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後日談
30.洞窟内──■■■■ ※
──時は、シンシアが目を覚ます数時間前まで遡る。
コッ、コッ、と鳴り響く硬質な靴音。
ラーシュは己の「巣」の内部を、何処かに向かって歩いていた。
最深部にあるはずのシンシアの居住エリアよりずっと重くのし掛かる空気が、この場所がさらに地中深くにあることを示唆している。
彼が夜の闇のように黒いマントを翻しながら確実に歩を進めてゆくうち、やがて、周囲の様相に徐々に変化が現れた。
ラーシュの巣を構成する結晶は、総じて淡く光る青色である。
それは彼の魔力の性質によるものだが、目的の階層に近づくにつれてその青が濃さを増し、濃さを増し、濃さを増し──……。
とある扉の前に辿り着いた頃には、壁も、床も、天井も。
辺りを構成する全てが、生命を喰らうが如き闇の滲み出す暗黒の鉱物と化していた。
「えーっと、なんだったっけ。……あ、そうそう」
異様な空間にあって普段どおりの調子を崩さない者がいるとすれば、それこそが最も異様である。
その体現者たるラーシュはまるで天気の話でも始めようという気軽さで切り出しながら、重厚な──まるで地獄へと続く門を彷彿とさせる──扉に手を掛けた。
「『まあ心配しないでよ、あんまり酷いことはしないからさ』」
──ガチャリ、ゴォン。……ゴゴゴゴ。
巨大な扉が、重苦しい音を立ててその口を開く。
「あのとき確かに僕はそう言ったけど……もしかして、信じた?」
「……あ、……ぐ……」
「っひ、ひいぃ……!」
「……」
禍々しい闇と冷気に満ちた牢獄に囚われていたのは、厳しい手錠と足枷を掛けられたブレイン、グレッグ、ゲスラーの三人。
彼らはまるで見えない何かに魂を啜られてでもいるかのように、一様に苦悶の表情を浮かべている。
もはや拘束を外そうと藻掻く余力もないようで、現れた支配者を前に怯えを隠すことすらできなかった。
「待たせたねぇ? シンシアを寝かせてきたらすっかり遅くなっちゃった。……さ、始めよっか」
──あの子が起きたときに側にいてあげたいからさ、あんまり時間もないんだよね。
番を気遣う言葉とともに形作られた、天使のように無垢な笑顔。
それは三人の虜囚たちにとって、紛れもなく絶望そのものだった。
* * * *
「……お、お待ちしておりました。まずは非礼をお詫びさせてください」
絶望の最中、図太くも口を開いたのはブレインだ。
彼は声を震わせながらも媚びへつらうような笑いを浮かべ、這いずるようにラーシュに近寄っていく。
……が、足枷から伸びる鎖がガシャリと音を立ててそれを阻んだ。
鎖の先は壁に固く取り付けられていて、虜囚の勝手な行動を許さないのだ。
それでも構わず、ブレインは自慢の舌を振るい続ける。
「どうやら些細な行き違いがあったようで……。我々は愚かにも、お二人が真に愛し合っておられる可能性に思い至らなかったのです。そうでなければ、神聖なる恋人同士を引き裂こうなどという無粋を働くはずがないでしょう? 今後は愛の尊さを胸に刻み、絶対にあのような真似はしないと誓います。ええ、ええ、誓いますとも。……ですからいかがです、ここは一つ和解としませんか?」
ラーシュは微笑を崩さず、何も答えない。
「もちろんお許しいただけるのならば、相応の見返りを。我々は貴方様のなさろうとすることに全面的に協力するとお約束致しますし……そうだ、手始めに、貴方様の食糧となる活きのいい人間を定期的にこちらに献上する、という契約を結ぶのはいかがです?」
絶え間なく与えられる苦痛に脂汗を滲ませながらも、いつものように品良く取り繕った所作で両手を差し出してみせるブレイン。
「どうです? 悪い話ではないでしょう? そのためには、どうか、この手枷を外していただきたいのです」
「……ふぅん」
少しだけ考えるそぶりを見せたラーシュは、やがてコッ、コッ、とブーツを鳴らしてブレインに近づいた。
是とも否とも答えることはなく、真意の読めない表情のまま歩み寄るさまは、あまりにも恐ろしげである。
──が、それで充分だとばかりに、ガシリ。
「!」
這いつくばった体勢から半分ほど身体を起き上がらせたブレインの右手が、ラーシュの手を固く掴んだ。
彼はニヤリと口角を吊り上げ、その状態で何事かを詠唱し──……そして。
「ぎゃああああああああ!!!!!!」
「「だ、旦那ァ!?!?」」
直後、骨が砕けるような激痛にのたうち回った。
「なにが、なにがアァアァァ!?!?」
痛みを知覚した衝撃でグシャグシャにかき混ぜられた思考から戻ったブレインが、弾かれるように痛みの出所を見遣った、が。
「ア……?」
ラーシュを掴んでいたはずの手は既にその役目を果たしてはおらず、逆に手首を掴み返されてはいたものの、何をされているかまでは分からない。
