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悪事の補足 1
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「…あ、この前はあんがとな。」
「え?何が?」
甲板を歩いてたところ、いきなり狼男に話しかけられる。
「ほら、船長に鞭打ちのこと言わないでくれただろ?あれはマジで助かった。」
「…ああ、君か!」
狼男はこいつの他にもう三匹もいるものだから、見ただけ、話しかけられただけじゃ誰が誰だかわからない。コイツは、船長に怯えていたあの時と同じ狼男なんだろう。
「「君か」って…ああそうか、わからないんだったな。」
「もう、仕方ないでしょ。でもあの時のことはちゃんと覚えてるよ。ほんとうに聞かなくて良かったの?」
日が空いたとはいえ、船長がどうしてムチを打っているのか、ということを声に出すのは怖かった。
「良かったに決まってる。やっぱりあいつを前にすると怖くてな…。」
「君も船長にやられたことあるの?」
「いや、俺は何となく「逆らったらヤバい」って勘付いてな。もちろん嫌だったが、仲間になった。」
「そ、そっか。」
「他の奴らが不憫でならねえよ。一度っきりではあるらしいが。船員になる前にな__」
「え、え?船員になる前?」
「あ?言っただろ、鞭で打ってるって。」
「それって船員になったモンスターを、じゃないの?」
「違う違う!あいつはここの船員の殆どを、鞭打って無理矢理引き込んだんだ。」
ショックで声も出なかった。そんな…ほとんどが、そうやって船員になっていたなんて。
ムチで叩くのはサボってる船員をこらしめるためなのかと思ったけど、そうじゃなかった。そうだったとしてもやりすぎだけど。
そういえば、前に聞いた時は「いきさつまで語ってやりたいところだが、事実から言っておく」って狼男は言ってた。その「いきさつ」を聞きそびれたから誤解していたのかもしれない。
「ねえ、前にムチ打ちのいきさつを聞いてなかったからそれ聞きたい。」
「あ?ああ…俺もなんであんなことが始まったのかは知らないんだけどな。」
「じゃあなんで語ってやりたいって言ったの?」
「自分なりの推論があっただけだ。俺より前からここにいる奴によると、船長は「ミナライや船員を傷つけたモンスター」にムチを振るって仲間にしてるらしいじゃねえか?」
頷く。1、2週間前の静かな日の時もそうだった。
「だから、船員を傷つけた奴を懲らしめてるんだろうって予想した訳だ。何でそんな奴を仲間にしたがるのかは未だにわからんが。聞いたことあるか?」
「ううん。ジブンと2人旅の時から船員が欲しいって言ってたけど。」
「そんなに船員を欲しがってたなら、船長のイカれ発想で「懲らしめたからこいつもわかったはずだ。なら良し!仲間にしよう!」って感じなのかもな。」
「そんなことある…?」
「あいつのことだし、真面目に推理するだけ無駄かもしれんぞ。」
攻撃的なモンスターでも仲間にしたがるのは、「船長が変」だと思えば納得できるような気もする。船長が誰でも仲間にしたがってたのは、一番の古株であるジブンがよく知ってるし。船員に変なヤツが多いのは、類は友を呼ぶからなのかもしれない。
「そういやあ、船員ってどうやって増えていったんだ?」
「最初に行き着いた島のモンスターを、ほぼ全員誘ってたよ。」
「殆どを?攻撃的な奴もいただろうに。そういう奴が鞭で打たれたのを他の島民が目撃して、やむなく大量雇用が成功したって感じか?」
「そうなのかもね。」
急に船員が増えたから、「いきなりこんな増やす!?デリカシーないな…」と思ったのをはっきり覚えている。よくよく考えたら可笑しいってわかったのに。モンスターが初対面の相手の言うことなんか聞くわけがないじゃないか。
船長みたいな、自分だけの世界を振りかざして生きてるモンスターの言うことならなおさらそうだろう。うざいもん。
ジブンはその勢いの良さに騙されちゃったけど、大人なら騙されないはずだ。まず疑って、話を聞いて見極めて、「こいつに着いていくのはよそう」ってなるはずだ。
なのに一気に船員が増えたのは、さっき狼男が言った通りのことが起こったからなのかも…。
「…そうなると、マントマンが最初にムチで打たれたのかな。」
「そいつが最初のモンスター船員だったのか?」
「うん。すぐにいなくなったけどね。」
「そいつはオマエを傷つけたのか?」
「いいや。」
「じゃあ船長に攻撃したってことか?」
「わかんない。船長がいきなり、船員にならないかって話しかけるやり方も見たことあるから、ムチ打ちは最初からやってたわけじゃなかったのかもしれないし。」
「なんでも敵と見做すし味方にしたがるか…とんだ船長だな。」
狼男は眉間を押さえた。この反応からして、船長のヤバさは深刻なのがわかる。そうだよな、なんでムチ打ちまでして船員が欲しいんだろう。
船長はなんとしてでも自分の夢のために船員が欲しくて…ムチを使ってまで船員を手に入れることにした、のか?
