青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は

雑食ハラミ

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24.魔法使いの弟子

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ビクトールはあれから毎日魔法技術省に足を運んだ。見るもの聞くもの全てがハイレベルで、高い技術力と最先端の研究に圧倒され放しだった。雑用一つとっても勉強になる。魔法学校での学習内容は彼にとって簡単すぎたので、やっと自分の知的好奇心を満たせる場所に巡り会えたことが幸せだった。ギャレット家の別荘に移転した実験室には行けない日々が続いたが、そんなことも気にならなくなっていた。

上司のダスティンは、相変わらず嫌味で無礼な態度で接してきたが、それにも関わらず今まで会った貴族の中で一番付き合いやすい人物だった。貴族にありがちな外面だけきれいに取り繕って、実際は汚いことを平気でやってのける姑息さやいじましさは、少なくともダスティンにはなかった。ミジンコだのオケラだの言う程度なら平気で受け流せる。

また、魔法使いとして優秀なところも、ビクトールがダスティンを信用する根拠だった。魔法薬に関する知識や調合の技術は、もしかしたら若手の中では一番かもしれない。ビクトールへの当たりはきついが、仕事に関することは逐一正確で、彼から得るものは大きかった。そんな訳で、相手からは嫌われつつも、ビクトールは勝手にダスティンに対して密かに信頼を深めていった。

「おい、コバエ。洗浄した瓶をこっちに持って来てくれ」

「分かりました」

今日もダスティンの指示に従ってビクトールは忙しく働いていた。ここに来て既に2週間が経過している。研究生としていられる期間は3週間が限度だ。この間に禁書を閲覧しなければならないのだが、ビクトール自身毎日が楽しすぎて本来の目的を忘れそうになっていた。

「ダスティンのところにいる新しい研究生、毎日クズだのゴミだの言われてよく持つよな。むしろ目を輝かせて従っているし、マゾなのか?」

「よりによってあのダスティンの下で働くなんて罰ゲームにしか思えないんだけど。よほどの物好きだよな」

周りの者たちがひそひそ囁いていることにも気づかず、ビクトールはこまめに働いていた。彼自身信じられなかったが、ここに来て自分の性格がまるっきり変わってしまったような気がする。世の中を斜めに見て、見るもの触れるものまずは疑ってかかる、そんなひねくれた性格が、今ではまっすぐになってしまった。素直に喜んだり感動したりできることがこんなに嬉しいものであることを、彼は初めて知った。だから、3週間という期間しかいられないことが惜しく思えたのも無理はない。

しかし、リリアーナのことを思うと罪悪感で胸が痛んだ。ビクトールが実験三昧で楽しんでいる間にも、彼女は家で監禁状態で不自由を強いられているのだから。元々は彼女のためにしたことだ。本来の目的を忘れてはいけないと自分を戒める。

「おい、ベンジョコオロギ、何をボーっとしている?」

「はい、すいません」

物思いにふけっていたビクトールは、つい手元がおろそかになっていたことに気付いた。

「火をかけている間は常にかき混ぜなきゃいけないと言っただろう。しかも一定のリズムでだ。気を抜くな、ビンボウグサ」

よくもまあ、こんなに豊富な罵倒語を思いつくものだ。ビクトールは怒る気力も失せて感心すらしていた。一方のダスティンは、これだけ侮蔑的に接すれば、すぐに根を上げるだろうと思っていたのに、しぶとく食らいついてくるビクトールに畏怖めいたものを感じていた。

彼の実力が本物であることは、初日に経験済みである。一回で分かるものではないから評価は保留しておこうと思ったが、ビクトールの優秀さは日を追うごとに明らかになった。将来が末恐ろしいとはこのことだ、学校を卒業したらまっすぐ魔法技術省に入って来るに違いない。下手したらスピード出世して自分の上司になってしまうかもしれない。そんなことを考えて、ダスティンは一人ぶるっと震えた。

