14 / 37
第二章 救いを追い求めて
交錯
しおりを挟む
ディルクたちは今、整備された街道を馬で駆け抜けている。時間がないと判断した彼らは、高額をちらつかせて無理やり馬を借りたのだ。
元騎士だけあって乗馬はお手の物のディルクに対し、馬になど乗ったこともなかったアマデウスは、ディルクの腰になんとかしがみついているといった様相だ。
細く続く道に沿って、遮るものが何もない大らかな平原を颯爽と進んでいく。途中で往来の人を避けると、馬が体勢を変えるからかアマデウスが小さく悲鳴をあげている。
しかしそれでも遅くするわけにも衝突するわけにもいかないので、我慢してもらうしかなかった。
そうやってなんとか着いた乗船所はそれなりに多くの人で賑わっているようで、遠くからでも人の声が聞こえてくる。普段ならば栄えているという意味で良いことなのだが、人探しにおいては人が多いという事実はあまり良いものとは言えない。
そういうこともあり時間を無駄にはできないので、彼らは素早く馬から降りて、近くの丁度良い木の杭に手綱を巻いた。そして踏み込んだ乗船場の木の床の先には、天井の高い木製の屋根の下で目の前の大きな船に乗れるのを待つたくさんの人が見える。
海沿いに乗り出したその部分は人が海に落ちないように木のフェンスが丁寧に設置されているが、船に乗る箇所だけは木の板が渡せるように空白になっていた。そんな便利な設備を利用できるのは主にお金を持っている貴族や商人などの類であり、平民姿のディルクとアマデウスは少々浮いている。
だがしかし、それはおそらく書店の店主の兄も同じこと。相手が目立っているのならそれは好都合だった。
人々が待っていることを考えれば、出港までにはおそらく間に合ったのだろうと思われるが、目的の人物の手がかりを手っ取り早く得るため、ディルクは近くの乗組員に話しかけた。
「確認だがラベール大陸行きの船はまだ出ていないな?」
「はい、まだですよ。準備が整い次第出港しますので、乗船するならお早めにどうぞ。書類はお持ちですか?」
「いや、船に乗りたいわけではないんだ。ある人を探しているのだが――」
この難しい事態を説明し終える前に、突然後ろから悲鳴が聞こえてくる。反射的に振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、黒い魔力を纏った魔術師が後からやって来た人を手にかける姿だった。
倒れる人を見て人々は逃げ惑うが、邪悪な魔術師に退路を塞がれて、みな押し込まれるように船に乗り込んでいる。そんな混乱の中で、ディルクはアマデウスに向かって叫んだ。
「アマ、アルヴァー! 例の人を頼む!」
「任せておけ! ディルク殿、死ぬでないぞ!」
「ああ!」
ディルクは剣を引き抜いて、真っ直ぐ魔術師の元に向かう。走ってきた勢いのまま、ディルクの剣筋は物凄い勢いでカイルを捉えた。
しかしそれはカイル自身を切りつけることはできず、差し出された手の黒い魔力によって塞き止められてしまった。カタカタと震える剣。肉薄するディルクとカイル。彼らは均衡する力をそのままに言葉を交わす。
「もうここまでやって来たか。懲りないものだな騎士団長殿」
「ほざけ! 追って来いとほのめかしたのはそちらだろう。それに俺はもう騎士団長ではない」
「ほう。では元騎士団長殿。汝はなぜ我を追っている? 何のために戦うのだ?」
「決まっているだろう。貴様のような愚か者を成敗して、平和を取り戻すためだ!」
「詭弁だな。汝は我が意志のもと役目を果たすが良い!」
衝撃波と共にディルクは吹き飛ばされる。大きく仰け反った体を立て直している間、乗船所から警備兵が三人ほど集まってきてディルクの前に立ちカイルに警告した。
「邪悪な魔術師め! 大人しく降伏しろ!」
ところがカイルの赤い瞳が見開かれた瞬間に膨大な魔力が空に展開される。それは次々に巨大な文様を織り成し、瞬時に熱エネルギーへと姿を変えた。
