君主たる魔導書-マスターグリモワール-

逸れの二時

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第四章 集結する思い

君臨

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 教壇の真上に戻ったカイルは興奮の入り混じった声色で呟く。

「ついに揃った……。さあ我が魔導書たちよ、今こそその力を結集し、世界を統べるとしよう!」

 カイルの周囲にいつの間にか魔導書達が姿を現して結集し、浮遊しながらそれぞれの色の輝きを放つ。現界の魔導書は青紫に。冥界の魔導書は紫色。地獄界の魔導書は赤色。魔界の魔導書は緑色。そして最後の神界の魔導書は白く発光し、それぞれの魔導書から天上へと、5筋の光線が立ち昇る。

 やがて光を放出しきった魔導書はやがて光を失い、消え去ってしまった。だが同時に消えた五筋の光の中心、カイルの持つ黒い魔導書の真上の空からキラキラと淡い光の粒が舞い降りた。

 魔導書に乗っ取られた哀れな青年、カイルの体は粉雪のように降る光の中で倒れるが、黒い魔導書のそばには別の何かが形成されていく。神の降臨。まさにその言葉がふさわしい現象が起こり、神々しい姿がそこに立ち現れた。

 人間に近い姿だが、背中には四つの白い翼。透き通った白い肌が眩い。だがその存在を形容するには神々しいだけでは済まされない。

 空気が震え、その存在は白く輝き辺りを淡く照らしている。それなのにその存在には悪魔のもののような先端の尖った尻尾が生え、頭にも二本の角がある。

 しかもその外側の闇は蠢き、自然の魔力が闇を支配していた。ディルクは人類が一度たりとも見たことがない超越者の姿を目の当たりにした。これが世界を突き動かすもの。これが生命を超え、自然のありとあらゆるもの、森羅万象を司るものだとディルクは自然と悟る。

 圧倒的存在の前に、ディルクはその場に固まった。小さな人間一人が何をしようとも、何かを変えることなどできない。それを嫌でも直感したのかもしれない。

 そして今、その存在に黒い魔導書の意志が――無情にも宿った。光とも影ともわからない何かがその存在に絡まり、一体化し、そして目の色を変えた。白かった眼の光が深紅に染まる。それは邪悪な魔術師だったカイルの目の色と同じ。

 そうして黒い魔導書は役目を終えて、その真下に転がった。その音を機に、世界の君主が動き出す。歩むこともなくフワリと舞って、聖堂の出入り口に静かに向かう。そこにディルクが懸命に立ちはだかった。畏怖、恐怖、無力感。彼の体を固めたすべてを払って懸命に。

 だがそれは一瞬の出来事。これ以上ない血飛沫が、ディルクの体を赤々と濡らした。どこが切られたのかもわからぬまま、ディルクは倒れる。

 彼の体は右肩から左腰にかけて完全に切断されてもう動かない。その真上を悠々と通って、君主はゆっくりと進んでいく。世界の終りか、はたまた新たな世界の始まりに向かって突き進む。

 ところが君主の眼前に突如魔力の壁が現れる。そしていつの間にかディルクが、アマデウスが、そして聖女が一斉に立ち上がった。それを為したのは――教壇の前に倒れていたカイルだった。その目は深紅ではなく、微かな緑色。理性を感じる人間の瞳だった。

【ヤツを止めるぞ!】

今までカイルが発していたのとは違う声。でもやはり同じ人物の面影を持つ声は、三人を奮い立たせた。元は敵のカイルだが何故かその場の者たちはカイルに従うように君主に立ち向かった。

 アマデウスは微かに残った知識を使って現界の魔導書の魔術の詠唱を、聖女も同じく神界の魔導書の魔術を使用する。そしてカイルは5界の魔導書すべての魔術を駆使して君主の魔導書を止めにかかった。

電雷なる破壊光ディストラクティブサンダーライト

 カイルが世界の君主に向けて空中に展開した魔法陣は青紫から瞬時に青白く閃く。そこから雷の砲撃とも言える巨大な雷が光を散らしながら大きく轟く。明滅する稲光は聖堂内を照らし、世界の君主を撃ち抜いた。

 それをその身に受けてもなお、世界の君主は平然としているが、体には雷の青いスパークがところどころで火花を散らしている。続いてアマデウスが巨大な岩を生み出して自在に操り、一つのものを形作る。

大地の大斧グランド・ヒュージアックス

 世界の君主の真上から振り下ろされる、規格外の大きさの斧。それは凄まじい衝撃音と共に受け止められる。

 見れば世界の君主が片手を上げてその進行を止めていた。受け止められた斧はその先から崩壊し、ボロボロに崩れて消え去った。

 消えた大斧の遮られた視界の先にいたのはディルク。彼は剣をその手に握り、世界の君主に豪速で向かう。世界の君主はその彼に風の魔術で幾千の斬撃を放つ。

 不可視の刃は幾度となくディルクを襲ったが、すべて彼に届く前に弾かれた。微かに見える聖女の白い魔力が、彼を守っている。

 あっという間に世界の君主と相対したディルクの剣が変質する。暗くも神秘的な緑。それが剣全体を覆い、荒々しい質感へと変わった。

 全ての魔導書の力を結集して生まれた力。その一端で変質した神断ち剣が振るわれる。横に振り抜いた斬撃は躱されるも、そのまま回転して勢いがついた突きが世界の君主を真っ直ぐ捉えた。

 ザンッと肉体ではない何かを突き刺す音。それの後は時が止まったかのように聖堂内が静まりかえる。ディルクが剣の柄を離した直後、世界の君主は黒い光と白い光が絡み合った両方の光を上方に解き放ちながら、その存在を消滅させていく。

 その中にあった黒い意志もまた、それと共に空中へと霧散し始めた。そしてみるみるうちに、いつの間にか蔓延っていた重々しい空気が薄らいでいく。

 そして清らかな聖堂の雰囲気が戻りつつあったとき。この一瞬の時を以て、世界の変革をもたらすはずだった世界の君主は完全に消え去ったのだ。
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