青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は

雑食ハラミ

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23.憧れの聖地

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「いいか、俺はギャレット家から金を積まれてお前の面倒を見ろとは言われたが、丁重に扱えと言われた覚えはない。だからお前をゴミムシと呼ばせてもらう。いいな、ゴミムシ」

この国の叡智を集めた王立魔法技術省。ここでは古の魔法の研究や新しい魔術の開発が行われる。魔法使いの中でも特に優秀な者が選ばれ、ここで働けるのはこの上ない名誉と言われていた。コネがまかり通る貴族の世界でも、それだけでは通用しないという話だ。かと言って、いくら優秀でもコネが全くないビクトールのような人間にとっても無縁の場所だった。

(もう二度とここに来ることはないだろうからしっかりと目に焼き付けておこう)

ビクトールにとっても憧れの場所であることは変わりなかった。その場所に自分がいると言うだけで心が浮き立つ。かつてリリアーナに「あなたなら魔法技術省に行けるわよ」と言われた時声を荒げてしまったが、あれはどれだけ望んでも不可能だということを知っていたからだ。

しかし、ここでゆっくりしている暇はない。こうしている今もリリアーナは不自由な思いをしている。このまま時間が過ぎ去るのを待っていたら事態はもっと深刻になるばかりだ。目的を果たしたらすぐに次の準備に取り掛からなくてはならなかった。

「スラム街の貧民になぜ神が魔力を与えたかさっぱり分からん。悪戯とはいえ度が過ぎる。俺は絶対に認めないからな、ドブネズミ」

問題があると言えば、ギャレット侯爵が仲介を頼んだこの男だった。彼は、ギャレット家の遠縁にあたるダスティンという30前後の研究員だ。魔法薬部門の若手のホープとして期待され能力はあるが、とにかく癖の強い人物として知られていた。ビクトールはダスティンの元で研修することになった。

「まあ、ちょっと変わり者なんだが、変なところでフェアだからきっと悪いようにはならないよ」

ギャレット侯爵が苦笑しながら言い訳めいて言った言葉の意味が今なら分かる。ダスティンは、貴族の身分ながら見てくれなど一切気にせず、薬品がしみ込んで訳の分からない色になった白衣をずっと着込み、髪の毛もぼさぼさのまま職場に寝泊まりするような人物だった。おまけに極端に偏屈と来ている。ビクトールという規格外の魔法使いの存在が彼には許せなかったらしい。

「入った初日で書庫に入るなんてことは流石に無理だから、しばらく俺の下で働いてもらうぞ。いいな。学生だからって甘やかすつもりは一切ない」

むしろビクトールにとって望むところだ。ここにいられるわずかな期間で、盗める技術は全て盗むつもりだ。今後の魔法薬作りに役立つに違いない。

「まず、センダラアカギゴマソウの根を切って欲しい。きっちり等間隔にしないと駄目なのは知っているな。太さが違うところがあるから、それも考慮するように」

そんなのお安い御用だ。ビクトールは意気揚々とナイフを持ったが、ふと手を止めダスティンに尋ねた。

「レシピ通りに切った方がいいですか? それとももっと効果が出る切り方をすればいいですか?」

「何を言ってるんだ? 効果的な切り方って?」

ダスティンは眉間にしわを寄せてビクトールを睨んだ。

「切り口をV字にした方が調合した時に効果が出るんです。これはヤマゴボウを切るやり方を応用したんですけど——」

ダスティンはふざけるな! と一喝しそうになったが、生意気な若造の提案に乗ってみようと悪戯心を出した。どうせフカシだろうが、失敗したら倍返しして二度と生意気な口を聞けなくしてやる。

「よし、いいだろう。そのV字というのをやってみろ」

「普通にやるより時間はかかりますから、その点はご了承ください」

しかし、ビクトールが材料をカットする手つきは鮮やかで、まるで工芸品を作るような細やかさと迅速さを兼ね備えていた。ダスティンは自分の仕事に集中せねばと思いつつ、思わず彼の手つきに見とれてしまった。

「遅くなってすいません。準備ができました」

ビクトールが差しだしたものはどれも均等にカットされ、切り口もきれいなV字になっていた。ダスティンは内心驚きつつも、不愛想な表情のままそれを受け取り、調合窯の中に入れた。