「どうしました? ダスティン先輩?」

「いや別に……」

ダスティンは口ごもったが、ずっと調合窯をかき混ぜ続けているビクトールを観察するうちに、ずっと頭に会った疑問が自然と口をついて出た。

「お前、卒業後の進路はもう決まっているのか? そろそろ決めないとまずいだろ?」

「ああ……ええ、そのことなんですが、もうお話をいただいていて……」

ビクトールは言いにくそうに答えた。ギャレット家に召し抱えられることになったのは、秘密にしなければならない。

「なんだ、もうここに就職が決まっているのか!」

ダスティンは目を丸くして驚いた。そんな青田買いは前代未聞だが、ビクトールに限って言えばありうるかもしれない。

「まさか、ここに来ることはもうないですよ。だから今のうちに吸収しておこうと思って」

苦笑しながら答えるビクトールを、ダスティンは、今度は別の驚きを持って眺めた。まさか、こんな優秀な奴が魔法技術省に入らないなんてそんなことがあるのか?

「どうして! お前がここに入らなきゃ一体誰が入るんだよ! 魔法薬を究めたければここ以上に最適な場所はないだろう!」

ビクトールは何と答えてよいのやら迷った。リリアーナを救うために自分の未来を売ったなんてとても言えない。元々は、魔法と関係ない父親の仕事を継ぐ気でいたのだから、ギャレット家に抱えられるだけでも破格の待遇と喜ばなければならないのは分かっていた。

しかし、ずっと一人でやっていたらどこかで天井にぶつかってしまう。魔法技術省で研鑽を積んだ者に追い越されるのは必至だろう。魔法薬を究めて研究者として前人未到の境地に達するという究極の夢は叶えられるはずもなかった。

「お言葉だけでもありがたいです。でも、最初から自分みたいな人間がここに入れる見込みはないですから、研修生として最先端の現場を垣間見ただけでも運がいいと思います」

ビクトールは正直な気持ちを言ったつもりだったが、ダスティンは全く納得しなかった。

「貴族だからここに入れるんじゃないよ。たまたま、魔法を持っているのが貴族に多いからそうなるだけだろう。魔法使いとして優秀なら貴族だろうが平民だろうがそんなの関係ないじゃないか、このゾウリムシめ」

言ってる内容と言葉が矛盾している気もなくはないが、ビクトールは素直に受け取っておいた。

「よし、お前がここにいられるのも残りわずかなら、今のうちにできる限りのことを徹底的に叩き込もう。今日からここに寝泊まりできるか?」

ビクトールは一瞬目を輝かせたが、すぐに我に返った。

「それはすごく嬉しいんですが、毎日家に帰らなきゃならない事情があって……まだ弟と妹が小さいんです」

「それが何か? 親はいるんだろう?」

「父親が一人います。でも仕事もせずずっと飲んだくれて子供の世話なんか見ないので、俺が親代わりをやってるんです。夜俺がいないと、弟たちが暴力を振るわれるかもしれないので」

ダスティンの申し出は願ってもないことだった。本音を言えば、寝る時間も惜しんで魔法薬の研究に没頭したい。しかしそうはできない現実があった。弟たちと父親の3人きりにさせたら何が起きるか分からない。自分のような恐ろしい経験は彼らにはさせたくなかった。

(あれ? ちょっと待てよ? なんで俺家庭の事情を赤の他人にベラベラと喋ってるんだ?)

リリアーナにすら詳しく話したことがないのに、会ってそう日も浅くないダスティンには簡単に自分のプライベートを教えてしまったことにビクトールは気付いた。

(ああそうか。誰かに甘えたかったんだ)

ビクトールは、その理由が分かって一人おかしくなった。今まで自分がしっかりしなければいけない場面ばかりで、頼れる年長者に気を許した経験が殆どなかったからだ。ダスティンはかなり癖の強い人物だが、ビクトールの実力を素直に評価してくれ、同じ研究者として力になってくれようとしている。その優しさが嬉しかった。

(他人に対してこんな気持ちになったのは、あの人以来だ。今どうしているんだろう……)

ビクトールは昔の思い出に浸っていたが、危うく調合薬をかきまぜる手が止まりそうになったところで慌てて現実に引き戻された。




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