青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は

雑食ハラミ

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31.クソビッチな公爵令嬢

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果樹園を散歩していたリリアーナとビクトールは、誰が言うともなく小さな池のほとりに近づくと腰を下ろした。何もない寂しそうな池だ。鳥が水飲みに来る様子もない。そこでリリアーナは、先ほど聞かれたことについてぽつぽつと喋り出した。

「私がお母様似だったのは知ってる? この髪と目の色を受け継いだのは私だけなの。それなのに、中身は全く受け継いでなくて。お母様は優秀な魔法使いだった。王太子が生まれた時にも加護を与える九聖人の一人に選ばれたのよ?」

「九聖人?」

ビクトールはリリアーナが作ってくれたサンドイッチをかじりながら、聞きなれない言葉に顔をしかめた。

「王家の要人が生まれた時に、国を代表する優秀な魔法使いたちが加護の魔法を与えるの。長生きしますようにとか幸せになれますようにとか。今では殆ど形骸化しているらしいけど、それに選ばれるのは名誉なこととされていて——」

「その時お母さんは何を祈った?」

「さあ? 詳しいことは何も聞いてないわ。儀式的なものだから中身はそんなに重要じゃないみたい」

昔を思い出して微かに微笑みを浮かべるリリアーナの横で、ビクトールは何やら考え込んでいた。

「王太子の誕生から間もなくして私が生まれたわけだけど、私の魔力が少ないと知った時、両親は失望したでしょうね。普通公爵家に生まれて魔力が少ないなんてありえないから。私は早くから王太子の婚約者候補になっていたようだけど、そのために疑問視する声もあったみたい。ただ、そこは力で黙らせたというか……後になって分かったことだけど」

リリアーナの声がだんだん弱くなってきた。彼女に語らせるのは酷な内容であることは重々承知していたが、どうしても聞きたいことがあったので、今は何も言えなかった。

「お父様は、期待外れの私に明らかに失望していたわ。表立って態度には表さないようにしてたけど、いくら魔法以外のことで頑張ってもそれは評価されなかった。その分を埋め合わせしてくれたのはお母様だった。お母様は、少ない魔力をやりくりする知恵を授けてくれたり、自信を失っている私を励ましたり、だからお母様が亡くなった時はとても悲しかった」

「お母さんの死因は?」

「研究していた魔法が暴発したかとか何とかと言われているけど、正直よく覚えてないの。そこだけ霧がかかったように記憶があいまいで。それだけショックだったんだと思う。ただちょっと気になる事があって——」

リリアーナはここで一旦言葉を切って、少しの間池の水面をぼんやりと眺めていた。そのまま何やら考え込む様子だったが、意を決したように再び口を開いた。

「ここに来たばかりの時高熱が出てお母様の夢をよく見たの、あなたもさっき言ってた通り。きっとうなされていたんでしょうね。お母様と何か真剣に話をしていたんだけど全く思い出せない。それが気持ち悪くて仕方ないのよ」

「確かにあの時様子を見に行ったけど、大分うなされていて俺のことも気づかない様子だった」

リリアーナは微かに頬を染めた。そんな無防備なところを彼に見られていたのか。

「それだけならまだいいんだけど、なぜかお母様のことを思い出そうとすると気持ちがざわつくの」

「ざわつく?」

「ええ。思い出しちゃいけない感じ。単に思い出せないだけじゃなくて、誰かに思い出すなと言われてる感じなの。なんだか気味が悪くて」

ビクトールは驚いた表情でそれを聞いていたが、何も言うことはなかった。ただ、頭の中では目まぐるしく思考しているらしく、一点を凝視したまま動かなかった。

「お母様を喪ってお父様はひどく落胆した。元々愛情表現がうまくない人だけど、深く愛していたのは本当みたい。貴族じゃ珍しいケースよ。真実の愛は愛人で満たす人も少なくないから。それから私に対する態度は更に冷淡になった。まるで私がお母様の死に責任があるかのように。私と向き合っている時も、私を通してお母様の幻影を追っているような、そう思う瞬間があるの。根拠はないけど」

