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28.雨雲から差す光

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今までの心労が祟ったのと、急激な環境の変化が一気に来て、それから数日、リリアーナは高熱を出して床に臥せっていた。熱にうなされている間色んな夢を見た。中でも強く覚えているのは、母がまだ生きていた頃の夢だった。母が自分に何やら真剣に言い含めている。自分はそれを忠実に守らなければと思うが、何を言っているのかよく分からない。ただ覚えているのは自分と同じ艶やかで流れるような金髪と、宝石のような青い目だった。

母は、ただ美しいだけでなく優秀な魔法使いだった。父は、母の才能を高く買って結婚相手に選んだと聞いたことがある。当然その子供も母の能力を引き継ぐと信じられていた。しかし、末の子のリリアーナだけは例外だった。

母譲りの美貌と頭脳明晰なところはよかったが、肝心の魔力が少ない。この事実はどれだけ両親を落胆させたことだろう。しかし、父はともかく、母はそんな彼女にも平等に愛情を注いでくれた。魔力が少ないせいでこの先苦労するであろう彼女を色々励ましてくれた。

(久しぶりにお母様の夢を見た……しばらく忘れていたのに)

いや、忘れていたのではない。思い出そうとするともやがかかったように遮られる感じがするのだ。母がいなくなってからリリアーナは文字通り孤立した。幼い頃にルークにかけられた「魔力が少なくても他のことで頑張ればいい」という言葉に、より深く依存するようになって、いつのまにかそれは救いではなく、彼女を縛る呪いになっていた。もし、母が生きていればここまで追いつめられることはなかったのだろうか。

改めて考えると、自分を可愛がってくれた母をなぜそんなに残酷に忘れられたのか不思議だ。惜しみなく愛情を注いでくれた唯一の肉親なのに。リリアーナは、そのことに思い当たると、ざらっとしたものに触れたような、心がざわめく感覚を覚えた。

(よく分からないけど、忘れろと言われたような……?)

そこまで考えたところで、リリアーナは、ぶるっと震えて布団を頭からすっぽり被った。何を考えてるのだろう? 熱にやられて頭がおかしくなってしまったのだろうか。とりあえず母のことは、今は脇へ置いておくことにした。

「やっと目が覚めたね。うん、熱もないみたい」

レディ・ナタリーが様子を見に来てくれた。レディ・ナタリーには迷惑をかけ通しだ。自分のような、王室からも実家からも目を付けられている人間を匿ってくれるだけでなく、病気の看病までしてくれるなんて。リリアーナはありがたさと申し訳なさで恐縮しきりだった。

「迷惑かけて本当にごめんなさい。本来ならお手伝いをしなければならないのに……」

「大変な思いをしたんだから調子を崩すのも仕方ないよ。まだ全快には遠いから食事を摂って栄養付けて」

レディ・ナタリーは笑いながらそう言うと、リリアーナにオートミールのお粥を出した。中には卵が落としてある。自宅と比べると簡素な食事だったが、身に染みるほどおいしく感じられた。

「あれからビクトールに会ってないけど、元気でやってるかしら? 危険な目に遭ってないといいのだけど」

リリアーナは、ビクトールのことを思い出してぼそっと呟いた。本当は、リリアーナが熱にうなされている最中に1回顔を見に来たことがある。その時彼女のベッドのそばにいて汗を拭ってやっていたのだが、彼女の方は覚えてないようだ。

(全く、ビクトールも報われないわね。甲斐甲斐しく看病してたって言うのに)

レディ・ナタリーは内心苦笑したが敢えて何も言わなかった。ビクトールが顔を真っ赤にして絶対に教えるなと主張するのが、余りにも容易に想像できたからだ。

熱が下がって数日、徐々に動けるようになったリリアーナは、少しずつ孤児院の仕事を手伝うようになった。いつまでもお客さんではいられない。自分が役に立つ人間であるということを示したかった。

