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3.帝国編

第26章 実力主義

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ビレンダイア女学院。今日からクラウディアが半年間通う学校だ。マール王国の学園と違い、アッシャー帝国のそれは完全に男女別学、14歳から18歳までの4年制である。なので17歳のクラウディアは3年に編入された。



 学内に足を踏み入れると、少女たちの賑やかな笑いがあちこちから聞こえてくる。校内で男女分かれる学園とは違い、最初から女子のみなので校門をくぐった瞬間から華やかさが違う。皆一様に髪の色は濃く、日差しが強いせいか肌の色も濃いめの生徒が多い。ここではクラウディアの方が異質だった。



「クラウディア様ですね。ビレンダイア女学院へようこそ。生徒会長のミア・シェネガンです」



 ストレートの髪を後ろで束ねた大人ぽい少女がやって来た。ミアの後に着いて、まずは学長室に向かう。一通りの挨拶、そして学院内を案内してもらい、自分が所属するクラスにやって来た。



「クラウディアさんはわたしと同じクラスになります。どうぞよろしくお願い致します」



「あら、生徒会長は3年の方ですの? 最高学年でない方が会長なのは珍しいですわね」



「アッシャーでは実力主義ですから、年功は関係ありません」



 実力主義? 生徒会長になるのにどんな能力が要求されるのかいまいちピンとこなかったが、そんなものなのかと思うことにした。



 勉強はクラウディアたちが習っているものと同じものもあれば、違うものもあった。特に歴史は改めて勉強しなおさないといけないかもしれない。



(歴史は自国中心だからやはり内容が結構違うわね。こんなことになるんならアッシャー帝国史を選択しておけばよかったわ)



 そういえばマクシミリアンは選択授業に取り入れていたなとこの時思い出したが、(今はそんな時じゃないっ!)と慌てて打ち消した。ふとした時にマクシミリアンのことを考えてしまう癖をどうにかしたかった。



 こちらに来てから1週間ほどは何事もなく過ぎた。クラウディアもだが、周囲もまずはお手並み拝見とばかり様子を見ているのだろうと思った。しかし、凪のような時期もそろそろ終わりに近づいたようだ。



「クラウディア様、私たちのサロンへいらっしゃらない? そろそろここにも慣れてきた頃合いかと思ってお誘いしましたの」



 女学院に通う少女たちは皆貴族出身だったが、その中でも上品そうな少女がクラウディアに声をかけてきた。少女の名はアメリア・ローズ。たおやかそうな少女だった。



「サロン?ここにはサロンなんてものがございますの?」



「誰でも自由に入れるものではございません。紹介制で人数も限られてますの。サロンのお茶会は週一回、放課後に記念堂の特別室で開催されます。メンバーからぜひクラウディア様を推薦したいと声が上がりましてお誘いしましたのよ」



 クラウディアもびっくりのお嬢様言葉である。サロンとはどんな場所なのだろうという興味も手伝って、クラウディアは申し出を受けることにした。



 言われた日時にクラウディアはサロンに向かった。記念堂というのは校舎とは別棟の円形の3階建ての建物だ。サロンは3階にあり、さながら会員制クラブと言ったところか。明らかに学校の調度品より豪華なソファが置いてある。既にいくつかのグループがお茶やお茶菓子を囲んで談笑していた。何と専属のウェイターやウェイトレスまでいる。マール王国の学園にはこのような施設は存在しなかった。



(学園には確かに高位貴族のグループは存在してたけど、ゆるい連帯でここまではっきりしたものはなかったはず。ここは選ばれし者のみが来られる場所なのかしらね)



 アメリアが呼ぶ方向に向かって行くと、既に4、5人の少女が紅茶を片手に座っていた。



「サロンはいくつかのグループがあるんですけど、ここはアメリア様が中心のグループです。いつも全員が集まるわけじゃありませんけど、7、8人くらいは常時いるかしら」



「クラウディア様をご招待できて光栄ですわ。どこがあなた様を取るか、水面下で争ってましたのよ。ご存じでした?」



 まさか自分がいないところでそんな攻防が行われていたとは思いも寄らなかった。何もないように見えた間じゅう、サロンに招待してもよい人物かどうか品定めされていたことになる。



 アメリアの隣に座っていた2年の女子がクラウディアにお茶菓子を勧めた。



「ここの焼き菓子はサロン専用に作られてますの。とてもおいしくてよ」



「皆が入れるわけじゃないと仰っていましたけど、サロンの運営資金はどこから出ているのですの?」



 クラウディアはマール王国にはないこのシステムに興味津々だった。せっかく歓迎されているようなので質問攻めしても大丈夫だろうと思った。



「学院から出ているのもありますけど、サロンに所属する者は会費を支払っています。もちろん追加の出費が出ても困らない家ばかりですわ。第一そうでなければサロンに誘われることもございませんもの」



 つまり貧乏人は最初から勧誘されないという意味だ。クラウディアの場合国費で賄われているから何の心配も要らないのだが、なかなか厳しい世界と言う他なかった。



「わたくしは外国の留学生ということで珍しいのは分かりますけど、他の方々はどんな理由で推薦されているのでしょうか?」



「家柄がしっかりしているというのは前提ですけど、やはりお人柄とか魅力ですかね。サロンを回すだけの社交術や機転の良さも要求されます。逆に言えば、家柄だけがよくてもサロンには入れませんの。アッシャー帝国は実力主義ですから」



 出た、実力主義。クラウディアは生徒会長が同じ言葉を使っていたのを思い出した。



「実力主義という言葉はこちらに来てからよく聞くのですけど、一体どういう意味なのかしら?」



「読んで字の如くですわ。この国では劣った者はそれが例え皇族でも、人々の尊敬を集めることはできません。みんながしのぎを削って優秀な者が認められることで国が豊かになるという考え方です。優秀な者が出世すれば、その分劣った者は落とされる。椅子の数が決まっている以上仕方のないことですわ」