リリアーナは弱々しく笑い、そして大きなため息をついた。自分のことを話すのはかなり労力が要る作業のようだ。

「すまない、話したくないのに無理に聞いてしまって。疲れただろう? そろそろ建物に戻ろう」

「いいのよ。確かにあなたの過去は聞いたのに、自分の話はしてこなかったわ。これじゃ不公平よね」

「そういうわけじゃないんだ。でももういい。ごめん」

ビクトールはいたたまれない気持ちになった。自分のように人の目を気にする必要がなかった人間と違い、リリアーナは周囲の評価にずっと晒されてきたのだ。彼女にとって不幸な過去は恥ずべきものとして記憶された。過去に向き合う労力は彼より大きくなるのは必然だった。

「家族の話をするのはあなたが初めて。こんなに素直に言葉が出てくるなんて自分でも思わなかった」

そう言ってリリアーナはビクトールに微笑みかけた。少し疲れた様子だが屈託のない微笑みだ。ビクトールもその頃ちょうどサンドイッチを食べ終わった。見た目は悪いが具沢山でとてもおいしかった。やつれている自分を見てありったけのものを詰め込んでくれたのだろう。そして何よりリリアーナが自分のために作ってくれたことが嬉しくて、恥ずかしそうに感謝の言葉を述べた。

二人は談笑しながら孤児院へと戻って行ったが、建物に入ろうとした時、入り口にデボラが腕を組んで仁王立ちで立っているのが見えた。

「隣の男は誰? ルーク殿下が大変な時に自分は他の男とデートってわけ?」

デボラの思わぬ宣戦布告にリリアーナもビクトールもきょとんとするしかなかった。

「で、デート? ちょっと、デボラ、あなた何言ってるの?」

「婚約破棄したばかりなのにもう他の男に乗り換えるなんて最低!」

「あ……デボラ、この人は私の友達よ。様子を見に会いに来てくれたの。」

リリアーナは戸惑いながらデボラに説明したが、デボラは警戒を解くことはなかった。

「ルーク殿下はあんたみたいなビッチと別れて正解だわ! フローラ様とは大違いよ!」

「え? えええ? ビッチ!?」

聞きなれない言葉に驚いてリリアーナは上ずった声が出てしまった。

「カマトトぶるのやめてくれます!? 本当に氷のような女ね! 元婚約者が今どんな状態か分かってるの!」

そんなこと言われても……リリアーナは戸惑うばかりだった。どうして今更ルークのことを気にかけなくてはいけないのだ。冷たく捨てたのは向こうのくせに。ざまあみろとまでは言わないが、せいぜいお大事にくらいが関の山だ。内心そう思ったが、正直に答えるわけにはいかないので少し考えて適当な回答を用意した。

「もちろん、ルーク殿下には一日も早くよくなって欲しいと思うわ。でも私は既に婚約者でもないただの一般人よ。新しい婚約者もいるのに、私が出しゃばるのは却って不敬ではないかしら」

「でも静かに殿下の無事を祈ることくらいできるでしょう! なのに他の男に鞍替えするとか恥ってもんはないの?」

「おい、さっきから黙って聞いていれば」

ビクトールが険悪な表情になって口を挟んだので、リリアーナは慌てて彼を止めた。

「この人はただの友達よ。疑われるような仲ではないから心配しないで」

そしてビクトールの手を引いてその場から去って行った。これ以上顔を突き合わせたらお互いヒートアップしそうなのが怖かったのだ。誰もいない場所まで来たところでビクトールが口を開いた。

「孤児だろうが相手の言いなりになる必要はないんだ。不幸な境遇だからといって慈悲をかけるのも一種の差別だぞ」

ビクトールは眉間にしわを寄せて言った。

「分かってるわよそんなこと。でも年下の子にムキになったってしょうがないじゃない。あの年ごろは王子様に対する憧れが強いのよ。私はさしずめ意地悪なお姉様と言ったところ。何を言っても通じないわ」

「俺がここにいた時も変な奴はいた。魔法が使えるからって仲間外れにしたり、杖を取り上げたり、他にも色々ないじめを受けた。レディ・ナタリーに魔法を教わっていたから特別扱いみたいでやきもち焼かれたんだろう」

「あなたどこ行ってもいじめられるのね。私とカイルが初めての友達なんじゃないの?」

「なっ……それはお互い様だろう!」

囃し立てるリリアーナと顔を真っ赤にして反論するビクトールだったが、見えない場所からその様子をデボラが覗いているのには気づかなかった。デボラは、しばらくその場に立っていたが、やがて踵を返して皆のいる部屋に戻って行った。




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