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第一章 痛みの連鎖
出立
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王国の殺戮事件から数日が経ち、誰にも見つからない早朝の時間帯。騎士団長のディルクは近所の酒場にて、とある女性と共にグラスをあおっていた。
木造建築で質素な店内だが、周りに酒屋は多くなく、いつもはそれなりに繁盛している。しかしすぐそこの広場で殺戮事件があってからというもの、客の入りは途端に悪くなりポツリポツリと常連が入る程度。
ましてやこんな朝早くの時間には客がほぼおらず、店内には心地の悪い静けさが満ちていた。
大きなテーブルに大きいグラスと何かとビックサイズのものが提供されるこの店で、奥のカウンター席にすごすごと座り、小ぶりのグラスで安酒をちびちびと飲む二人の人影がある。
ディルクともう一人、連れの女性の名はミランダ・レンダーノ。サラリとした長い黒髪に目力のある瞳の彼女は、オレンジ色の酒が入ったグラスをただ静かに置いて、ディルクにそっと顔を向けている。
悲しみにくれた心痛な表情で、彼女は辛そうに言葉を捻り出した。
「今日で……団長とはお別れなのですね」
「ああ。俺はやらなきゃいけないことがあるんだ。騎士団に残っていてはそれができない」
「で、ですが……噂の魔術師は容赦がないと聞きます。あんなものを相手にしていたらいくら騎士団長でも……」
「わかってる」
「それでも、行くんですね」
「すまない」
ディルクはグラスを一気に傾けてそれを空にした。空いたグラスがカウンターテーブルに置かれるダンッという音。それには反応したものの、会話が聞こえてきて酒を出し辛い酒屋の店主は、在庫の確認にと逃げるようにして、そそくさとカウンターを離れていった。
「騎士団のことを全部お前に押し付けることになって申し訳ないと思ってる。だが、ヤツは……どうしても許せない」
「はい。それは、わかっているつもりです」
ミランダも同じようにして酒を飲みほしグラスを空ける。そしてすぐに覇気を含んだ声色に戻し、ディルクにこう続けた。
「団長、いつか絶対に……戻って来てください。その時をここで待っていますから」
虚しく笑う彼女に、ディルクは小さく頷いて、ああ、絶対にと答えた。言葉だけは強いのにこれほどまでに頼りない騎士団長の声に、ミランダはグラスを握りしめる。
「騎士団を抜けたら、どこへ行くつもりですか?」
「隣国のケレストロウズに行くつもりだ。魔術での殺人が起きているらしいからな」
「それは……噂の魔術師の仕業でしょうか?」
「おそらくそうだろう。殺人の罪で追われながらもなかなか捕まらない輩なんぞはそう多くない」
「そう、ですか」
「俺の行き先なんか聞いてどうするつもりだ?」
「わかりません。引き留めたくてもそれは叶わない。それに私はここで守るべきものがありますから……」
「ああ」
お互いの気持ちはお互いがよくわかっているのだろう。しかしどうにもできないこの離別は、しばらく沈黙の時間を生んだ。
その間に、ようやく戻ってきた店主に酒を頼むと、ディルクは注がれた直後にまた一気に酒を飲み干しすぐさま会計を済ませた。
ミランダのもう一杯分と合わせてすべて清算した彼は、じゃあなとミランダに言葉を投げかける。そしてそのまま足早に去っていった。
置き去りになったミランダは、団長……と呟いて、最後かもしれない彼の背中を記憶の中に焼き付ける。しかし最後だと思いたくない彼女は、それを振り払うように正面を向いた。
それでも彼の置いていったグラスがふと視界に入り、いつの間にかそれを見つめている。彼女は寂しげに目を伏せて、出された酒のもう一杯を喉に流し込むのだった。
木造建築で質素な店内だが、周りに酒屋は多くなく、いつもはそれなりに繁盛している。しかしすぐそこの広場で殺戮事件があってからというもの、客の入りは途端に悪くなりポツリポツリと常連が入る程度。
ましてやこんな朝早くの時間には客がほぼおらず、店内には心地の悪い静けさが満ちていた。
大きなテーブルに大きいグラスと何かとビックサイズのものが提供されるこの店で、奥のカウンター席にすごすごと座り、小ぶりのグラスで安酒をちびちびと飲む二人の人影がある。
ディルクともう一人、連れの女性の名はミランダ・レンダーノ。サラリとした長い黒髪に目力のある瞳の彼女は、オレンジ色の酒が入ったグラスをただ静かに置いて、ディルクにそっと顔を向けている。
悲しみにくれた心痛な表情で、彼女は辛そうに言葉を捻り出した。
「今日で……団長とはお別れなのですね」
「ああ。俺はやらなきゃいけないことがあるんだ。騎士団に残っていてはそれができない」
「で、ですが……噂の魔術師は容赦がないと聞きます。あんなものを相手にしていたらいくら騎士団長でも……」
「わかってる」
「それでも、行くんですね」
「すまない」
ディルクはグラスを一気に傾けてそれを空にした。空いたグラスがカウンターテーブルに置かれるダンッという音。それには反応したものの、会話が聞こえてきて酒を出し辛い酒屋の店主は、在庫の確認にと逃げるようにして、そそくさとカウンターを離れていった。
「騎士団のことを全部お前に押し付けることになって申し訳ないと思ってる。だが、ヤツは……どうしても許せない」
「はい。それは、わかっているつもりです」
ミランダも同じようにして酒を飲みほしグラスを空ける。そしてすぐに覇気を含んだ声色に戻し、ディルクにこう続けた。
「団長、いつか絶対に……戻って来てください。その時をここで待っていますから」
虚しく笑う彼女に、ディルクは小さく頷いて、ああ、絶対にと答えた。言葉だけは強いのにこれほどまでに頼りない騎士団長の声に、ミランダはグラスを握りしめる。
「騎士団を抜けたら、どこへ行くつもりですか?」
「隣国のケレストロウズに行くつもりだ。魔術での殺人が起きているらしいからな」
「それは……噂の魔術師の仕業でしょうか?」
「おそらくそうだろう。殺人の罪で追われながらもなかなか捕まらない輩なんぞはそう多くない」
「そう、ですか」
「俺の行き先なんか聞いてどうするつもりだ?」
「わかりません。引き留めたくてもそれは叶わない。それに私はここで守るべきものがありますから……」
「ああ」
お互いの気持ちはお互いがよくわかっているのだろう。しかしどうにもできないこの離別は、しばらく沈黙の時間を生んだ。
その間に、ようやく戻ってきた店主に酒を頼むと、ディルクは注がれた直後にまた一気に酒を飲み干しすぐさま会計を済ませた。
ミランダのもう一杯分と合わせてすべて清算した彼は、じゃあなとミランダに言葉を投げかける。そしてそのまま足早に去っていった。
置き去りになったミランダは、団長……と呟いて、最後かもしれない彼の背中を記憶の中に焼き付ける。しかし最後だと思いたくない彼女は、それを振り払うように正面を向いた。
それでも彼の置いていったグラスがふと視界に入り、いつの間にかそれを見つめている。彼女は寂しげに目を伏せて、出された酒のもう一杯を喉に流し込むのだった。
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