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第三章 足掻き、突き進む者
撃退
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カイルは街中を浮遊しながら逃げていた。街の住民に魔術師だと叫ばれたことで衛兵が集まって来る。最初は数人だったが徐々に人数が増え、今ではざっと十五人はいるだろう。
しかしカイルは一向に手を出さなかった。なぜなら――広範囲の魔術で一網打尽にした方が効率が良いからだ。
衛兵もバカではないらしくカイルはいつの間にか街の上部、王城の前の衛兵詰所まで誘導されている。詰所からあっという間に衛兵の増員がやってきてさらに十人ほど追加で兵に囲まれる。この国では槍が主流になっているらしく全員が槍と盾を持っており、みなカイルに矛先を向けている。
不審な動きをすれば四方八方から槍の刺突撃がやってくるだろう状況だ。上官らしき人間はその様子を遠巻きに眺めながら、満足そうにしている。それがカイルの望んだ状況であるとも知らずに。
「空中に浮いて逃げていたのは確認済みだ。降伏しろ魔術師!」
今度は衛兵隊長らしき人物がカイルにそう告げる。またしても大虐殺が起きる。何も知らない人間たちが為すすべなく命を奪われる。ゴスリック王国で起きた大虐殺がまた繰り返されるのも時間の問題だった。
だがしかしその直前、一人の老人のはっきりした声が紛れもなくそれを止めた。
「衛兵様方、みな武器を下ろして距離を取りなされ。この魔術師は危険だ。お前さんたちが思っている何倍もな」
アマデウスが衛兵の輪の一部分を下がらせながら輪の中心に歩いていく。誰だ? などという衛兵たちの囁きをよそに、アマデウスはこう告げる。
「わたしの名は大賢者アマデウス。こやつはわたしが相手をする。お前たちは住民を避難させなさい。今すぐにな」
すると一際立派な鎧の衛兵隊長らしき人物が声を荒げた。それはアマデウスのかつての弟子の声。魔術の修練にも精を出し、さらには槍術も磨いた優秀な人物の声だった。
「どうして! どうして名乗ってしまうのですか、アマデウス様。せっかく手に入れた新しい人生を手放して兵に追われてしまうことになるのに……」
「クラウス。わたしだって孫も同然のお前さんには追われたくはないが、名乗りでもしないと誰もただの老いぼれの言うことなど聞きやせんだろう。魔術の暴走を許してお前さんやたくさんの罪のない人の命が奪われるくらいなら、堂々と魔術師だと名乗って回る方がマシだ!」
響き渡るアマデウスの声。しばらくの沈黙の後、クラウスは自然と俯いていた顔を上げて声を張った。
「おい、お前たち。聞こえただろう。全員で住民たちを避難させろ」
「しかし……」
「すべての責任は私が取る。命令を実行しろ!」
「はっ」
クラウス隊長を含め、衛兵たちはみな構えていた槍を下ろして散り散りになりながらも住民たちの非難に徹し始めた。その様子を眺めながらカイルは口元だけで不敵に笑う。
「大した覚悟だな、アマデウス。魔術師を名乗り我ともども処刑の対象となるか」
「ここで黙ってしまっては大賢者の名が廃るわ。まあ、お前さんを倒した後捕まるつもりはさらさらないがな」
「ほう。我に勝てるつもりか?」
「そんなわけないだろう。――つもりどころか勝ってやるわ!」
途端、アマデウスは青い魔力を手元に集めて圧縮していく。
《魔力の爆発》
放たれた魔力球はカイルの目前で大爆発を起こす。カイルは横に避けて回避し、魔法障壁を展開して爆風を防ぐが、立て続けにアマデウスの魔術が発動する。
カイルの足元に輝く魔法陣が現れて魔力を放出し始めた。
《魔力の爆縮》
すぐさま青い魔力球がカイルの上下左右に顕現し、強烈な衝撃を連鎖するように放った。まるで電撃のように鋭い閃光を走らせたそれは激しい音を立て、強固なはずのカイルの魔法障壁を粉々にして直接本人にダメージを負わせた。
