青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は

雑食ハラミ

文字の大きさ
39 / 52

39.紳士たちの社交場

しおりを挟む
「ここにお集まりの紳士淑女の皆さま、浮世の憂さを一時でも忘れたいあなたのために、今宵もうたかたの夢に酔いしれ、美女たちが彩る理想郷をお届けいたします。『邯鄲の夢』が送るドラマチックレビューの始まりです!」

昼間の柔和さとはうってかわって、派手に着飾ったディーンがギラギラ光るステージで高らかに宣言すると、音楽と同時に踊り子たちがステージに現れ、歌と踊りで観客たちを魅了した。観客たちは椅子に座りながら食事をとり、彼女たちのショーを嗜むというのがこの店のしきたりらしい。何もかも初めてのリリアーナは、カーテンの隙間からその様子を見てただ驚くばかりだった。

(すごい、すごいわ。こんな世界があるなんて。世の中は私の知らないことでいっぱいね)

郊外の町にこんな店があるなら、当然王都にも同じようなものがあるのだろう。今までこういう店の存在すら知らなかったリリアーナにとって、何もかも初めての景色だった。

父や兄は知ってるのだろうか? カイルは学生だが何となく行ったことがあるような気がする。ビクトールは存在は知っていても縁がない場所に違いない。調度品の豪華さや客層から判断すると、ある程度お金がないと入れない場所のようだ。ここはそれなりに高級な店らしい。

踊り子たちのパフォーマンスにも目を奪われた。リリアーナからすれば殆ど裸に近い衣装だが、女性らしいしなやかな曲線美が強調されており蠱惑的に写った。アクセサリーをしゃらしゃらと揺らし情熱的に踊るダンスは激しく観客の劣情を煽る。リリアーナがこれまで生きて来た世界では、下品ではしたないと切り捨てられる類のものではあったが、なぜか彼女たちの踊りから目が離せなかった。

観客を見ると、それなりにきちんとした身なりの男性が多い。普段は真面目な仕事をしつつ、夜はこういう場所で息抜きをしてるのね。私たち女は家の中でおとなしくしてろと言うくせに。男の人ばかり楽しんでずるいわ。いつの間にかそんなことを考えていた。

「見物するのはいいけど身を乗り出すなよ。外から見えてしまうからね」

いつの間にか背後からディーンに声をかけられ、リリアーナは飛び上がった。人の気配も気づかないくらいに引き込まれていたようだ。

「皆さんすごいですね……店長も昼の様子からは想像できませんでした」

「本当はやるつもりなかったんだけどね、人手不足だから仕方なく。でも数こなすうちにだんだんノってきちゃって」

ディーンは赤いルージュを引いた口元をほころばせながら愉快そうに言った。間近で見ると濃い化粧をしているのが分かる。異様に長いつけまつ毛にラメ入りのアイシャドウ、チークは舞台越しでやっと映えるくらいに濃かった。

「ディーンさんも素敵でした。女性らしいセクシーさと男性らしい雄々しさが混在してて、こんな美しさもあるなんて今まで知りませんでした」

リリアーナは自分が少年に変装していることも忘れ、うっとりしながら感想を述べた。それくらい初めて見た光景は衝撃的だった。

「ふうん、そう来たか。珍しいね。でも嬉しいよ、ありがとう」

ディーンは少し意外そうな顔をしたが、素直にリリアーナの称賛を受け取った。

「ついでと言っちゃなんだけど、踊り子たちの準備の手伝いもしてくれる? 早着替えとか? 最初はバタバタすると思うけど、君飲みこみ早いみたいだから頼っちゃおうかな」

「はい! 分かりました!」

平民に使われる自分を見たら父や兄は何と言うだろう。オズワルド家の恥さらしとか汚らわしいなどと嘲るのだろうか。しかし、リリアーナは意外にも今の境遇が嫌ではなかった。孤児院で失敗の連続ながらも手伝いをしている時も、誰かの役に立てることが嬉しく思えた。貴族の世界から見れば、今の自分は平民に身をやつしたと言えるのだろうが、彼女本人は、新たな世界を冒険してワクワクする気持ちの方が大きかった。

