まえたいと思うが、何もできない以上はどうしようもなかった。

この街にいれば、まだ何かできることが見つかるかもしれないが、忘れてはいけない。今はイングヴァル司祭をカルムに無事に送り届ける必要があるのだ。

思えば、領主の呪いはカイネのおかげで解けたし、イングヴァル司祭も怪我をしたり呪いを受けたりしているわけではない。相手の足取りは掴めていないが、それ以外は問題ないと言えば問題ないのだ。

話し合いの中でその結論に至ったストレンジの冒険者たちは、領主の経過を数時間見守ったのち、その日は館に泊まらせてもらった。それから朝早く、用が済んだイングヴァル司祭と共にカルムの街へと出発した。


再びスレイプニルを使えば早く帰れるが、それで危険に対処できなくなってしまっては元も子ない。早い足で逃げようとしても、峠を越すときにはどのみち馬から降りなければならないだろう。

ということでまた徒歩で長い道のりを行くわけなのだが、考えることはジェルグの村に現れた気味の悪い魔術師のことだ。

強力な呪いをかけて、事件が解決されたと見るやすぐさま魔法で去って行った。今回に限っては姿を現しもしない。同一人物とは限らないのだが、あれだけの力を使えるのは本当に一握りの存在だけだ。

同じ人物だとしたら、目的は何なのか。どうやって見つけ出すのか。答えの出ない考えが頭の中で巡っている。

アロイスがそれに悩んでいると、マデリエネは心配そうに彼を見つめてくる。それらに気付いたザルムは、今やるべきことに集中するようにとアロイスに言って、大丈夫だと肩を叩いて激励してくれた。

護衛の任務中のあらぬ考え事は害になる。彼自身もそのことはよくわかっているようで、それ以降はしっかりと警戒を維持しながら帰りの道を歩いていた。


テロフィの街から離れて数時間。イングヴァル司祭の疲労具合を見ながら進んで行く。

領主の治療が終わったあと、司祭はどうやって解呪を成功させたのかと聞いてきたのだが、これはでまかせを言って納得してもらうことにした。“たまたま”天賦の恵水を持っていて、それを使ったのだと主張したのだ。

慕っている司祭に嘘を言うのは気が引けたようだったので、カイネの代わりにアロイスが言いくるめた。心苦しくはあるが、秘密というのは知っている人間が少ない方が良いの法則に従ったのである。

司祭は納得したように頷いてそれからは特に何も言ってこなかった。たまたまを説明しなくてよかったのは、冒険者という肩書のおかげかもしれない。何でもありの世界に生きる人たちにはたまたまがいくらでもあり得るのだ。
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