予想外の出来事に困惑するカイルに、アマデウスは機嫌よく笑いかける。
「ほっほっほ、油断しただろう。わたしの魔力がお前に劣るからといってダメージを与えられないわけではないわ。魔導書風情がそれを行使する人間の応用力を舐めないでもらいたいな」
「くっ。我の正体に気付いていたか。しかも魔術を応用するだと? いい気になりおって」
カイルは左手で黒い魔導書を開きながら、右手をアマデウスの方に払いのける。
《砂の掃討》
見上げる程の高さの巨大な砂嵐がアマデウスに襲い掛かる。しかし老賢者はそれを恐れることなく嵐に向けて手をかざし集中した。
すると砂の嵐はたちまちそよ風だけを残して消えてしまい、ふっとアマデウスを吹き抜けた。
物質を変化させる魔術を応用して砂を消し去ったのだ。防御の後の反撃にとアマデウスが選んだのは岩の魔法。
《大地の棘山)》
カイルの真下の地面がいきなり凶器となって鋭く飛び出す。いくつも隆起した棘はもはや槍も同然だったが、カイルは空中に飛び去ってそれを避けた。
ところがアマデウスの魔術がそれを阻む。
《重力の圧制》
影のような闇がカイルを包み込み、その体を空中から地に縛り付ける。カイルは地面の棘を無力化するのに手いっぱいで、地面に叩きつけられた。
「手加減でもしておるのか? それになぜ5界の魔導書の力を使ってこない」
唸るように歯を噛みしめるカイルの様子にアマデウスは察した。
「そうか。どうやらその肉体に相当無理をさせておるようだな? 大方強力な魔力に耐え切れなくなってきたというところだろう」
「……くっ。調子に乗るなよ。我の力はこの程度ではない」
「なら、本調子になるまで姿を見せぬことだな。最も、その間に魔導書を集めさせてもらうがな!」
からからと笑うアマデウス。カイルはそれを睨みながら、転移魔法で逃げ帰るしかなかった。
敵を追い払うことに成功して、ふうと一息ついたアマデウスはぼそっと呟く。
「さて、逃げるとしよう」
衛兵隊長クラウスが詰所前に戻ったとき、そこには誰も残っておらず、激戦の跡だけが残されていた。
しかしカイルは一向に手を出さなかった。なぜなら――広範囲の魔術で一網打尽にした方が効率が良いからだ。
衛兵もバカではないらしくカイルはいつの間にか街の上部、王城の前の衛兵詰所まで誘導されている。詰所からあっという間に衛兵の増員がやってきてさらに十人ほど追加で兵に囲まれる。この国では槍が主流になっているらしく全員が槍と盾を持っており、みなカイルに矛先を向けている。
不審な動きをすれば四方八方から槍の刺突撃がやってくるだろう状況だ。上官らしき人間はその様子を遠巻きに眺めながら、満足そうにしている。それがカイルの望んだ状況であるとも知らずに。
「空中に浮いて逃げていたのは確認済みだ。降伏しろ魔術師!」
今度は衛兵隊長らしき人物がカイルにそう告げる。またしても大虐殺が起きる。何も知らない人間たちが為すすべなく命を奪われる。ゴスリック王国で起きた大虐殺がまた繰り返されるのも時間の問題だった。
だがしかしその直前、一人の老人のはっきりした声が紛れもなくそれを止めた。
「衛兵様方、みな武器を下ろして距離を取りなされ。この魔術師は危険だ。お前さんたちが思っている何倍もな」
アマデウスが衛兵の輪の一部分を下がらせながら輪の中心に歩いていく。誰だ? などという衛兵たちの囁きをよそに、アマデウスはこう告げる。
「わたしの名は大賢者アマデウス。こやつはわたしが相手をする。お前たちは住民を避難させなさい。今すぐにな」
すると一際立派な鎧の衛兵隊長らしき人物が声を荒げた。それはアマデウスのかつての弟子の声。魔術の修練にも精を出し、さらには槍術も磨いた優秀な人物の声だった。