「男性の世界ならそういう厳しいこともございましょうが、うら若き女性の世界でも徹底されているんですね。すごいことですわ」



 クラウディアは内心冷や汗をかきながらお世辞を言った。自分もかなり勝気な方だと自負しているが、かなり心して取り組まないと足元をすくわれそうだ。



「男性の世界はもっと厳しくてよ。代表的なのがロジャー皇太子。皇帝となる者は一片の欠けもあってはならないと日ごろから鍛錬を怠らないし、多才なだけでなく政治力も着実に付けている。彼ほど完璧な方はいらっしゃいませんわ」



 一人の少女がうっとりした表情で言った。確かに嫌味なくらいロジャーは完璧だった。マール王国でも女子生徒の心を鷲掴みにしていた。アッシャー帝国でも同様だろう。



「そういえば、クラウディア様はロジャー殿下の思い人という噂は本当ですの?」



「こらっ! レディがそんなこと聞くなんてはしたないわよ! ごめんなさいね。この子まだ未熟なところがあって……」



 アメリアが慌てて質問した生徒をたしなめた。いや、それがクラウディアを呼んだ本当の理由だろう。わざと下級生に質問役を振っておいて何もかも根回ししていたに違いない。そうでなければロジャーの名前が出た時の空気の変わりようが説明できない。



「あら、どこでそんな話になったのか皆目見当がつきませんが、根も葉もない噂ですわ。もしそのことで皆さまを不安にさせたなら申し訳ありません。でもご安心ください。ロジャー殿下は女性なら憧れない方はいませんものねえ」



 そう言うと、クラウディアはオホホと笑って見せた。一同は少し恥ずかしそうに身じろぎし、俯く者もいた。



「ロジャー殿下ほどの方ならば既に婚約者がいらっしゃってもおかしくないと思うのですが、そのような話はありませんの?」



 今度はクラウディアが尋ねる番だ。



「国内から候補者は何人か出ているんですが、なかなか話が固まらなくて。ここにいらっしゃるアメリア様もその一人なのですが」



 だからクラウディアのことが気になっていたのだろう。外国の留学生が自分の恋敵になるかどうか調べるのが目的だったのだ。



「まあ、アメリア様ならロジャー殿下にぴったりですわ。わたくし応援しています」



 クラウディアは心の底からそう言った。ロジャーが早く身を固めてくれれば自分のところまで火の粉が及ぶまい。そう考えたのだ。



 大して期待はしなかったが、まずまずの収穫だった。情報を制する者が勝負を制する。アウェーでの戦いを強いられるクラウディアは、サロンに入っておけば役立つ情報が収集できるかもしれないと考え、与えられた環境を十分に利用してやろうと考えた。



 その後も何回かクラウディアはお茶会に参加した。その度にこの女学院の中のヒエラルキーや人間関係を教えてもらった。自分がそこに属することのない人間関係は聞いているだけでいいので楽だった。皆、クラウディアがお客さんということを知っているので気軽に教えてくれた。



 ある日、クラウディアが廊下を歩いていると、見知った顔を見つけた。1年のクラスでロジャーの妹であるリリーが一人散らかった花瓶を掃除していた。割れたガラスを箒で掃いていたが、欠片を拾う時に指を怪我したようだった。クラウディアは慌ててリリーのところに駆けつけた。



「リリー様、すぐに医務室へ行ってください。後はわたくしがやっておきますわ」



 リリーはクラウディアを見てびっくりした。確かに3年のクラウディアが1年の教室にいるのは普通でなかったが、それ以上に声をかけられたことが意外すぎたようだった。



「わ、私は大丈夫です。それよりあなたはすぐにここを離れなさい。私と一緒にいるところを見られたら駄目よ。せっかくアメリアのサロンに入れたのだからもったいないわ。さあ早く」



 取り付く島もなく、クラウディアは追い払われてしまった。皇女と一緒にいて何がまずいのだろうか? アメリアのサロンとどういう関係があるのだろうか。



 後日サロンで聞いてみることにした。アメリア本人に聞くのは何となくためらわれたので、アメリアが来る前に下級生にこっそり聞いてみることにした。



「まあ、リリー様とお話しになったんですの? 確かにそれはアメリア様には知られない方がいいわ」



「なぜ駄目なの? リリー様とアメリア様は仲が悪いの?」



「アメリア様でなくても少なくともサロンに入っているのなら、避けた方がいい人物です。というのも、リリー様は王女という身分でありながらご自身のサロンを持っていません」



「サロンを持たないことと何の関係があって?」



「本来皇女であれば、ご自身のサロンを持つのが当たり前なのです。しかし、リリー様はその才覚がないために作ることができませんでした。元々内気な性格で社交的ではないらしいのね。アッシャー帝国は実力主義って言ったでしょう? 皇族と言えども、それに見合った実力を持たない者は軽んじられます。リリー様は王女の資質なしとみなされ、この学院では下に見られる存在なのです。だから本来他人に任せてよい花瓶の掃除も自分でしていたのでしょう」



 それを聞いたクラウディアは絶句した。



「なにそれ……皇帝陛下のご息女なのよ。そんな不敬が許されると思ってるの?」



「マール王国ではどうか知りませんが、アッシャー帝国では実力が全て物を言います。人の上に立つ立場だからこそ、厳しい目が向けられるのです。リリー様がそれに不服ならばご自身の力で這い上がるしかありません。そういう世界なのです」



 クラウディアは自分のお茶が冷めたのにも気が付かず黙って聞くしかなかった。

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