7 / 37
第一章 痛みの連鎖
襲撃
しおりを挟む
古風な木材の扉と、同じ材質の木枠の窓がある簡素な家。一瞬空き家かとも思われたこの家屋から、感情のない低い声がかすかに漏れ出てくる。
「魔導書を渡せ」
「な、なんだお主は。わたしの家から出て――」
「遊んでいる暇はない。早くしろ」
白髪の老人がカイルの手に溢れる魔力を見て息を呑む。黒く燻るそれは、身の毛がよだつほど激しく不穏な空気を放っている。
「な、なんのことかわからんのだが。お主は魔術師……なのか?」
「フッ。とぼける必要はない。貴様もそれなりに魔術の才はあるようだが、あの魔導書は手に余るであろう」
自身が魔術師であることをいとも簡単に悟られ、その上実力さえも一瞬で看破されたことで、老人は目を見開いて見るからにたじろいだ。彼の深い紺色の瞳に激しい動揺の色が混じる。
出入り口を長身の体で塞がれ、逃げようにも末恐ろしいほどの魔力の波動が老人にそれを躊躇わせた。老人から見て右奥にある木枠の窓もそれほど大きいものではなく、そこに嵌まっているガラス戸も外の景色が見にくいほど汚れて不透明だった。
ここで殺害されてもきっと誰にも悟られることはなく、この不審人物も難なく逃げおおせることだろう。老人は怯えながらも、どこか諦めをにおわせた表情で、自身の背後にあった戸棚の二重底から一冊の魔導書を取り出した。
その表紙の色は厳格な青紫色。そして上位真語で書かれた本の表題は【現界の魔導書】であった。
「こ、これのことか。だが一体これをどうするつもりだ」
「お前の知ったことではない。寄越せ」
老人が恐る恐る魔導書を渡そうとしたとき、突然カイルの背後にあった木製のドアが豪快に開いた。そして次の瞬間、刺すような鋭い殺気と共に剣が振り下ろされ、魔術師の土色の外套が、そして彼の銀色の長い髪がバサリと宙を舞い踊った。
老人は同時に襲ってきた衝撃波で壁に押しのけられている。
開け放たれた扉の前にいたのは鬼の形相のディルク。彼は探していた相手を一点に見据えて、油断なく剣を構えている。悪の魔術師は音と殺気で攻撃を察知し、魔力で老人を押しのけながら身を翻すことで華麗に斬撃を躱したようだ。
そのまま魔力で老人を壁に磔にした邪悪な魔術師は、その深紅の瞳を妖艶に流してディルクを見やる。
「誰かと思えば、いつぞやの騎士団長殿か。お相手したいところだが、生憎今は忙しい」
ディルクが止める間もなく、突如カイルの左手に現れた魔導書は、縛られた人の挿絵があるページを勝手に開き、素早く魔術を発動させた。
《捕縛》
剣を構えた姿勢のまま、ディルクは金縛りにあったように固まって動かなくなってしまった。彼の表情から何とか体を動かそうともがいているようだが、実際は指一本たりとも動かせてはいない。
カイルはその様子を確認してからまた振り返り、空いた右手で老人からスッと魔導書を奪い取った。するとカイルの黒い魔導書と、もう一つの老人が持っていた魔導書が同じ青紫色の閃光を放ちながら共鳴し始めた。
そしてカイルが何事かもわからない言葉を発すると、【現界の魔導書】は青紫の淡い光の粒を散らしながら、最後には空気に溶けるように消えてしまった。
それを見て老人は驚愕の表情を浮かべているが、未だ黒い魔力によって壁に拘束されている。一方で悪の魔術師は、用は済んだとばかりにディルクのすぐ横を優雅に通り、彼の耳元で小さく囁く。
「我の後を追いたくば、魔導書を追い求めるが良い」
そしてフッとその身を浮かせると、扉から堂々と外に出て、空高く舞い上がりどこかへ飛んで行ってしまった。数人の街人に空を飛ぶ姿を目撃されるが、そんなことはよもや関係ないのだろう。
とうとう邪悪な魔術師の姿が見えなくなる頃に、ディルクはようやく金縛りから解放されて老人も磔の状態を脱する。またしても何もできずに邪悪な魔術師に逃げられてディルクはずっしりと肩を落としたが、襲われた老人がいたことを思い出し彼に駆け寄った。
「大丈夫か? ご老人」
「あ、ああ。しかしあやつは一体……」
老人は受け答えはするものの、未だ恐怖でフラフラとしていた。突然家に押し入られたあげく脅迫まがいに迫られて、大事な物を奪われたのだから無理もない。
だがそんな老人が息つく暇もなく、街の人間がわらわらと見物に集まりだした。魔術師が出ただの、喧嘩が始まっただのと人の家の前でがやがやと騒ぎ立て始める。
それを迷惑そうに老人が顔をしかめるので、ディルクは仕方なく老人の家にあがって敢えて乱暴に戸を閉めると、騒ぎが収まるまでお邪魔させてくださいと老人に許可をとった。
「魔導書を渡せ」
「な、なんだお主は。わたしの家から出て――」
「遊んでいる暇はない。早くしろ」
白髪の老人がカイルの手に溢れる魔力を見て息を呑む。黒く燻るそれは、身の毛がよだつほど激しく不穏な空気を放っている。
「な、なんのことかわからんのだが。お主は魔術師……なのか?」
「フッ。とぼける必要はない。貴様もそれなりに魔術の才はあるようだが、あの魔導書は手に余るであろう」
自身が魔術師であることをいとも簡単に悟られ、その上実力さえも一瞬で看破されたことで、老人は目を見開いて見るからにたじろいだ。彼の深い紺色の瞳に激しい動揺の色が混じる。
出入り口を長身の体で塞がれ、逃げようにも末恐ろしいほどの魔力の波動が老人にそれを躊躇わせた。老人から見て右奥にある木枠の窓もそれほど大きいものではなく、そこに嵌まっているガラス戸も外の景色が見にくいほど汚れて不透明だった。
ここで殺害されてもきっと誰にも悟られることはなく、この不審人物も難なく逃げおおせることだろう。老人は怯えながらも、どこか諦めをにおわせた表情で、自身の背後にあった戸棚の二重底から一冊の魔導書を取り出した。
その表紙の色は厳格な青紫色。そして上位真語で書かれた本の表題は【現界の魔導書】であった。
「こ、これのことか。だが一体これをどうするつもりだ」
「お前の知ったことではない。寄越せ」
老人が恐る恐る魔導書を渡そうとしたとき、突然カイルの背後にあった木製のドアが豪快に開いた。そして次の瞬間、刺すような鋭い殺気と共に剣が振り下ろされ、魔術師の土色の外套が、そして彼の銀色の長い髪がバサリと宙を舞い踊った。
老人は同時に襲ってきた衝撃波で壁に押しのけられている。
開け放たれた扉の前にいたのは鬼の形相のディルク。彼は探していた相手を一点に見据えて、油断なく剣を構えている。悪の魔術師は音と殺気で攻撃を察知し、魔力で老人を押しのけながら身を翻すことで華麗に斬撃を躱したようだ。
そのまま魔力で老人を壁に磔にした邪悪な魔術師は、その深紅の瞳を妖艶に流してディルクを見やる。
「誰かと思えば、いつぞやの騎士団長殿か。お相手したいところだが、生憎今は忙しい」
ディルクが止める間もなく、突如カイルの左手に現れた魔導書は、縛られた人の挿絵があるページを勝手に開き、素早く魔術を発動させた。
《捕縛》
剣を構えた姿勢のまま、ディルクは金縛りにあったように固まって動かなくなってしまった。彼の表情から何とか体を動かそうともがいているようだが、実際は指一本たりとも動かせてはいない。
カイルはその様子を確認してからまた振り返り、空いた右手で老人からスッと魔導書を奪い取った。するとカイルの黒い魔導書と、もう一つの老人が持っていた魔導書が同じ青紫色の閃光を放ちながら共鳴し始めた。
そしてカイルが何事かもわからない言葉を発すると、【現界の魔導書】は青紫の淡い光の粒を散らしながら、最後には空気に溶けるように消えてしまった。
それを見て老人は驚愕の表情を浮かべているが、未だ黒い魔力によって壁に拘束されている。一方で悪の魔術師は、用は済んだとばかりにディルクのすぐ横を優雅に通り、彼の耳元で小さく囁く。
「我の後を追いたくば、魔導書を追い求めるが良い」
そしてフッとその身を浮かせると、扉から堂々と外に出て、空高く舞い上がりどこかへ飛んで行ってしまった。数人の街人に空を飛ぶ姿を目撃されるが、そんなことはよもや関係ないのだろう。
とうとう邪悪な魔術師の姿が見えなくなる頃に、ディルクはようやく金縛りから解放されて老人も磔の状態を脱する。またしても何もできずに邪悪な魔術師に逃げられてディルクはずっしりと肩を落としたが、襲われた老人がいたことを思い出し彼に駆け寄った。
「大丈夫か? ご老人」
「あ、ああ。しかしあやつは一体……」
老人は受け答えはするものの、未だ恐怖でフラフラとしていた。突然家に押し入られたあげく脅迫まがいに迫られて、大事な物を奪われたのだから無理もない。
だがそんな老人が息つく暇もなく、街の人間がわらわらと見物に集まりだした。魔術師が出ただの、喧嘩が始まっただのと人の家の前でがやがやと騒ぎ立て始める。
それを迷惑そうに老人が顔をしかめるので、ディルクは仕方なく老人の家にあがって敢えて乱暴に戸を閉めると、騒ぎが収まるまでお邪魔させてくださいと老人に許可をとった。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる