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第二章 救いを追い求めて
協力
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剣を持つ見知らぬ男にも老人は警戒していたのだが、敵意はなさそうだと判断したのか、彼はぎこちなく木の椅子をディルクに渡して自身も椅子に座りこんだ。
先ほどの出来事で心が疲弊したのだろう。彼らはそれからしばらく押し黙ったままだったが、やがてディルクがおもむろに話し始める。
「……まずは自己紹介をするべきだろうか。俺はゴスリック王国から来た、元王国騎士団長のディルク・バーデンだ。今はさっきの魔術師を追うために冒険者をやっている」
「なんと! 元とはいえ、ゴスリック王国の騎士団長様がこのようなところまで……。どうか先ほどまでのご無礼をお許しください」
「気にしないでくれ。俺はもう騎士ではないからな」
「そういうわけには参りません。わたしはアルヴァー・ベントソンと申す者。大したおもてなしもできずに恐縮でございますが……」
「それも気にしなくて大丈夫だ。少し休みたいであろうところに申し訳ないが、何があったか聞かせてもらいたい」
「はい。ですが何があったと仰いましてもご覧になったままの状況でして……。突然あの魔術師がやってきて……物を奪っていった。それだけのことでございます」
「奪っていったのは……魔導書、だったな?」
魔導書とディルクが言った途端にアルヴァーはびくりと肩を震わせた。魔女狩りが大々的に行われ、どこにいっても魔術は禁止されている昨今だ。当然魔導書の所持だって極刑に値する重罪だった。
もちろんそれはケレストロウズ公国内でも例外ではないし、襲われたからといって罪が免除されることなどもありはしない。だから不運な老人アルヴァーは今、生きた心地がしていないに違いない。
命の危機をなんとか脱したかと思えば、今度は処刑も免れない大罪を、よりにもよって騎士団の人間に見られてしまったことが確定したのだから。
言葉を発する余地もなく体が強張っている老人に、ディルクはできるだけ優しく事情を説明する。
「そんなに怖がる必要はない。俺はあの魔術師を捕まえたいだけだ。誰かにあなたが魔導書を所持していたと告げ口するつもりは毛頭ない」
「さ、左様ですか……」
「ああ。俺自身も魔術に対しては何も思うところはない。素直に奪われたものがどんなものかを答えてくれればそれでいい」
「わかりました。あれは……5界の魔導書と呼ばれる魔導書の内の一つ、【現界の魔導書】というものです。最高位の元素魔法が記された魔導書で、その威力は計り知れないほど強力なものと聞きます」
「5界の魔導書か。それらの魔導書ついては詳しく知っているか?」
それは……と言ったきりアルヴァーは口ごもってしまった。いくら持っていた魔導書の話をしたからといっても、その先の魔術関係の話をすることにまだ抵抗があるようだ。
しかしディルクが頼むと頭を下げると、ふうっと重たい息を吐いて、ここまで話してしまいましたし覚悟を決めましょうと老人は続きを話し始めた。
「5界の魔導書は神話にも出てくる、神が人間に与えたとされる魔導書のことなのです。現界、冥界、地獄界、魔界、神界それぞれの魔導書があり、世界の理が記されたものと言われています」
「それをあの魔術師は奪っていったと」
「はい。全ての魔導書を揃えた暁には、神に匹敵する力を有することになるでしょう。その力を不足なく扱うことができれば、ですが」
「なるほど。それがあの魔術師の狙いか。神にでもなるつもりだろうか……。それにしてもあなたは随分と魔術について詳しいな。あまり詮索するつもりはないが……」
「いえ、もう隠しても詮無きことでしょう。アマデウス・ベンディクスという名をご存知でしょうか」
「アマデウス……確か五年ほど前まで大賢者として名を挙げていた魔術師だったか。――まさかあなたが?」
「はい。魔術が禁止されてからというもの、世知辛い世の中になってしまいましたな」
ほっほっほとアルヴァーもといアマデウスは、初めて快活な笑みを見せた。それなりの年月、文字通り命がけで隠してきた秘密をすべてぶちまけたせいか、彼はディルクの前で緊張を解いている。
「ところで騎士団長様はどうして魔術師、というよりもあの魔術師のことを追っているのです? 本来ならばわたしのことも捕まえるべき立場の方だと存じますが」
「それには、深い訳がある」
「私怨……ですかな?」
「それくらいのことはすぐにわかってしまうか」
「ええ。伊達に年を喰ってはおりませぬからな」
「そうか。簡単に言えば仲間の仇……なのだろうな。危険な魔術師だから止めなくてはならないのは間違いないが、それ以上に、俺にとってヤツは許せない仇なんだ」
それからディルクはここに至るまでの経緯をアマデウスに話した。ゴスリック王国での大虐殺のこと。それによって多くの仲間が命を落としたこと。そしてあの魔術師への復讐のため、騎士団長を辞めて旅に出ていることも。
「なるほど。そのようなことがあったとはお辛いでしょうな。……ふむ。それならば微力ではありますが、わたしもその仇討ちに是非協力させていただきたい。同行を許していただけないでしょうか?」
「それは本当か? 危険な旅になることは間違いないだろう。あなたがそこまでして彼を追う理由もないと思うが……」
「危険なのは承知でございますが、どうせ老い先短い身です。恐ろしくないと言えば嘘になりますが、世界を救えるかも知れないのです。それだけの価値は十二分にあるでしょう。そして何より……生涯を捧げてきた魔術の力を穢されたくないのです」