【炎の侵略】
魔術の発動と同時に巨大な炎の塊が警備兵たちに降り注ぐ。みな右往左往して避けようとするものの、結局誰一人逃れることもできずに燃え盛る炎に体を投げ出されてその身を焦がされた。
木製の乗船所には一瞬の内に炎が燃え移り、辺り一帯が地獄と化し焦土となった。だが何故かディルクにだけは炎の洗礼はやってこない。
「何故……俺を殺さない? 憐れんでいるつもりか!?」
「我に憐みの心があるとでも思うか。汝には我が魔術の脅威を国に知らしめることを期待しておるのみ。それ以上何かあるとでも思ったか?」
そのとき、たくさんの人々がパニックになって乗り込んだ船が、とうとう海原へと進みだしてしまった。船の乗組員が慌てた様子で乗船所に繋いであったロープを解き、操舵室に向けて合図している。
おそらくディルクが魔術師を足止めしている間に船を出発させて逃げてしまうつもりなのだろう。
もう既に碇は上げてあるようで、帆に風を受ける船はどんどんと陸から遠ざかっていっている。カイルはそれに不機嫌さを露わにし、小さく舌打ちをすると突然ディルクを無視して空に飛び上がった。
ディルクはそれを必死で追いかけるが、建物に燃え移った火を避けながら進むディルクに対し、空中を浮いているカイルの方が圧倒的に速い。
そして浮遊したまま乗り場から海に出たカイルは、遠ざかっていく船をものともせず、ゆっくりとその甲板に降り立った。
その姿はまるで死神。ふわりと舞った灰の髪が、ゆるりとなびく茶色の外套が、これから起こる悲劇の前兆のようで。これからあの船で見るに堪えない痛ましい事件が起こるに違いない。
それなのにディルクは海に突き出た乗船所の乗り場の上で、ただ船の様子をうかがうことしかできない。
やがて火が屋根の上までどんどんまわって、彼は仕方なく陸の方へと引き返す。
それでも船の方をずっと見ている彼は、巨大な竜巻が船を呑みこみ始めても何もできない無力な自分の姿に暗澹と打ちひしがれるのだった。
元騎士だけあって乗馬はお手の物のディルクに対し、馬になど乗ったこともなかったアマデウスは、ディルクの腰になんとかしがみついているといった様相だ。
細く続く道に沿って、遮るものが何もない大らかな平原を颯爽と進んでいく。途中で往来の人を避けると、馬が体勢を変えるからかアマデウスが小さく悲鳴をあげている。
しかしそれでも遅くするわけにも衝突するわけにもいかないので、我慢してもらうしかなかった。
そうやってなんとか着いた乗船所はそれなりに多くの人で賑わっているようで、遠くからでも人の声が聞こえてくる。普段ならば栄えているという意味で良いことなのだが、人探しにおいては人が多いという事実はあまり良いものとは言えない。
そういうこともあり時間を無駄にはできないので、彼らは素早く馬から降りて、近くの丁度良い木の杭に手綱を巻いた。そして踏み込んだ乗船場の木の床の先には、天井の高い木製の屋根の下で目の前の大きな船に乗れるのを待つたくさんの人が見える。
海沿いに乗り出したその部分は人が海に落ちないように木のフェンスが丁寧に設置されているが、船に乗る箇所だけは木の板が渡せるように空白になっていた。そんな便利な設備を利用できるのは主にお金を持っている貴族や商人などの類であり、平民姿のディルクとアマデウスは少々浮いている。
だがしかし、それはおそらく書店の店主の兄も同じこと。相手が目立っているのならそれは好都合だった。
人々が待っていることを考えれば、出港までにはおそらく間に合ったのだろうと思われるが、目的の人物の手がかりを手っ取り早く得るため、ディルクは近くの乗組員に話しかけた。
「確認だがラベール大陸行きの船はまだ出ていないな?」
「はい、まだですよ。準備が整い次第出港しますので、乗船するならお早めにどうぞ。書類はお持ちですか?」
「いや、船に乗りたいわけではないんだ。ある人を探しているのだが――」