とは言え、それまで使用人にかしずかれる立場だった彼女が突然気の利いた仕事をできるわけがない。何をすればいいのか分からず、ぼーっと突っ立っているだけで途方に暮れてしまった。見かねた職員が簡単な手伝いを依頼するが、どれもこれもうまくできない。慣れないだけでなく元が不器用すぎるのかもしれない。彼女は、不得意なのは魔法だけではないことを思い知らされ、情けないやら恥ずかしいやらだった。

そんな彼女でもできることがあった。それは簡単な魔法で子供たちを喜ばせることだ。最初は怖そうなお姉さんと遠巻きに見ていた彼らも、リリアーナが魔法の花や蝶などを出すのを見ると一気に警戒心を解いた。トトとジュジュに見せた魔法はここでも効果てきめんだった。

子供とどう接したらいいか分からなかったリリアーナも、だんだんコツを覚えていった。仕事ができないことがコンプレックスだったが、職員たちは、リリアーナが子供の相手をしてくれるだけでも助かると喜んでくれた。レディ・ナタリーだけでなく、他の者たちも友好的で、彼女は救われた思いがした。

自宅に監禁されていた時と比べたら雲泥の差だ。ビクトールには感謝してもしきれない。ともすれば、自分がお尋ね者の身であることを忘れてしまいそうになる。

(ビクトールは今どうしているのだろう? 学校には行けているのかしら? カイルはこないだ会いに来てくれたけど、ビクトールのことは何も教えてくれなかった。元気でやってるといいんだけど)

今は小康状態に過ぎないとは知りつつも、安心に身をゆだねてしまいそうな生活の中で、唯一気がかりなのが彼のことだった。自分のせいで危険な目に遭ってないといいのだが。何度も彼のことを思い出しては、仕事の手を止め無事を祈ることしかできなかった。

**********

「何で1ヶ月以上も経つのに目覚めないのよ! この無能! あんたたち一流の魔法使いじゃなかったの! 数はいてもボンクラばかりじゃ意味がないんだけどぉ!」

昏々と眠り続けるルークの枕元でキンキン声で怒鳴るのはフローラだった。まだ10代の少女を前にして、いい大人たちが揃いも揃ってうなだれたように首を垂れている光景は随分奇妙なものだ。フローラはただの小娘ではない、何しろ聖女候補なのだ。王太子の婚約者だけでなく、国を背負って立つ聖女として既に力をつけつつあった。

(これならまだ前の婚約者の方がマシだったよ。おとなしいのは顔だけなんて……今まで猫を被っていたということか)

(聖女なら自分が治せばいいじゃないか。自分でもできないことを要求するなよ)

魔法使いたちは、それぞれの頭の中で色々な思いを抱えていたが、誰一人本人にぶつけることができる者はいなかった。

「あの……フローラ様……上に立つ者は『ボンクラ』などという言葉は使わない方が……」

フローラの教育係兼付き添いの女性が言いにくそうにおずおずと進言したが、フローラはその女性をキッと睨みつけて怒鳴った。

「あんた私に指図する気!? ルークが目覚めたらあんたたちみんなクビにしてもらうからね! 給料泥棒はここにおいておけないわ!」

「あの、フローラ様……ルーク殿下にかけられた術は、かけた本人しか解けない類のものと思われます。誰が術をかけたか今必死で捜索しているところなので、今しばらくお待ちを……」

「そう言われてからどれだけ時間が経ったと思ってるの!? もう言い訳はたくさん! 私が直接動くわ!」

フローラは、憤怒の形相で怒鳴ると、ドアをバン! と勢いよく閉めて部屋を出て行った。

(見当はついている……どうせまたあの女だわ。魔力が少ないからどうせ何もできないと思って泳がせていたのが甘かった。あの貧民を使って何か企んだに違いない。実家が匿っていたと思ったら、どこかにいなくなったって言うし。全くどいつもこいつも!)

フローラは、誰にも見せたことのない形相をしながら爪を噛んだ。あの性悪女は一体どこまで邪魔をすれば気が済むのか? 王太子に危害を与えるなんて重罪を犯したのになぜまだ捕まらないのか? 公爵家の娘というだけでそんなに守られるものだろうか? 誰もやらないのなら自ら動くまでだ。自分の持てる魔力を駆使してリリアーナの居所を絶対に見つけてやろうと心に決めた。






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