死者と竜の交わる時

逸れの二時

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第九章

赤い王者

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そうして魔物を倒してしばらく、いよいよやってくるアンデッドを殲滅しつくしたと思われる頃、静かになった先頭の船からローブを纏った人間たちがゆっくりとやってくる。

冒険者たちは警戒しつつも攻撃はしなかった。向こうが無防備であるということが不審だからである。

ぞろぞろとやってくる人間たちの最後に、何度かこちらを煩わせてきた牙のネックレスの男。この彼がリーダーのようで、全員が彼に向かって頭を垂れて道を空けた。

彼は被っているフード越しに冒険者たちを眺め、怪しくも笑って見せてくる。

「これだけの数をすべて倒すとは予想以上だな。事前に襲撃を察知したのも興味深い」

「今度はお前たちが相手か? ようやく事件の元凶を倒せそうでうれしいぜ」

「そう焦るでない。我々は感激したのだよ。まさか五人でわが軍を壊滅させるとは思っていなかったのでな」

「何が言いたいですか?」

「お前たちを仲間に引き入れてやろうという誘いだよ。我らと共に世界を牛耳ろうではないか。異種族と言うだけで虐げられるであろう。元盗賊というだけでもな」

「あなたたちはどうなの? ただの人間ではないということかしら?」

「勘がいいな。その通り。我々は死霊族だ。そうだろう、アロイス」

男はアロイスにこれ見よがしに目配せをしてくる。この態度といい口ぶりといい、アロイスの知っている人物そのものだった。

「……! まさかあなたは!?」

「ようやく思い出してくれたか。あの月の夜、私は有能な人材を仲間にできたのだな」

「戦う気は……ないのか……?」

「全く、感動の再会を邪魔しないでもらいたい。彼が私の元を去ってからというもの、ずっと気にかけていたのだからな」

「何が感動ですか。死霊族は選ばれた者たちだとか言って声高に選民思想を掲げていたから私はあなたの元を離れたのです」

「私たちには死が訪れない。体を変えていけば永遠に生きられる。これこそ他の種族よりも優れている証ではないか。何が間違っていると言うのだ」

「永久に生きられる……いえ、意識を保てるから優れているわけではありません。死者の軍勢を率いて大陸を滅ぼしに来るようなあなたのどこが優れていると言うのですか」

「相変わらずだなアロイス。力はあってもそれを大義に使うだけの度量は持ち合わせていないのか?」

「あなたの言う大義が、私には愚行にしか思えないだけです。あなたと分かり合えることはない。それは救ってもらったときから感じていたことです」

「そうか……分かり合えないのなら仕方がない」

男は呆れたような声色でそれだけ言うと、他のローブの死霊たちをはけさせた。

恐るべきことに、全員テレポートの魔法を使って去っていった。強力な移動手段を持つものを連れてきたのだろう。

しかし牙のネックレスの彼だけは海岸に残って冒険者たちと依然として相対している。

そして彼は僅かに顔を上げると、懐から透き通る宝珠を取り出した。その宝珠は取り出した傍から輝き始めている。

男がそれを大仰に天にかざした途端、夜空の星々を消し去るかのごとく巨大な赤の魔法陣が空に広がった。その直後から、遥か頭上の天空から激しい空気の振動が感じられる。

そして魔法陣の中心、数々の図形うちの一つの円から灰色の煙が噴き出すように溢れていく。

やがてこの煙が魔法陣全体を覆ったとき、地響きを引き起こさんばかりの雄たけびが響き、同時にすべてを食い尽すために存在するかのような大きさの赤いドラゴンが煙の中から現れた。

それによって魔法陣の光は薄れて消えたが、代わりに大きな風を引き起こす竜の翼の羽ばたきが空を蹂躙している。

大海原を旋回して、召喚した術者の元に駆け付けるこの竜はレッドドラゴン。体長が他のドラゴンよりもさらに大きく、なにより高度な創成魔法を操る強敵である。

刺々しさも感じる鱗は強靭な力を持つ肉体を覆っており、まさに揺れ動く炎を思わせる。

捕食者の頂点に存在する王者に睨まれれば、底知れぬ恐ろしさを感じるのは自明の理。

さらに口からあふれ出る火炎を見れば、狩られるものたちは自らの弱さを戦うまでもなく思い知るだろう。

ネックレスの男は自分を守らせるようにして、そんな怪物を彼の前方に呼び寄せて命令を与える。

本来、ドラゴンと言えば理性的な種族で人間以上の知能を持っているはず。そのはずなのに、レッドドラゴンはローブの男に付き従うように冒険者たちに敵意を向けてくる。

これは宝珠と男の魔法によって再現されただけの力の象徴だからであろう。

ドラゴンは手始めに火炎のブレスを吐き出そうとしたが、よりも早く冒険者たちは動き出した。

見れば前衛二人には強力な補助魔法がかかっている。

状況を完全に把握するまでの時間でさえ、彼らは無駄にはしなかったようだ。

カイネの九レベル操原魔法、“ダレイション”は、発揮できる力の上限を一時的に拡張することができる偉大な魔法だ。これによって二人の身体能力は格段に向上している。

さらにアロイスの知覚魔法“アウェアネス”によって、ザルムとマデリエネはあらゆるものを感知できるようになっていた。

援護を受け取って向かって来るマデリエネとザルムを、ドラゴンは一度に薙ぎ払おうと凄まじい速度の前腕を嵐のように振り払ってくる。

しかしマデリエネは風すら切り刻むほどの大きな竜の腕をすれすれのところですり抜けるようにして掻い潜る。目にもとまらぬといった相手の攻撃を、さも何もなかったかのようにして進む彼女はまるで軽やかで掴めぬ羽のよう。