「これでお前の言う通りにならなかったら二度と俺に指図するなよ。このゴキブリが」

「分かりました。空いた時間で汚れた試験管や調合窯を洗ってきます」

ビクトールはゴミムシだのゴキブリだの言われてもどうでもいいらしく、何事もなかったかのように洗い場に行って汚れた実験器具の洗浄に取り掛かった。ここでは自由に魔法を使えるが、手を使って予洗いしたほうが魔力の消費量が少なくて済む。普段は一から十まで自分でやっているので、この手の雑用はお手の物だった。

(そういやリリアーナが自分も手伝うとか言ってたっけな……)

皿洗いもろくにしたことがないリリアーナの手つきは不器用でとても任せておけるものではなかった。それでも彼女は自分がやると言って聞かず、却ってビクトールを手こずらせた。そのことを思い出し、一人クスクス笑いながら作業をしていた。

(今頃どうしているんだろう。ひどい目にあっていなければいいが)

彼女のことを思い出すと楽しい思い出が蘇ると同時に胸が痛んだ。ここで洗い物なんかしている場合じゃないと思いつつも、今を乗り越えなければ次の段階に進めない。どうか無事でいてくれと祈ることしかできなかった。

ちょうどその頃、ダスティンはビクトールの切った材料をもとに魔法薬の調合に取り掛かっていた。複数の材料を調合窯に入れて火加減に気を付けて煮出したものを精製する。精製されたしずくが1滴ずつたまるのを観察していたが——。

(いつもと様子が違うぞ?)

できあがった薬はいつもより色が濃い。いや、色が濃いからって効能が優れているとは限らない。もしかしたらとんでもない失敗作の可能性だってありうる。今作っているのは握力が強くなる薬だが、それなら自分で試してみようとダスティンは思い立った。

まだ数滴しかたまってなかったので、十分な量になるまでしばらく待つ。その時間がもどかしかった。もしあいつの言う通りだったらどうしよう。ダスティンはにわかに焦って来た。まだ学生の身分の青二才がプロの研究員より優れているなんてことあってはいけない。しかも卑しい平民の分際で。

(いや、まさかな……)

ある程度の量になったその薬をダスティンは一気飲みした。少し時間を置いてから他の研究員の机にあったリンゴを勝手に拝借する。そして片手で握ると、たいして力を入れてないのにぐしゃっという鈍い音を立ててリンゴが潰れた。

「な、なんだ? これは!?」

ダスティンは思わず上ずった声を上げ、手の中で砕け散ったリンゴを呆然と見ていた。そこへ洗い仕事を終えたビクトールが戻って来た。

「どうしたんですか? 手がリンゴまみれじゃないですか!」

ビクトールは慌てて床に飛び散ったリンゴの破片や果汁を拭きとった。その間もダスティンはそのままの姿勢で立ち尽くしているだけだった。

「手、大丈夫ですか? これどうぞ」

ビクトールに白い布を渡され、ダスティンはやっと我に返った。

「どうしてV字に切ると効果が上がることを知っていたんだ?」

「目くらましの薬でヤマゴボウを切る時のやり方を他に応用できないかと試してみたんです。全部が全部当てはまるわけじゃなかったけど、センダラアカギゴマソウの場合はうまくいきました。種類が似通っていても同じ性質があるとは限らず、どういう法則性があるのかまだ分からないのですが」

学生ならばレシピ通りにできれば上々なのに、このゾウリムシは、長らく受け継がれてきたレシピに手を入れて更にいいものに改良できる能力を持っている。確かに魔法学校で主席というだけある。下手すると不世出レベルの天才なのではないか。

ダスティンは目の前にいるこの研修生が恐ろしく思えた。もしかしたら現時点で既に自分より優秀かもしれない。しかし、それを認めるには時期尚早だ。ダスティンは、わざとらしく咳をして気持ちを切り替えると、先ほどと同じ口調で冷たくビクトールに言い放った。

「じゃあ、次はニエクモヤモリの加工をしてもらう。腹を裂いて内臓を取り、洗浄して乾燥させるんだ。鮮度が重要な材料は加工も薬師がしなければならない。これができないうちはまだヒヨッコだ。いいな」

「分かりました」

ダスティンの心中を知らないビクトールは、すぐに返事して作業にとりかったのであった。





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