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5.青の魔女を拝命す
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リリアーナは宣言通り、あれから毎日姿を現すようになった。魔法で追跡をかけているかのように、ビクトールがいるところに常に現れる。これには、さすがのビクトールも恐怖を覚えた。
調べものがあって図書室にいる時もどこからかにゅっと現れる。目が合うと、友達のようににっこりと微笑みかけられた。ビクトールは真っ青になり、慌てて荷物をまとめて図書室を飛び出した。リリアーナは距離を保ったままその後をつけ、廃校舎の実験室まで一緒に向かって行く。
「何顧の礼だか知らないが、何度来られても俺はあんたの依頼を聞くつもりはない。まだ首が繋がっていたいんだ。頼むよ、出て行ってくれ」
ビクトールはほとほと困り果て、とうとう泣き落としにかかった。
「あなたの行動を逐一観察していたけど、本当に教室と図書室とこの部屋の往復しかしないのね。頭が魔法で一杯なのがよく分かるわ。ここまで極めないと天才にはなれないってことかしら」
リリアーナは、ビクトールが懇願しようがお構いなしに自分のペースで喋った。
「あと友達もいないわね。休み時間になったら真っ先に教室から出てくるもの。まあ周りは貴族ばかりだし、この学校で平民が浮くのは仕方ないわ。でも安心して。友人がいないのは私も同じだから」
「お前と同じなのがどうして安心できるんだ、この青の魔女め」
胸を張って言うリリアーナに、ビクトールは冷たい視線を投げかけた。
「なあに? 青の魔女って?」
「名前を呼びたくない相手には二つ名で呼ぶんだ。名前には言霊が含まれているから、相手を引き寄せてしまう効果があると言われている。本当はそんなの信じちゃいないけど、今は何でもすがらないとやっていられない。そういうわけで、お前を遠ざけたいから青の魔女と呼ばせてもらう」
しかし、それを聞いたリリアーナは、ショックを受けるどころか顔をぱっと輝かせた。
「やだあ! 青の魔女ってあなたが考えたの? 素敵な名前ね! 碌に魔力もないのに魔女だなんて光栄だわ。本名で呼ぶよりロマンチックだし。それにしても、名前には言霊があるのね。それなら私はあなたの名前を呼ぶわ。ビクトール、ビクトール、ビク——」
「やめろ! 気安く名前で呼ぶな! とにかくどれだけ頼まれてもあんたの願いは聞けない。どこか他を当たってくれ!」
ビクトールはたまらず叫んだが、何を言われてもリリアーナは自分のペースを崩すことはなかった。
「証拠の残らない毒薬なんてあなた以外に頼めるわけないじゃない。作れる人も他にいないし」
「とにかく、どうしていきなり殺すんだ? 別に殺さなくてもいいじゃないか。他にいくらでも嫌がらせする方法なんてあるのに!」
「それじゃ生ぬるいのよ! 消えない爪痕を残してやりたいの。私を最初からいなかったことにされるのがたまらないの!」
「……つまり、まだ相手に未練があるということか」
すると、ぴたっとリリアーナの動きが止まった。
「執着してるから、自分を裏切った男と婚約者を奪った女が許せないんだろう? 雲上人の痴話げんかに俺のような卑しい平民を巻き込まないでくれ、頼むから」
まるで魂が抜けたかのようにリリアーナは動かなくなった。全く、ころころと反応が変わる奴だ。青い目から光も失われ、支えを失ったようにふらふらと後ずさる。
「未練……あるに決まってるじゃない。10年間も人生を無駄にしたのよ。同年代の子供が遊んだり青春を謳歌しているのを横目に、辛い王太子妃教育に明け暮れて——」
「そうじゃなくて、王太子のことまだ好きってことだよ。好きじゃなければ強い憎しみも生まれない。そんなもんじゃないのか? 知らんけど」