この難しい事態を説明し終える前に、突然後ろから悲鳴が聞こえてくる。反射的に振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、黒い魔力を纏った魔術師が後からやって来た人を手にかける姿だった。
倒れる人を見て人々は逃げ惑うが、邪悪な魔術師に退路を塞がれて、みな押し込まれるように船に乗り込んでいる。そんな混乱の中で、ディルクはアマデウスに向かって叫んだ。
「アマ、アルヴァー! 例の人を頼む!」
「任せておけ! ディルク殿、死ぬでないぞ!」
「ああ!」
ディルクは剣を引き抜いて、真っ直ぐ魔術師の元に向かう。走ってきた勢いのまま、ディルクの剣筋は物凄い勢いでカイルを捉えた。
しかしそれはカイル自身を切りつけることはできず、差し出された手の黒い魔力によって塞き止められてしまった。カタカタと震える剣。肉薄するディルクとカイル。彼らは均衡する力をそのままに言葉を交わす。
「もうここまでやって来たか。懲りないものだな騎士団長殿」
「ほざけ! 追って来いとほのめかしたのはそちらだろう。それに俺はもう騎士団長ではない」
「ほう。では元騎士団長殿。汝はなぜ我を追っている? 何のために戦うのだ?」
「決まっているだろう。貴様のような愚か者を成敗して、平和を取り戻すためだ!」
「詭弁だな。汝は我が意志のもと役目を果たすが良い!」
衝撃波と共にディルクは吹き飛ばされる。大きく仰け反った体を立て直している間、乗船所から警備兵が三人ほど集まってきてディルクの前に立ちカイルに警告した。
「邪悪な魔術師め! 大人しく降伏しろ!」
ところがカイルの赤い瞳が見開かれた瞬間に膨大な魔力が空に展開される。それは次々に巨大な文様を織り成し、瞬時に熱エネルギーへと姿を変えた。
【炎の侵略】
魔術の発動と同時に巨大な炎の塊が警備兵たちに降り注ぐ。みな右往左往して避けようとするものの、結局誰一人逃れることもできずに燃え盛る炎に体を投げ出されてその身を焦がされた。
木製の乗船所には一瞬の内に炎が燃え移り、辺り一帯が地獄と化し焦土となった。だが何故かディルクにだけは炎の洗礼はやってこない。
「何故……俺を殺さない? 憐れんでいるつもりか!?」
「我に憐みの心があるとでも思うか。汝には我が魔術の脅威を国に知らしめることを期待しておるのみ。それ以上何かあるとでも思ったか?」
そのとき、たくさんの人々がパニックになって乗り込んだ船が、とうとう海原へと進みだしてしまった。船の乗組員が慌てた様子で乗船所に繋いであったロープを解き、操舵室に向けて合図している。
おそらくディルクが魔術師を足止めしている間に船を出発させて逃げてしまうつもりなのだろう。
もう既に碇は上げてあるようで、帆に風を受ける船はどんどんと陸から遠ざかっていっている。カイルはそれに不機嫌さを露わにし、小さく舌打ちをすると突然ディルクを無視して空に飛び上がった。
ディルクはそれを必死で追いかけるが、建物に燃え移った火を避けながら進むディルクに対し、空中を浮いているカイルの方が圧倒的に速い。
そして浮遊したまま乗り場から海に出たカイルは、遠ざかっていく船をものともせず、ゆっくりとその甲板に降り立った。
その姿はまるで死神。ふわりと舞った灰の髪が、ゆるりとなびく茶色の外套が、これから起こる悲劇の前兆のようで。これからあの船で見るに堪えない痛ましい事件が起こるに違いない。
それなのにディルクは海に突き出た乗船所の乗り場の上で、ただ船の様子をうかがうことしかできない。
やがて火が屋根の上までどんどんまわって、彼は仕方なく陸の方へと引き返す。
それでも船の方をずっと見ている彼は、巨大な竜巻が船を呑みこみ始めても何もできない無力な自分の姿に暗澹と打ちひしがれるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる