青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は

雑食ハラミ

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9. 3人のたくらみ

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「へえ~術表しの薬って純度が高くなるとこんな色になるんだ。ここまで完成度が高いものは初めて見た。あんたは本当に天才だな」

実験室のテーブルに置かれた、琥珀色の液体が入っている小瓶をしげしげと眺めながら、カイルが混じりけのない称賛の声を上げた。3人の中で一番わくわくしているのが部外者のカイルで、当事者のリリアーナも、薬を作ったビクトールもどこか気まずそうな色を隠せない。

どうしてこんなことになったのだろう。元はと言えば、ビクトールが、カイルが来たことに気付かなかったのが事の発端だ。いつもなら廊下に設置した魔道具で訪問者は厳しくチェックしているはずなのに、リリアーナと一緒にいると、どうも気が逸れてミスをしやすくなる。

カイルが提案しただけなら断っていたが、当の彼女がゴーサインを出した以上作らないわけにはいかなかった。しかし、本当のところ、彼女はどう思っているのだろう? あれから改まって会話をする機会もなく、彼女の本心がどこにあるのか読めなかった。

(もしフローラがクロで、王太子がリリアーナを見直したら元の鞘に収まるのかな。本人もそれを望んでいるのだろうか?)

そうなったら自分と彼女の縁も切れる。本来なら喜んでいいはずだが、素直にそう思えないだろうということも、前の経験から分かっていた。ではどうすればいいのだろう? それも分からない。魔法薬の調合をする時は、こんな問題にぶち当たることなんてなかったのに、答えの出ない問題に直面した時のモヤモヤ感が彼を苦しめた。

「じゃあ、これを1滴垂らせばいいんだな? どういう反応が起こるんだっけ?」

カイルは、ビクトールの葛藤など一切知らず、腰を曲げて目の高さを小瓶に合わせた姿勢で尋ねた。

「まず薬を飲むと、わずかだが体が暑く感じるはずだ。何もなければ、魔法薬が失敗したということになる。次に、クロなら数分経ってから体がかゆくなってくる。暑くなるだけならシロということだ。分かりやすい変化だと薬を盛られたのがバレるから、主観的な体調の変化に留めたが……」

「なんで二段階の判定にしたの? バレやすくなるじゃん」

「魔法薬がちゃんと成功しているか判定する必要があるんだ。効果判定のためには必要なことだ」

「で、どちらに盛ればいいの? ルーク? フローラ?」

「術がかけられているかを確かめるんだから王太子の方だろう。もっとも、この薬では、誰に何の術がかけられたかまでは特定できない。直接杖で魔法をかけた方が多くの情報が得られるが、王族相手にそんなこともできないし。薬を盛るのだって本来許されないけどな」

「俺、王太子に薬盛るなんてやっちゃっていいのかな。緊張しちゃうな」

言葉とは裏腹に、カイルはうきうきした様子を隠そうとしなかった。

「大丈夫、俺こういうの得意だから。ヘマはしないよ。案外あの王子抜けたところあるんだ」

薬は昼食の時間に混ぜることにした。それ以外にルークに薬を盛る機会はない。

「リリアーナだけならともかく、ビクトールと一緒にいるところ見られるとまずいんじゃない?」

「薬を作った責任があるから結果を見届けないと。彼女とは離れた場所で見ているから大丈夫だ」

「そっか。それならいいか」

そして、カイルを先頭にして部屋を出ようとした時、ビクトールがカイルに声をかけた。

「すまないが先行っててくれないか? リリアーナにちょっと話があるから」

カイルはにやっと笑ってから「先に行ってるよ。待たせるなよ」と言って部屋を出て行った。

「どうしたの? 私に話って?」

リリアーナは驚いた表情でビクトールを見つめた。

「本当に実行していいんだな? 後悔はしないな? その……カイルの口車に乗せられたような格好だから」

それを聞いたリリアーナは少しほっとした顔になった。

「どうであれ、最終的に決断したのは私よ。何があってもきちんと結果を受け止めるから大丈夫」

「もし、王太子に異変があって、何らかの術がかけられていると分かったらどうするつもりだ?」

「それだけでは、フローラがやったかどうかまでは分からないんでしょ? カイルに協力してもらって更に調査を進めることにはなると思うけどそれだけよ」

なんでだろう? どこまで質問を重ねても、自分がどうしたいかが分からない以上、胸のモヤモヤは取れないままだった。

「……分かった。カイルが待っているから食堂へ急ごう」

食堂は昼食の時間になり、多くの生徒で混んでいた。ルークたちはその中でも、日当たりがよく見晴らしがいい窓際の席を選んで座ることが多い。建前上、学校の中では身分の上下は関係ない決まりだったが、誰もが遠慮してその場所は空けておくのが不文律となっていた。リリアーナは、上に立つ者こそ席を譲るべきですとルークに進言してうっとおしがられたことを、ふと思い出した。

薬は琥珀色のため、色が似ている食後の紅茶に混ぜるのがいいだろうということになった。紅茶をサーブする役は特に決まっていないが、いつもはフローラが務めることが多いという。

「あの女あざといよな。甲斐甲斐しく世話をする姿が男受けすると分かっている。普通の女は、メイドの仕事だと言ってそんなことしないから」

実験室を出る前にカイルがそう言っていた。リリアーナもメイドがやる仕事はわざわざしない主義だ。真っ当な教育を受けた貴族なら皆そうしている。しかし、最近は「庶民らしさ」が女子の売りになっているらしい。男爵家の養女になったはいいものの、淑女教育が追い付かないフローラにとっては、怪我の功名というわけだ。

リリアーナとビクトールは、それぞれ別の角度から彼らを見ていた。つい先ほどまでリリアーナたちに見せていた態度は何だったんだろうと思えるほどに、カイルはルークやフローラたちと気さくに話をしている。どちらが彼の本心か分からないくらいだ。食事がひと段落した時に、カイルが「いつもフローラに頼むのは悪いから今日は俺が紅茶を持って来るよ」と言って席を立つのが見えた。いよいよだ。

しばらくして人数分の紅茶を入れたカイルが戻って来た。この間にこっそり薬を混ぜたのだろう。本人はそんなことなどおくびにも出さず、いつものにこやかな笑みを浮かべていた。

彼らは談笑しながら、それぞれ紅茶に口を付けた。やがてそのうちの一人が「何だか体が温かくなってきた」と言い出した。そして次々に少し暑くなってきたと言うようになった。

「今日の紅茶は熱かったかな。ルークはどう?」

「確かに……上着を脱ごうかな」

カイルの問いかけに対し、ルークがそう答えるのが聞こえた。結局紅茶を飲んだ全員が暑く感じられるようになったと言っていた。それを確認したカイルは、リリアーナとビクトールにそっと目配せした。

(これで第一段階はクリアした。問題はこの後だ)

リリアーナは、緊張で身をこわばらせながらずっと待っていたが、それ以上の変化は彼らに起きなかった。体がかゆいと言い出す者は誰もいない。ルークも平常通りだった。一体どれだけ待てばいいのだろうと思っていると、ビクトールの姿がなくなっていることに気付いた。彼としては実験終了ということなのだろう。これで全てを悟った。

リリアーナは静かに席を立って食堂を出た。結局彼女の予想通り、ルークは何の術にもかかっていないことが判明した。フローラへの思いは本物ということだ。もっとショックを受けるかと思いきや、自分でも意外なほど平静な気持ちだった。これからどこに行こう? 休み時間は残り少ないが、次の授業が始まる前にビクトールの顔を見ておきたいと思い、廃校舎へと足を運んだ。

予想通り、ビクトールは研究室に戻って来ており、いつもの椅子に座っていた。

「今日はありがとう。有意義な実験だったわ。明日すぐに報酬を持って来るわね」

「それはどうでもいい。あんたも本当はやりたくなかったんじゃないか?」

「どうしてそう思うの? この結果は予想通りだったから別に何とも思ってないわよ。あなた私に気を使うようになったのかしら? 随分優しくなったわね」

リリアーナはニコッと笑って見せたが、ビクトールはむっとした表情でそっぽを向いた。

「別にそんなんじゃないよ。ただちょっとだけ後悔している。カイル・ギャレットは、あそこにいた全員に薬を入れた。おそらく、彼の本当の目的は王太子じゃない」

リリアーナは小さくえっと呟いて、驚いた表情を浮かべた。

「紅茶の入ったコップを配ったのもカイルだ。王太子を狙い撃ちするつもりなら簡単にできたはず。それなのに全員に試したということは、他に確かめたかった人間がいたからだ。それが本当の目的だ。全く大した奴だよ。まあ俺たちには関係ないことだが」

ビクトールはそう言うと、ふーっと大きなため息をついた。

「それより、これで王太子に薬を盛る夢は諦めてくれた? 毒薬じゃないけどまあ似たようなもんだろ。口で言う程簡単じゃないと分かっただけでも——」

「あら、誰が諦めるって言った? それとこれとは別って言ったじゃない。明日からもあなたへの三顧の礼は続けますからね。覚悟しといて」

ビクトールはげっそりした気持ちになったが、不思議と心の片隅では安堵もしていた。この安堵感がどこから来るのか分からないままだったが。





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