ラーシュはその手に少しばかり力を込めたままで、痛みにピクピクと開かれた手のひらをじっと観察していた。
「ああ、やっぱり何か仕込んでるね。対象に触れることで発動する術式……精神干渉系の闇魔法か。多少知恵を付けた下種が考えそうなことだねぇ」
「ぎづ……アァ……ぎづいで……!?」
「ええ、あんな粗末な演技で騙せると思ってたわけ? けどそっか、これがお前にとっての切り札だったんだ。じゃあ聞かなくても知ってるでしょ? この手の魔法は呪術に近いから、返されれば相応の反動があるって。だからこそ乱発せず大事に隠し持ってたんじゃないの?」
「アァァ、ぞれは……ぞんなアァ!!!」
「うるっさ、……いや、そうだね。終わりの見えない痛みが続くのって、辛いよね? 可哀想に。……ふふ、はやく楽にしてあげなくちゃ」
「!? やめ、待っ……!」
止める暇も、手段もなかった。
ラーシュがそうと決めた瞬間、彼が掴んだ部分──手首に掛けられた錠の下──から指先に至るまでの全てが、みるみるうちに異常な熱を持ち。
まるで鍛冶場の炉に放り込まれた金属のように真っ赤に染め上げられていったのだ。
「ぐがああぁ!?がアァあああぁーーー!!!」
「「旦那ァーー!!」」
……そうして、濁りきった悲鳴を上げながら灼熱の苦しみに悶えた後。
「あ……だ、旦那の手が……」
「消し炭に……?」
ブレインの右手首から上は見る影もなく炭化して、黒ぐろとした残骸と成り果てていた。
もちろん、刻まれていた術式も業火のごとき熱によって灼き尽くされ、もはや残滓すら残っていない。
「あ……あああぁ……」
片手を喪った現実を受け止められず、また想像を絶する苦痛のショックで呆然とし、残骸を見つめてただか細い声を上げるばかりのブレイン。
ラーシュはしかし、存分に嘆く時間を与えるほど悠長でも寛容でもなかった。
「てかさ、お前らを持ってくるときにちょっと頭の中を『読んだ』んだけど」
青く不気味に光る触手が数本、ラーシュの背後にゆらりと持ち上がる。
「表向きは善人みたいな顔をして、実態は詐欺に人攫いに殺しに口封じに……って、よくもまあ挙げきれないほどやるもんだよね~。まさに人間の世界で言う『悪党』のお手本って感じ?」
ゾゾゾ、と床を這い伸びる赤い触手が、ブレインの首に、胴体に、四肢に、侵食するように絡みついた。
「ひいっ! ば、化け物が道義を説くつもりか!? そんなこと、きさまに、貴様にだけは言われる筋合いなどない!」
「あっはははっ! そうだよねえ。別に僕も人間の共喰いなんかに興味はないよ」
「なら放せえぇ! っチクショウ、このクソみたいな世界で! 他の奴らを踏み付けてのし上がることの何が悪い! 簡単に利用される方が馬鹿なんだよ!!」
「うんうん、全部お前の言うとおりだ」
肯定してみせる言葉とは裏腹に、群がる触手は続々と数を増して、獲物の体を覆い隠してゆく。
「でも、だからこそ僕は、シンシアのことが大好きになったんだ」
ラーシュは己の背面からさらなる触手を生み出しながら、惚気るようにうっとり微笑んだ。
「うわ、やめろ来るな気持ち悪い! い、一体なんなんだ、あんな小娘の何がそんな……うわあああああっちへ行けえぇ!!」
「え? 面白いでしょ? あの子もこのクソみたいな世界でクソみたいな暮らしをしてきたはずなのに、さ。まあでもわからないのは別にいいよ、どうでもいいし。……つまり、そんなシンシアにお前らが何をしたか、って話だから」
たっぷりと巻き付いた触手が、じわじわといたぶるように締め付けを開始した。
「さあ、贖罪の時間だ。お前らがシンシアの前でも外道を晒してくれて本当によかったよ。だってもしうっかりやりすぎちゃったとしても、あんまり嫌われずに済むからね、僕が」
──さすがに優しいあの子でも同情の余地、ないもんねえ。
ラーシュの大粒の両眼が三日月の形に弧を描く。
「ホントならこんな回りくどいことせずに、あのまま地上で潰しちゃいたかったんだけどね~。そういうのはシンシアが好きじゃないみたいで」
「は……」
「だからこうやってバレないとこに持ってきたんだけど。……でも番のためとはいえ、たかだか害虫の始末にこれだけの手間をかけるだなんて」
頬をほんのりと桃色に染めて浮かべる笑顔は、大切な存在を慈しむようでもあり、また己の行いに酩酊しているようでもあった。
「僕、とっても丸くなったと思わない?」
──ゾッ。
ブレインの背筋にかつてない程の怖気が走る。
恐らく心の底からそう思っているのであろうラーシュの言は、だからこそ絶対的な恐怖を彼に与えた。
『紛うことなき災厄』
『狂気と享楽の化身』
『永劫の悪夢』
脳裏に、『落とし子』の目撃者たちが残してきた幾つもの呼び名が蘇る。
「ひっ……化物!!どこが──」
言いかけた台詞は、しかし急激に圧力を強めた触手によって、想像を絶する苦痛とともに遮られた。
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