ビクトールはそっぽを向きながらぶっきらぼうに言ったが、リリアーナへの威力は十分すぎるほどだった。真っ白な顔でうわごとのように「好き……好きって何?」と呟いている。その様子が余りにも異様だったので、ビクトールは却って不安になった。
「おい、考えるならよそでやってくれ。とにかくここは仕事の邪魔になるから出て行って欲しい。あんたがいると迷惑なんだよ」
薄気味悪くなったビクトールは、リリアーナをさっさと追い払おうとした。しかし、彼女の方は熱に浮かされたように心ここにあらずと言った状態のままだ。
「何をもって好きと言うのか私には分からない。でも、ルークの言葉が私の支えだった。たった一回きり、たった一言でもたくさん頑張れた。それは好きとは言わないの?」
「そんなの知ったことか。俺はあんたのこと一切知らないんだから。初めて会ってから数日しか経ってないじゃないか」
それを聞いたリリアーナは、すっかりしょげ返った様子だった。今までビクトールに対して傲岸不遜な態度しか見せたことない彼女が、初めて殊勝な態度を露わにした。そしてその日は、そのままいなくなった。やった、勝った。ビクトールは密かに自分の勝利を確信して、ほっと胸をなでおろした。
**********
しかし、それは余りに甘い見込みだった。翌日になると何やら大きな紙袋を持ってひょっこり顔を出した彼女を見て、ビクトールは言葉を失った。
「こんにちは。また来ちゃった」
「また来ちゃった、じゃねーよ!」
「昨日は突然いなくなってごめんなさい。私もまだまだ修行が足りないわ。お詫びに差し入れを持って来たの。あなたいつも頑張っているから、ほら」
リリアーナはそう言うと、ビクトールの鼻先に大きな紙袋を突きつけた。中からむわっとした蒸気と共に、焼き立てのパンの匂いが鼻をつつく。
「お詫びの気持ちがあるならもうここに来ないでくれ。ほんっと実験の邪魔なんだよ! ……で、この紙袋は? 俺がこんなもので転ぶと思ったのか?」
「賄賂よ。あなた痩せっぽちで栄養状態悪そうだから、お金持ちのお貴族様が恵んであげようと思って。最近繁盛しているパン屋のものよ? 大人気でなかなか手に入らないの。平民には手の届かない高級品だけどお気に召さない? それなら私がいただくわ」
リリアーナはそう言うと、大きな口を開けてパンを頬張った。公爵令嬢にしては大胆な食べ方だ。薬草の匂いで充満しているこの部屋でよく平気で食べられるものだと、ビクトールは内心呆れた。
「ああおいしい、あなた本当に食べないの? もったいないわね……ねえ、昨日ルークに未練があると言ったでしょ。あなたの言う事も一理あると思ったのよ。あれから一晩考えて、別に好きな気持ちを抑えなくていいと思ったの。変に抑えてると鬱屈するだけじゃない? まだ未練があるから復讐したい。実に単純な話よ!」
「……こっちは開き直ってもらうために言ったんじゃないんだけど」
調合作業に没頭しているビクトールは、すっきりした表情のリリアーナを見ずにぼそっと呟いた。
「ねえ、パン食べないの? 結構苦労して買ったんだけど」
「どうせ使用人に並ばせたんだろ、それか公爵家の名前をチラつかせて優先的に購入したとか。お前ら貴族はいつもそうだ」
「あら、よく知ってるじゃない。持っているものを最大限に利用することの何がいけないの? あなただって生まれや育ちは恵まれなかったかもしれないけど、魔法の才能があれば将来安泰でしょ?」
それを聞いたビクトールはハッと鼻で笑った。
「温室育ちのお嬢様には想像できないと思うが、俺みたいな平民は魔法が使えたところで、それ相応のところしか就職できないの。おまけに親は魔法を忌み嫌っている。馴染みがないからここに通うことすら反対している。だから、魔法を生業にすることもないかも」
リリアーナは、目を丸くして驚いた表情を浮かべた。
「だって、あなたの成績じゃ魔法技術省も余裕で入れるわよ。学年トップなんでしょ? しかもダントツって聞いたわよ」