「どうして! どうして名乗ってしまうのですか、アマデウス様。せっかく手に入れた新しい人生を手放して兵に追われてしまうことになるのに……」
「クラウス。わたしだって孫も同然のお前さんには追われたくはないが、名乗りでもしないと誰もただの老いぼれの言うことなど聞きやせんだろう。魔術の暴走を許してお前さんやたくさんの罪のない人の命が奪われるくらいなら、堂々と魔術師だと名乗って回る方がマシだ!」
響き渡るアマデウスの声。しばらくの沈黙の後、クラウスは自然と俯いていた顔を上げて声を張った。
「おい、お前たち。聞こえただろう。全員で住民たちを避難させろ」
「しかし……」
「すべての責任は私が取る。命令を実行しろ!」
「はっ」
クラウス隊長を含め、衛兵たちはみな構えていた槍を下ろして散り散りになりながらも住民たちの非難に徹し始めた。その様子を眺めながらカイルは口元だけで不敵に笑う。
「大した覚悟だな、アマデウス。魔術師を名乗り我ともども処刑の対象となるか」
「ここで黙ってしまっては大賢者の名が廃るわ。まあ、お前さんを倒した後捕まるつもりはさらさらないがな」
「ほう。我に勝てるつもりか?」
「そんなわけないだろう。――つもりどころか勝ってやるわ!」
途端、アマデウスは青い魔力を手元に集めて圧縮していく。
《魔力の爆発》
放たれた魔力球はカイルの目前で大爆発を起こす。カイルは横に避けて回避し、魔法障壁を展開して爆風を防ぐが、立て続けにアマデウスの魔術が発動する。
カイルの足元に輝く魔法陣が現れて魔力を放出し始めた。
《魔力の爆縮》
すぐさま青い魔力球がカイルの上下左右に顕現し、強烈な衝撃を連鎖するように放った。まるで電撃のように鋭い閃光を走らせたそれは激しい音を立て、強固なはずのカイルの魔法障壁を粉々にして直接本人にダメージを負わせた。
予想外の出来事に困惑するカイルに、アマデウスは機嫌よく笑いかける。
「ほっほっほ、油断しただろう。わたしの魔力がお前に劣るからといってダメージを与えられないわけではないわ。魔導書風情がそれを行使する人間の応用力を舐めないでもらいたいな」
「くっ。我の正体に気付いていたか。しかも魔術を応用するだと? いい気になりおって」
カイルは左手で黒い魔導書を開きながら、右手をアマデウスの方に払いのける。
《砂の掃討》
見上げる程の高さの巨大な砂嵐がアマデウスに襲い掛かる。しかし老賢者はそれを恐れることなく嵐に向けて手をかざし集中した。
すると砂の嵐はたちまちそよ風だけを残して消えてしまい、ふっとアマデウスを吹き抜けた。
物質を変化させる魔術を応用して砂を消し去ったのだ。防御の後の反撃にとアマデウスが選んだのは岩の魔法。
《大地の棘山)》
カイルの真下の地面がいきなり凶器となって鋭く飛び出す。いくつも隆起した棘はもはや槍も同然だったが、カイルは空中に飛び去ってそれを避けた。
ところがアマデウスの魔術がそれを阻む。
《重力の圧制》
影のような闇がカイルを包み込み、その体を空中から地に縛り付ける。カイルは地面の棘を無力化するのに手いっぱいで、地面に叩きつけられた。
「手加減でもしておるのか? それになぜ5界の魔導書の力を使ってこない」
唸るように歯を噛みしめるカイルの様子にアマデウスは察した。
「そうか。どうやらその肉体に相当無理をさせておるようだな? 大方強力な魔力に耐え切れなくなってきたというところだろう」
「……くっ。調子に乗るなよ。我の力はこの程度ではない」
「なら、本調子になるまで姿を見せぬことだな。最も、その間に魔導書を集めさせてもらうがな!」
からからと笑うアマデウス。カイルはそれを睨みながら、転移魔法で逃げ帰るしかなかった。
敵を追い払うことに成功して、ふうと一息ついたアマデウスはぼそっと呟く。
「さて、逃げるとしよう」
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