「感謝する。正直なところどうやってヤツを追えば良いのか困っていたところだ。どうかよろしく頼む」
こちらこそとアマデウスは恭しく頭を下げた。
先ほどの出来事で心が疲弊したのだろう。彼らはそれからしばらく押し黙ったままだったが、やがてディルクがおもむろに話し始める。
「……まずは自己紹介をするべきだろうか。俺はゴスリック王国から来た、元王国騎士団長のディルク・バーデンだ。今はさっきの魔術師を追うために冒険者をやっている」
「なんと! 元とはいえ、ゴスリック王国の騎士団長様がこのようなところまで……。どうか先ほどまでのご無礼をお許しください」
「気にしないでくれ。俺はもう騎士ではないからな」
「そういうわけには参りません。わたしはアルヴァー・ベントソンと申す者。大したおもてなしもできずに恐縮でございますが……」
「それも気にしなくて大丈夫だ。少し休みたいであろうところに申し訳ないが、何があったか聞かせてもらいたい」
「はい。ですが何があったと仰いましてもご覧になったままの状況でして……。突然あの魔術師がやってきて……物を奪っていった。それだけのことでございます」
「奪っていったのは……魔導書、だったな?」
魔導書とディルクが言った途端にアルヴァーはびくりと肩を震わせた。魔女狩りが大々的に行われ、どこにいっても魔術は禁止されている昨今だ。当然魔導書の所持だって極刑に値する重罪だった。
もちろんそれはケレストロウズ公国内でも例外ではないし、襲われたからといって罪が免除されることなどもありはしない。だから不運な老人アルヴァーは今、生きた心地がしていないに違いない。
命の危機をなんとか脱したかと思えば、今度は処刑も免れない大罪を、よりにもよって騎士団の人間に見られてしまったことが確定したのだから。
言葉を発する余地もなく体が強張っている老人に、ディルクはできるだけ優しく事情を説明する。
「そんなに怖がる必要はない。俺はあの魔術師を捕まえたいだけだ。誰かにあなたが魔導書を所持していたと告げ口するつもりは毛頭ない」
「さ、左様ですか……」
「ああ。俺自身も魔術に対しては何も思うところはない。素直に奪われたものがどんなものかを答えてくれればそれでいい」
「わかりました。あれは……5界の魔導書と呼ばれる魔導書の内の一つ、【現界の魔導書】というものです。最高位の元素魔法が記された魔導書で、その威力は計り知れないほど強力なものと聞きます」
「5界の魔導書か。それらの魔導書ついては詳しく知っているか?」
それは……と言ったきりアルヴァーは口ごもってしまった。いくら持っていた魔導書の話をしたからといっても、その先の魔術関係の話をすることにまだ抵抗があるようだ。
しかしディルクが頼むと頭を下げると、ふうっと重たい息を吐いて、ここまで話してしまいましたし覚悟を決めましょうと老人は続きを話し始めた。
「5界の魔導書は神話にも出てくる、神が人間に与えたとされる魔導書のことなのです。現界、冥界、地獄界、魔界、神界それぞれの魔導書があり、世界の理が記されたものと言われています」
「それをあの魔術師は奪っていったと」
「はい。全ての魔導書を揃えた暁には、神に匹敵する力を有することになるでしょう。その力を不足なく扱うことができれば、ですが」
「なるほど。それがあの魔術師の狙いか。神にでもなるつもりだろうか……。それにしてもあなたは随分と魔術について詳しいな。あまり詮索するつもりはないが……」
「いえ、もう隠しても詮無きことでしょう。アマデウス・ベンディクスという名をご存知でしょうか」
「アマデウス……確か五年ほど前まで大賢者として名を挙げていた魔術師だったか。――まさかあなたが?」
「はい。魔術が禁止されてからというもの、世知辛い世の中になってしまいましたな」
ほっほっほとアルヴァーもといアマデウスは、初めて快活な笑みを見せた。それなりの年月、文字通り命がけで隠してきた秘密をすべてぶちまけたせいか、彼はディルクの前で緊張を解いている。
「ところで騎士団長様はどうして魔術師、というよりもあの魔術師のことを追っているのです? 本来ならばわたしのことも捕まえるべき立場の方だと存じますが」
「それには、深い訳がある」
「私怨……ですかな?」
「それくらいのことはすぐにわかってしまうか」
「ええ。伊達に年を喰ってはおりませぬからな」
「そうか。簡単に言えば仲間の仇……なのだろうな。危険な魔術師だから止めなくてはならないのは間違いないが、それ以上に、俺にとってヤツは許せない仇なんだ」
それからディルクはここに至るまでの経緯をアマデウスに話した。ゴスリック王国での大虐殺のこと。それによって多くの仲間が命を落としたこと。そしてあの魔術師への復讐のため、騎士団長を辞めて旅に出ていることも。
「なるほど。そのようなことがあったとはお辛いでしょうな。……ふむ。それならば微力ではありますが、わたしもその仇討ちに是非協力させていただきたい。同行を許していただけないでしょうか?」
「それは本当か? 危険な旅になることは間違いないだろう。あなたがそこまでして彼を追う理由もないと思うが……」
「危険なのは承知でございますが、どうせ老い先短い身です。恐ろしくないと言えば嘘になりますが、世界を救えるかも知れないのです。それだけの価値は十二分にあるでしょう。そして何より……生涯を捧げてきた魔術の力を穢されたくないのです」
「感謝する。正直なところどうやってヤツを追えば良いのか困っていたところだ。どうかよろしく頼む」
こちらこそとアマデウスは恭しく頭を下げた。
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