そして彼女の避けた攻撃の先にいたザルムは、なんと盾を構えて防御の姿勢を取っている。

しかし構えがどこか不自然。彼は払われる腕の軌道を観察している。

いよいよ高速で襲いかかって来る攻撃が盾を構えるザルムに到達した途端、血飛沫があがった。

赤竜の腕の鱗はざっくりと断ち切られて、噴き出る鮮血によってより赤く染まっていたのである。

これこそ彼の竜剣技、翔旋剣。攻撃が来たのと同時に盾を上手く使って受け流し、回転する力を利用して相手の腕を切り刻んだのだ。

反撃してきた者に目をつけて、それを排除しようと竜が息を吸い込む。赤竜の得意技、業火のブレスで焼き焦がすつもりらしい。

さすがにそれの直撃をもらうわけにはいかずにザルムは退避の準備をするが、竜のブレスは発せられることなく潰された。懐に潜り込んだマデリエネの仕業である。

次の行動の隙をつくべく待ち構えていた彼女は、棘のような鱗を足場にして一気に竜の背まで登り切り、そこから急降下しながら横腹にダガーを突き立てた。

いくら刀身の短いダガーとはいえ広範囲を傷つけられて、ドラゴンは痛みに悶えて息を吸い込みきれなかったようだ。

しかしながら強力なドラゴンは手前に寄ってきた相手でも迎撃する力を持っている。振り下ろす様子でもないのに振り上げられた竜の手には瞬く間に炎が燃え上がって集まっていく。創成魔法の応用だろう。

ドラゴンはその炎を渦を巻くように成形した途端に、マデリエネに向かって解放した。放たれた炎は海へ逃げようとする彼女を追いかけて逃がさない。

ドラゴンの集中を途切れさせようと投げたマデリエネのナイフは惜しくも空を切って相手の背後の海に落ちていってしまった。

竜自身に触れないように調節された大きさの炎でもマデリエネには大炎で、瞬く間に彼女は火炎に包まれて焼かれてしまった、かに思えた。

ところがカイネが仲間を傷つけさせるわけがないのである。

離れた彼女の元にピンポイントで生み出された力場の魔法は灼熱ですら遮断し、火炎の渦が消えるまで彼女に傷一つつけることなく守り切った。

攻撃的な性格のドラゴンは、自分の攻撃が防がれることを嫌い、今度はカイネに意識を向けた。力場の魔法で防がれないように、カイネを中心にした爆発の魔法を使おうとしていることがアロイスにはわかった。

それでも彼は今詠唱している魔法を中断することはない。空にいるゲルセルがドラゴンの喉元めがけて射撃した銀の矢が見えたからである。

集中していたドラゴンは、喉元は守らざるを得ずに避けるために首下げる。

そうすれば当然ザルムの攻撃の射程圏内に入ってしまい、ブロードソードがドラゴンの顔めがけて振り下ろされる。

ドラゴンは器用にもそれを避けてザルムに噛み付きをしかける。ザルムもそれを寸でのところで避けるのだが、静かに輝くお互いの深紅の目が逸らされることはなかった。

そうして何度目かの攻防が続いたとき、ドラゴンですらすべて覆ってしまうほどの大きさの魔法陣が大空に描かれた。

青白い円に細かい記号と図形が絡まっていて、複雑に組み上げられた魔法であることがそれだけでわかる。

危機を察知して空へと退却しようとするドラゴンの近くには、既にマデリエネはいなくなっており、ザルムも距離を取るために退避している。

感知の魔法で広大な範囲魔法の存在を感じ取っていたのだ。

味方が逃げ切れると確信した段階でもう発動間近になった魔法は、翼をはためかせるドラゴンを巻き込んで暴風を生み出さんとしている。

海岸の砂塵が舞い上がり、それに加えて徐々に大きくなっていく竜巻の中心に、幾重にも枝分かれする雷の刃が見える。

ついに飛行を維持できなくなったドラゴンは魔法陣からもただならぬ閃光を浴びる。

そして広範囲が光の白い世界に包まれるその瞬間、轟音が海を叩きつけるような振動へと移り変わり進撃した。

それは雷の刹那の衝撃を表すように広がり、赤く逞しい生き物ですら破壊し尽くし砕いていく。

暴れ回る竜巻が海の静けさに同化して消えていく頃、竜の巨体はそれと一緒に儚い光の粒子になって霧散していった――。
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