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第24章 王子様を欺くわけにはいかないのです

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ヘイワード・インが大騒ぎになっている頃、バイオレットはエレンの家に来ていた。旅に出るとは言ったものの、住んでいる場所から一歩も出たことのないバイオレットは、どこへ行けばいいのか分からず、すぐに途方に暮れた。結局エレンに電話で連絡を取り、最寄りの駅まで行って迎えに来てもらったのだ。エレンの家は町中にあり、子供ができれば手狭になるかもしれないが、夫婦二人なら十分な広さだった。現代風のこざっぱりした内装は彼女の人柄を表しているようだった。

「あなたから連絡が来た時はびっくりしたわ。前に会った時よりやつれているようだけど何かあったの?」

エレンはバイオレットを優しく迎え、何も食べていないという彼女に簡単な食事を用意してくれた。バイオレットは、心が弱っているので涙が出るほど嬉しかった。何から何まで世話になって申し訳ないと恐縮しきりで何度もお礼を言った。

「お礼はいいから早く食べて。それが終わったら話を聞かせて」

何から説明すればいいのやら分からないくらい話が込み入っていたが、バイオレットはつっかえつっかえ昨日判明したことを打ち明けた。昨日の今日で、辛いことを思い出すのは心苦しかったが、それよりも誰かに相談したい気持ちの方が勝っていた。まだ記憶が生々しいため、話しているうちに涙があふれるのはどうにもならなかった。

「……そうだったの、大変だったね。そんなの急に受け止めるなんて無理よね。でもその幼馴染の人は本当にあなたのことが好きなのね。で、あなたはどう思ってるの?」

エレンに核心を突かれ、バイオレットは口ごもった。

「私は……分からない、頭が混乱していて。でも、彼のことを考えるとすごく胸が苦しくなる。許せない気持ちもあるのに今すぐ謝りたい。前のように何も考えずに笑っていられた頃に戻りたい。会って彼の気持ちを聞きたい。とにかく会いたい」

「やあねえ! それすごく好きってことじゃないの! あなた恋してるのよ。じゃあもう話は簡単よ」

エレンのノリはまるで恋バナに興じる女子学生そのものだった。自分はもう結婚して落ち着いてしまったから他人の恋愛話とあらば全力で乗って来た。

「でもロナンが……」

ロナンの名前を聞いてエレンははっとした。自分が紹介したにも関わらず今までうっかり忘れていたのだ。

「ロナンのことは正直どう思ってるの?」

先ほどの勢いはどこへやら、今度は声を潜めて尋ねた。自分が紹介した手前、少し責任を感じていたのだ。少なくとも、ロナンという存在があるため事情が複雑になってしまったのは事実だった。

「……せっかくエレンがいい人を紹介してくれたのに、既に私の中にはヒースがいた。ロナンにどこかへ誘われても、なぜか後ろめたい気持ちがしてしまった理由がやっと分かったわ……」

ロナンはバイオレットとの関係を進めようとしていたのに、バイオレットは流れを引き戻すことばかりしていた。婚約指輪という言葉が出た時はやけに焦ってしまった。なんでもっと早く自分の気持ちに気が付かなかったのだろう。結果的にロナンも傷つけることになってしまった。悔やんでも悔やみきれないことばかりだ。

「じゃあ、ロナンにはお断りを……」

「今度会う時には婚約指輪を持ってくると言われた。でも受け取れない。自分の心に嘘はつけないもの。直接会って彼にも謝ろうと思う」

「……それなら私も同席するわ。私にも責任あるし」

「エレンは関係ないわ! 全て私のせい……せっかくいい人を紹介してくれたのに、本当にごめんなさい。ご主人にも申し訳ない……」

「いいの。ついでにここにいるうちにぱぱっとやっちゃいましょうよ。ここにロナンを呼びましょうか?」

「いいえ! そんなことできない! 私の方から会いに行かなきゃ」

エレンは敢えて軽い調子で言ったが、バイオレットは即座に否定した。ここまで友人に甘えてはいけない。自分のしたことは自分で幕引きをしなければ。

「ロナンには本当のことを話すつもり。でもヒースにはロナンと一緒になれと言われたの。自分は隣に立つ資格はないって」

「それどういう意味?」

エレンは思わず持っていたティーカップを取り落としそうになった。バイオレットが恋してしまった相手が訳ありと知って仰天してしまったのだ。

「ヒースはミデオンのカジノのオーナーらしいの。どうも後ろ暗い仕事もやってるらしくて。だから私にはロナンが相応しいって言ってた」

「それマフィアとかギャングと関係してるってこと!? そんな男やめた方がいいわよ! 絶対不幸になるから!」

エレンは、さっき自分で言った内容と真逆のことを口走った。口にした後で、我ながら意見がころころと変わるなとは思ったが、大事なバイオレットの幸せを願うなら変な男とくっつけるわけにはいかなかった。

「ヒースにもそう言われた。でももう後戻りできないの。自分でもどうしたらいいか分からない……」

バイオレットはとうとう声を上げて泣き出してしまった。エレンはそんな彼女を見て、おろおろするばかりだった。気の利いたことを言ってやりたいが何も思い浮かばない。大切な友人が自ら不幸な道を選ぶことだけは避けたいが、こればかりはどうしようもなかった。

**********

夜になり夫のマットが帰って来た。3人で夕食を囲みながらエレンは、バイオレットから聞いた話を夫に伝えた。マットは難しそうな顔をして聞いていたが、話を聞き終わりバイオレットに向かい合う頃には元の穏やかな顔に戻っていた。

「バイオレットの言う通り、ロナンには誠心誠意説明するしかないよ。彼も大人だから最終的には分かってくれると思う。それでバイオレットは、そのカジノのオーナーの人と一緒になりたいの?」

「私がそう思っても彼が許してくれません。カジノのオーナーってのは、そこまで後ろ暗い職業なんですか?」

「まあ……マフィアとの繋がりが取りざたされているから、彼も全く無縁じゃないんだろうが、一切表に顔を出せないというほどのことでもないと思うよ。多分だけど、バイオレットに、都会の空気に染まってほしくないんじゃない?」

「あと、あなたにはホテルがあるでしょう。それを捨ててまで一緒になれというのはできないのかも」

確かにマットやエレンの言うことには一理あった。しかし、それだけではないような気がする。やはり、直接会って話を聞くしかないようだ。

「そうだ、エレン。体調はどう? 変わりない?」

さり気なくマットがエレンを気遣う発言をしたのが気になった。もしかしてエレンに何かあったのか? 尋ねてみるとバイオレットの予想通りの答えが返ってきた。

「おめでとう! 私まで嬉しいわ! こんな時に押しかけてしまってごめんなさい」

「いいのよ。今のところつわりもなくて体調はいいの。だから遠慮せずにいてちょうだい。今夜は一緒に客間で寝ましょう。昔みたいに夜通しお喋りしたいわ」

バイオレットは、大事な時期に何も言わず泊めてくれたエレンに感謝した、と同時に自分はこんなところで何をしているんだろうという気持ちにもなった。エレンとマットの会話を聞いていると、自分もこんな家庭を築きたいと思えてくる。穏やかで優しい時間が流れて、お互いを尊敬できる夫婦。それができそうな相手がロナンだった。それなのに、自ら捨てようとしていることがこの上もなく愚かに思えてきた。しかしどうしようもなかった。ヒースが自分を受け入れなくても、ロナンとの関係を続ける気にはなれなかった。自分に嘘は付けないし、それが相手にとっても不誠実な態度であると考えるからだ。

翌日、マットに手伝ってもらってロナンに連絡を取った。数日後の休日に時間が取れるというので、ロナンの家近くのカフェで会うことになった。

「バイオレット、頑張ってね。別の近くのカフェで待ってるからね」

結局最後までエレンに世話になってしまった。バイオレットは自分のふがいなさを呪いつつエレンには感謝の言葉を送った。エレンが去り一人でロナンが来るのを待つ。自分のせいで誰かが傷つくのがものすごく嫌だった。それが自分を好いてくれる人なら尚更。彼女は今からそれをしようとしているのだ。緊張で体が固まり、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
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