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第三章 足掻き、突き進む者

進出

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 闘技場で初めての勝利を収めてから二日、もらった金銭で宿を借りていたディルクは夕方ごろに再び闘技場に向かった。今日はもう試合が組まれていて、戦う相手も知らされている。

 あれから大したことのない相手を打ち負かしていたディルクは、早くも準々決勝まで勝ち進んでいた。本日で勝ち進んだ二人が優勝をかけて戦う予定で、準決勝と決勝を控えているというわけである。

 準決勝の相手はやはりといってもいい相手、赤と黒の斧使いアリーナだ。アリーナもまた、順調に勝ち進んでここまで残り、その度に観客席をにぎわせていた側の人間だった。

 類まれなる体術に気の強さ。さらには逞しいながらも鎧の上からもわかる女性らしい美しいプロポーションにみな惹かれているようだった。

 受付を通り控室に入ると、ある程度の人数が敗退しているために閑散としていた。しかも今日は合計で二試合しかないので、ここにいるのはディルクと黒ずくめの男だけだった。

 今日も精神統一をしているこの男の戦い方は素早さで相手を翻弄するタイプだった。翻弄と言ってもそのほとんどが瞬殺で、後ろに回り込まれたこともわからずに沈んだ闘士たちをディルクは観客席で見てきた。

 油断ならないが、決勝で戦うかどうかはまだわからない。準決勝でこの男と戦うのは目隠しをしたあの男。闘技場に入る前にディルクの迷いを見取った人物だ。

 正直にいってディルクはあの男とは戦いたくなかった。理由は単純でこの闘技場の中で一番強かったからだ。

 素手にも関わらず、得物を持った相手にも互角にもならない圧倒的な力を有していながら、それでいて静かな心の持ちようで油断なくただ相手を無力化する。その技術や在り方はディルクも知りえないような得体の知れないもので、観客たちも素手からは考えられない力量に息を呑んでいた。

 だからディルクはこの黒ずくめの男が善戦し消耗してもらうことを期待した。

 だが間違ってもこの男が勝てるとは思っていなかった。この精神統一をしている男も闘士としては一流なのだが、目隠しの男はそれとはもう次元が違うのだ。掌底一つでも、あの男は異常だとわかる。

 そのただならぬ早さ。相手を必要以上に傷つけないような絶妙な力加減。無駄のない動き。さらには観客席からも見えた呼吸法も。一体どんな修練をしたらああなるのかはわからなかったが、とにかくディルクは恐れすら抱いていた。

 もちろんこれから戦う女戦士のことも頭にはあったし、彼女にも勝てるとは限らないのだが、それでもその先の恐怖が湧いて出てくるのだ。

 そうこうしていると、早くも冷や汗を拭っていたディルクの出番がやってきた。同じ流れで戦いの場へと入場し、司会のアナウンスを聞く。

「やってまいりました本日の準決勝戦! 北の方角、逞しくも美しい女戦士は闘士アリーナ! 大斧を苦も無く扱い何人もの男を断ち割ってきた彼女の勢いは果たして止まるのか! 続いて南の方角、旅人の長剣使いコドラク! まるで針に糸を通すような、僅かな隙に致命的な攻撃を繰り出す繊細かつ優雅な戦い方を彼は貫けるか! それでは参りましょう、期待の好カードで行われる準決勝一戦目……始め!」

 右下に剣を構えたディルクは合図と一緒に駆けだした。それはアリーナも同じで、戦場の中央で二人は相対する。

 先に攻撃を放ったのはアリーナ。相変わらずの剛腕で巨大な斧をまるで処刑するかのように振るってくる。

 ディルクが後ろに躱し、反撃しようと前に出ると今度は斧を振るった勢いを利用した回し蹴りが飛んできた。それを屈んで回避したら、ディルクの剣は下からアリーナを狙う。

 一連の動作の素早さに戸惑うアリーナは、取り柄の腕力を駆使して地面にめり込んだ斧を再び振り上げることで反撃を逃れた。

 さすがに巨大な斧が眼前にやってきたディルクも距離をとって再び睨み合いが起こる。ここまでの攻防で観客たちは今までの比ではない戦いを直感し、闘技場内はどっと湧きあがった。

「長剣一つでここまで勝ち進んできただけはありそうだな。厄介だ」

「あなたこそ、あの体勢から大斧を繰り出してくるとは思わなかった」

「力比べなら負ける気がしない。せいぜいその長剣で隙を突かれないようにするとしよう」

 それからアリーナは疲労の色を全く見せず、何度も武器を振り回してくるが、ディルクは小さな隙間を掻い潜り、わずかな安全地帯へとすり抜けて猛攻を凌いでいる。

 範囲の広い攻撃にも関わらずなかなか当たらない苛立ちにアリーナが取りつかれ始めた頃。ディルクの剣が不意に宙に舞い地に落ちた。

 ガシャンと重いものが地面にぶつかる音が鳴り、アリーナの気が逸れた刹那。彼女は突如後ろから締め上げられて、満足のいく呼吸を封じられた。

 必死に暴れても完璧に背後をとられた彼女はどうにもできない。斧を持ったままでは終わりだと悟ったのか、アリーナはそれを投げてでも拘束を解こうとするが、巨大な金属から響く音と砂が飛び上がった以外には目立った変化は起こらなかった。

 そして最後にはとうとう気絶して、激しかった動きを止めてしまった。だらんと腕が垂れたのを機にディルクが彼女を解放したとき、この勝負は決したのだ。

「準決勝戦第一試合、アリーナ対コドラク戦、栄えある勝者は長剣のコドラク! 自ら剣を手放す勇気ある行動から、見事な締めが決まりました!」

惜しみない歓声を受けながら、ディルクは戦場を後にした。準決勝は闘士の観戦が禁止されているため、彼は次の戦いに備えて英気を養うべく休息を取るのだった。
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