魔法技術省とは、この国の魔法使いの中でも優秀な者だけが入れる魔法の研究機関だ。魔法を使えるのはほぼ貴族に限られているから、自然と構成員は貴族ばかりである。コネがまかり通る貴族社会とはいえ、魔法技術省に入るのは十分な実力がないと無理とされていた。当然、ビクトールのような最下層の平民が入れた試しはない。
「馬鹿にしてんのか? スラム街で生まれ育った俺が入れるほど世の中甘くないんだよ! あんたみたいに王太子に振られても嫁ぎ先に不自由しないお嬢様とは住む世界が違う。分かったら出て行け!」
こんな相手に感情を揺さぶられることすら勿体ないと思っていたビクトールだったが、つい顔を真っ赤にして声を荒げてしまった。魔法技術省の名前を聞いて、痛いところを突かれた気持ちになったからだ。頭では無理と分かっているのに、根拠のない希望をぶら下げられることほど辛いものはない。
しかし、リリアーナはビクトールがどんな反応を見せようと、涼しい顔でソファに座ったままだった。組んでいた足をほどくことすらしない。
「ねえ、さっきから住む世界が違うって強調してるけど、あなたの住んでる場所ってそんなにひどいの?」
「まあな。実際行ったら余りのひどさに腰を抜かすだろうよ。人間よりネズミとゴキブリの数の方が多いくらいだ」
「それなら実際に見てみたいわ、本当にそこまでひどいのか。確か弟さんと妹さんがいたのよね、双子の」
リリアーナが自分の家に行くと言い出したのも驚きだが、家族のことまで調べ上げていたとは思わなかった。動揺の余り、持っていた薬さじを落としてしまったほどだ。
「何でそんなこと知ってるんだ? あんたには関係ないだろう!」
「標的の情報を把握するのが攻略の第一歩よ。別に驚くほどのことじゃないわ」
平然と言ってのけるリリアーナを見て、こいつは化け物だ、想像以上の難物だ、これなら婚約破棄されても仕方がないとビクトールは思い知らされた。
「俺たちは、お貴族様の見世物のために生きてるんじゃない、生憎だが」
「それほど危険な地域なら、日中子供たちだけで留守番するのは危なくないの? もう重要人物じゃなくなったし、身軽になったから色んな場所に行ってみたいのよ、ねえお願い」
「絶対駄目だ。勝手に来ても家の周りに防御魔法を張り巡らせているから無駄だぞ、諦めろ」
しかし、リリアーナのしつこさをビクトールはみくびっていた。そのことを痛感させられるのは、数日経ってからのことだった。
**********
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調べものがあって図書室にいる時もどこからかにゅっと現れる。目が合うと、友達のようににっこりと微笑みかけられた。ビクトールは真っ青になり、慌てて荷物をまとめて図書室を飛び出した。リリアーナは距離を保ったままその後をつけ、廃校舎の実験室まで一緒に向かって行く。
「何顧の礼だか知らないが、何度来られても俺はあんたの依頼を聞くつもりはない。まだ首が繋がっていたいんだ。頼むよ、出て行ってくれ」
ビクトールはほとほと困り果て、とうとう泣き落としにかかった。
「あなたの行動を逐一観察していたけど、本当に教室と図書室とこの部屋の往復しかしないのね。頭が魔法で一杯なのがよく分かるわ。ここまで極めないと天才にはなれないってことかしら」
リリアーナは、ビクトールが懇願しようがお構いなしに自分のペースで喋った。
「あと友達もいないわね。休み時間になったら真っ先に教室から出てくるもの。まあ周りは貴族ばかりだし、この学校で平民が浮くのは仕方ないわ。でも安心して。友人がいないのは私も同じだから」
「お前と同じなのがどうして安心できるんだ、この青の魔女め」
胸を張って言うリリアーナに、ビクトールは冷たい視線を投げかけた。
「なあに? 青の魔女って?」
「名前を呼びたくない相手には二つ名で呼ぶんだ。名前には言霊が含まれているから、相手を引き寄せてしまう効果があると言われている。本当はそんなの信じちゃいないけど、今は何でもすがらないとやっていられない。そういうわけで、お前を遠ざけたいから青の魔女と呼ばせてもらう」
しかし、それを聞いたリリアーナは、ショックを受けるどころか顔をぱっと輝かせた。
「やだあ! 青の魔女ってあなたが考えたの? 素敵な名前ね! 碌に魔力もないのに魔女だなんて光栄だわ。本名で呼ぶよりロマンチックだし。それにしても、名前には言霊があるのね。それなら私はあなたの名前を呼ぶわ。ビクトール、ビクトール、ビク——」
「やめろ! 気安く名前で呼ぶな! とにかくどれだけ頼まれてもあんたの願いは聞けない。どこか他を当たってくれ!」
ビクトールはたまらず叫んだが、何を言われてもリリアーナは自分のペースを崩すことはなかった。
「証拠の残らない毒薬なんてあなた以外に頼めるわけないじゃない。作れる人も他にいないし」
「とにかく、どうしていきなり殺すんだ? 別に殺さなくてもいいじゃないか。他にいくらでも嫌がらせする方法なんてあるのに!」
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「……つまり、まだ相手に未練があるということか」
すると、ぴたっとリリアーナの動きが止まった。
「執着してるから、自分を裏切った男と婚約者を奪った女が許せないんだろう? 雲上人の痴話げんかに俺のような卑しい平民を巻き込まないでくれ、頼むから」
まるで魂が抜けたかのようにリリアーナは動かなくなった。全く、ころころと反応が変わる奴だ。青い目から光も失われ、支えを失ったようにふらふらと後ずさる。
「未練……あるに決まってるじゃない。10年間も人生を無駄にしたのよ。同年代の子供が遊んだり青春を謳歌しているのを横目に、辛い王太子妃教育に明け暮れて——」
「そうじゃなくて、王太子のことまだ好きってことだよ。好きじゃなければ強い憎しみも生まれない。そんなもんじゃないのか? 知らんけど」
ビクトールはそっぽを向きながらぶっきらぼうに言ったが、リリアーナへの威力は十分すぎるほどだった。真っ白な顔でうわごとのように「好き……好きって何?」と呟いている。その様子が余りにも異様だったので、ビクトールは却って不安になった。
「おい、考えるならよそでやってくれ。とにかくここは仕事の邪魔になるから出て行って欲しい。あんたがいると迷惑なんだよ」
薄気味悪くなったビクトールは、リリアーナをさっさと追い払おうとした。しかし、彼女の方は熱に浮かされたように心ここにあらずと言った状態のままだ。
「何をもって好きと言うのか私には分からない。でも、ルークの言葉が私の支えだった。たった一回きり、たった一言でもたくさん頑張れた。それは好きとは言わないの?」
「そんなの知ったことか。俺はあんたのこと一切知らないんだから。初めて会ってから数日しか経ってないじゃないか」
それを聞いたリリアーナは、すっかりしょげ返った様子だった。今までビクトールに対して傲岸不遜な態度しか見せたことない彼女が、初めて殊勝な態度を露わにした。そしてその日は、そのままいなくなった。やった、勝った。ビクトールは密かに自分の勝利を確信して、ほっと胸をなでおろした。
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しかし、それは余りに甘い見込みだった。翌日になると何やら大きな紙袋を持ってひょっこり顔を出した彼女を見て、ビクトールは言葉を失った。
「こんにちは。また来ちゃった」
「また来ちゃった、じゃねーよ!」
「昨日は突然いなくなってごめんなさい。私もまだまだ修行が足りないわ。お詫びに差し入れを持って来たの。あなたいつも頑張っているから、ほら」
リリアーナはそう言うと、ビクトールの鼻先に大きな紙袋を突きつけた。中からむわっとした蒸気と共に、焼き立てのパンの匂いが鼻をつつく。
「お詫びの気持ちがあるならもうここに来ないでくれ。ほんっと実験の邪魔なんだよ! ……で、この紙袋は? 俺がこんなもので転ぶと思ったのか?」