そんなことしたんだったらキラわれない方がおかしいよ…キラわれまくってるのも悲しいなんて考えてたけど、ぜんぶ船長が悪いんじゃんか!
「みんな、そんなヤツとよく過ごせるね…。」
「それがだんだん平気じゃなくなっていって、皆逃げ出してんだよ。」
「君はどうなの?」
自分はされてないとはいえ、そんなヤツのそばにいるのは怖いだろうし…。
「俺は…逃げる方が怖い。ここに来て結構経ったしな。船長に「狼男が4匹いるうちのあいつ」として顔を覚えられた。もう手遅れな気がするんだ。」
「船長はそんなの気にしなさそうじゃない?」
「そうでもないさ。古株は誰も逃げ出してないから、終身雇用員として捉えられてる可能性がある。逃げ出しただけで裏切ったと思われるかもしれないだろ。俺だけ逃げ切れても、他の古株が大目玉食らうかもしれないと思うとな。」
「君って古株だったの?」
「前に言わなかったか?」
「ううん、言ってなかった。」
「そりゃ悪かったな。俺が逃げてないのはそれも一因になってるんだよ。」
「そっか。古株ってなんで誰も逃げないの?」
「鞭で打たれてない奴はふんぎりがつかないんだろうよ。打たれてる奴は今更逃げ出すのが怖いんじゃないか?」
「そう?この先もムチ打たれるかもしれないんなら逃げようってならない?」
「そう思いはする。だが、船員が入れ替わりまくる船の中で仲間がいる安心感と、逃げたら船長に何をされるかわからない恐怖とを引き換えにする勇気が出ないんだ。」
こんな船に居続けるなんて変なヤツらだと思ってたけど、案外考えてるんだな。
「さすがに、この目で見たなら「今のうち!」って逃げ出すけどな。」
「え?新しい船員が嘘ついてるって思ってるの?」
だって、そういうことだよね?ムチのことは、打たれたことのある船員からしかその話は聞けないもの。
でもこの狼男はムチで打たれたことが無い。船長は船員になる前のモンスターを島でコソコソとムチ打ってたっぽいし、それを見たヤツはいない。だからって、こんなの疑うようなことじゃないのに。
狼男は苦しそうにうなった。
信じられない!と思ったけど、なんだか責める気にもなれなかった。モンスターが悲しい顔をするなんて、なんだか変な感じがする。
「同胞がそんな目に遭ってるなんて信じたくないんだよ。偉そうにしてる船長が気に入らなくて、皆で寄って集って嘘ついてんじゃねえかって思いたくもなる。」
「新入りがたまたま、今までの船員と同じ嘘つくなんてありえないでしょ!」
「ああ、わかってる。船長を疑いたくないだけだ…。考えるのが面倒くさくて、対峙するのが怖くて、やってらんねえんだよ。」
わからないことを考え続けて、めんどくさくなってやめるのはジブンも同じだ。コイツはジブンよりずっと大人なはずなのに、変なの。
モンスターは大体が長く生きてるって本に書いてあった。だからコイツもそうなんだろうけど…それなのに、ジブンと似てる。
そうだな、年齢的に大人っていう枠に当てはめたことはあっても、モンスターに対して子どもっぽいとか大人っぽいって思ったことはなかったかも。
そんなに変わらないってこと?子どもと大人って、考え方がちがうだけなのかな?