店は夜更け過ぎに終わった。日が変わるまで働いていたことになるが、目に写る全てのものが目新しく煌びやかだったため、高揚した気持ちがずっと続いていて、眠気は感じられなかった。

「はい、これ今日のお給料。本当はまとめて月末に渡すんだけど、何かと入用みたいだから。部屋はここの離れに仮眠室としてたまに利用しているところがあるからそれを使って」

カツラを取ったばかりでまだ化粧を落としてないディーンが、紙幣の入った封筒を渡してきた。

「待ってください。食事と部屋以外にお給料までいただけるんですか?」

「それくらい普通だよ? 今日は疲れただろうから明日はゆっくりでいいからお休み」

「……ということは、採用?」

ディーンは答える代わりにニコッと笑った。それを見てリリアーナは疲れが吹っ飛ぶくらいに喜びを表した。

「ありがとうございます! 僕一生懸命働きます!」

仮眠室として使われている部屋はきれいに整理されていて、これなら安心して眠れそうだと思った。明日必ずジュディスにお礼を言わなければ。あとは、自分のことを心配している人たちに、どうにかして連絡を取れる手段はないだろうかと考えるうちに、気づくと意識を失っていた。こうして新しい生活が始まった。

**********

「なかなかいい子そうじゃないの。どう見ても訳ありだけど」

「ジュディスを助けてくれたのは本当みたいだね。一人で3人の大男をやっつけたなんてにわかに信じられないな。魔法でも使ったのかな?」

「さっきジュディスを問い詰めたらあっさり白状したわよ。魔法が使えて、碌に仕事をしたことがなさそうな滑らかな白い手。どこかの貴族で決まりよ」

「おまけに男装までしている。絶対ただ者じゃないな。今になって心配になって来た。引き取るべきじゃなかったかな?」

店じまいをして、従業員たちが帰った後の店内で、トップスターのライラと支配人のディーンが雑談をしていた。ライラもディーンも舞台化粧を落とし普段着に戻っている。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った店内でお茶をすすりながら互いの労をねぎらうのが習慣になっていた。

「もう引き取ってしまったんだから手遅れよ。何が起きても知らないわよ」

ライラはポットからお茶を補給しながら言った。仕事で酒は飲むが、本当はそれほど飲める性質ではないのだ。仕事のストレスを酒で帳消しにすることはしたくなかった。

「でも悪い子じゃなさそうじゃないか。仕事ぶりは問題ないし、雑用も嫌がるかと思ったら進んでやるし」

「おまけにこんな仕事でも偏見はないようね。あなたのこともキラキラ目を輝かせて見ていたわよ」

確かに。ディーンは、好奇心の塊をそのままぶつけてきたようなリリアーナの熱い視線を思い出した。お世辞であのような態度が取れるものではないことは、誰にでも分かった。

「ここに付き添われて来るご婦人の中には、ゴミを見るような目で見る人もいるからな。あれ何気に堪えるんだよなあ。その点、あの貴族のお嬢様は新しいものにも抵抗ないみたい。変わった子だよ」

「でも厄介ごとに巻き込まれるのはごめんよ。そうなりそうだったらさっさとどこかへやってね。貴族なんて碌なもんじゃないんだから」

「分からないよ? 貴族は貴族でも王都に住む高位貴族だったりして?」

「冗談はやめてよ! そんなやんごとなきお方に雑用なんてさせたら私たちの首が飛ぶじゃない!」

ライラはアハハと声を出して笑い、ディーンにもたれかかった。ディーンとは子供の時からの腐れ縁だ。お互い何事も知り尽くしている仲だった。ディーンはライラをぎゅっと抱きしめながら、彼女の口に一口大のチョコを入れてやった。

「でも面白くなってきたな。どう転ぶか分からない手駒が向こうの方からやって来たんだから。生かすも殺すも僕次第だ。どう料理してやろうかな?」





**********

続きが気になったらお気に入り登録お願いします。感想もいただけると嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...