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「……こっちは開き直ってもらうために言ったんじゃないんだけど」
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「ねえ、パン食べないの? 結構苦労して買ったんだけど」
「どうせ使用人に並ばせたんだろ、それか公爵家の名前をチラつかせて優先的に購入したとか。お前ら貴族はいつもそうだ」
「あら、よく知ってるじゃない。持っているものを最大限に利用することの何がいけないの? あなただって生まれや育ちは恵まれなかったかもしれないけど、魔法の才能があれば将来安泰でしょ?」
それを聞いたビクトールはハッと鼻で笑った。
「温室育ちのお嬢様には想像できないと思うが、俺みたいな平民は魔法が使えたところで、それ相応のところしか就職できないの。おまけに親は魔法を忌み嫌っている。馴染みがないからここに通うことすら反対している。だから、魔法を生業にすることもないかも」
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「だって、あなたの成績じゃ魔法技術省も余裕で入れるわよ。学年トップなんでしょ? しかもダントツって聞いたわよ」
魔法技術省とは、この国の魔法使いの中でも優秀な者だけが入れる魔法の研究機関だ。魔法を使えるのはほぼ貴族に限られているから、自然と構成員は貴族ばかりである。コネがまかり通る貴族社会とはいえ、魔法技術省に入るのは十分な実力がないと無理とされていた。当然、ビクトールのような最下層の平民が入れた試しはない。
「馬鹿にしてんのか? スラム街で生まれ育った俺が入れるほど世の中甘くないんだよ! あんたみたいに王太子に振られても嫁ぎ先に不自由しないお嬢様とは住む世界が違う。分かったら出て行け!」
こんな相手に感情を揺さぶられることすら勿体ないと思っていたビクトールだったが、つい顔を真っ赤にして声を荒げてしまった。魔法技術省の名前を聞いて、痛いところを突かれた気持ちになったからだ。頭では無理と分かっているのに、根拠のない希望をぶら下げられることほど辛いものはない。
しかし、リリアーナはビクトールがどんな反応を見せようと、涼しい顔でソファに座ったままだった。組んでいた足をほどくことすらしない。
「ねえ、さっきから住む世界が違うって強調してるけど、あなたの住んでる場所ってそんなにひどいの?」
「まあな。実際行ったら余りのひどさに腰を抜かすだろうよ。人間よりネズミとゴキブリの数の方が多いくらいだ」
「それなら実際に見てみたいわ、本当にそこまでひどいのか。確か弟さんと妹さんがいたのよね、双子の」
リリアーナが自分の家に行くと言い出したのも驚きだが、家族のことまで調べ上げていたとは思わなかった。動揺の余り、持っていた薬さじを落としてしまったほどだ。
「何でそんなこと知ってるんだ? あんたには関係ないだろう!」
「標的の情報を把握するのが攻略の第一歩よ。別に驚くほどのことじゃないわ」
平然と言ってのけるリリアーナを見て、こいつは化け物だ、想像以上の難物だ、これなら婚約破棄されても仕方がないとビクトールは思い知らされた。
「俺たちは、お貴族様の見世物のために生きてるんじゃない、生憎だが」
「それほど危険な地域なら、日中子供たちだけで留守番するのは危なくないの? もう重要人物じゃなくなったし、身軽になったから色んな場所に行ってみたいのよ、ねえお願い」
「絶対駄目だ。勝手に来ても家の周りに防御魔法を張り巡らせているから無駄だぞ、諦めろ」
しかし、リリアーナのしつこさをビクトールはみくびっていた。そのことを痛感させられるのは、数日経ってからのことだった。
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