「はは、バカにしてくれて良いぜ。」
「いや…わかるよ。なんとなくだけど。」
「へえ、賢いな。俺の仲間でもわかってくれないかもしれないのに。」
「そうかな?狼男族ってけっこう良いヤツが多くない?」
「なんだ?他の狼男とも話してたのか。」
この言い方は、前に二匹で仲良さそうにしてた狼男のうちにコイツは入ってなかったみたいだな。…とは限らないのか。ややこしい!
「見分けがつかないからなんとも言えないけど、君以外のと話したことはあるよ。」
「そうか。狼男族は獣にしてはひょうきんな見た目だからな。からかわれる度に躱す術を身に着けていった結果だろうさ。口が巧いなら良い奴とは限らんぞ。」
「口がうまいって?」
「言葉で褒めたり騙すのが上手い奴のことさ。」
「騙してなんかなくない?ふつうの話の途中で良いヤツって思ったよ。」
「そうなのか?ははあ…まあ、そうだろうな。」
「え、なに急に?」
「それだけの理由を知ってるんだ。これも本当の話かはわからんが…。」
「教えてよ!」
「どうだろうな、子どもは知らない方がいいかもしれん。」
なにそれ…。そうやって自分の答えをひとり占めするの、村の大人みたいだ。
「知らなかったせいで危ない目に遭ったらどうするの?」
「それはそうだが…これは知識じゃなくて、その、嫌な事件みたいなことだからな。」
「事件?なんの?」
「俺は体験したことはないが、他の奴らは拷問されたことがあるらしい。」
「なにそれ?」
「罪を犯した奴を懲らしめることを言う。」
「良いことじゃん。」
「懲らしめる側ならな。モンスターは懲らしめられた側なんだよ。」
言ってることがわからなくなって、ちょっと黙る。…ああ、たしかにそうか。モンスターはこらしめられて当然だもんな。
でもそれをコイツの前で言うのはやめておこう。ジブンまで悪者にされそうだし。
「それとこれとはどう結びつくの?」
「オマエは子どもだから看守とは似ても似つかないだろ?看守ってのは拷問に加担してるニンゲンのことな。そういう理由で、狼男族が攻撃的にならずに話せてるんじゃないかと思っただけだよ。」
「モンスターは全員拷問されてるってこと?」
「全員じゃない。だが、ここ100年じゃ半分以上が被害に遭ってる。」
「へえ。でも船員になったモンスターもほぼ拷問されてるとは限らないんじゃないの?」
「わかるさ。そいつらの体についてる傷跡が不自然だからな。未だに傷跡が残ってることから長い間痛めつけられたのがわかる。あれはどう考えてもニンゲンの仕業だ。モンスターはあんな戦い方はしない。」
「な、なるほどね。」
なんか怖い話を聞いちゃったな…。人間も人間でそんなことをしてたなんて。モンスターは戦ってばかりだからキズだらけなのかと思ってたら、そういうことだったんだ。
そうだ、未だに傷跡が残ってるって言うと船長も当てはまるな。アイツは誰からもキラわれてそうだから、ケンカも拷問も両方有り得るけど。
「船長も拷問されてたのかな?」
「そうなんじゃないか?ニンゲンの剣を持ってるし。」
「え?」
あれが?人間の?なんで?
「なんだ?ニンゲンなら見りゃわかるもんじゃないのか?」
「わかんないよ。兵隊さんすら見たこと無いし。」
「世間知らずな奴だな…。」
「しょうがないじゃん、好きで漁村に生まれたわけじゃないし!」
「ああ、悪かった悪かった。」
知らないことがあるくらいでグチグチ言わないで欲しいな…。今はそんなことより、船長の方が気がかりだ。
「他のヨロイノボウレイはどんな剣を持ってるの?」
「ええと…覚えてないな。あまり見ない種だから。」
「少しでも良いから教えて!」
「無骨な鉄色の剣だ。切れ味が良さそうでも悪そうでもない、ただの剣…だった気がする。」
狼男は長いこと唸って、そんな答えを出した。あれだけ悩んでおいてそれ?と思ったけど、特徴のない剣なら覚えられないのも納得がいく。
「王国に捕まった奴は武器を取り上げられるから、そもそも持ってないはずなんだよ。だとすると、兵士から奪ったんだろう。あいつらしい。」
「そうなんだ…。」
「あいつらしい」か。仲間を船から突き落とすくらいなら、兵隊さんから武器を奪うのだって平気でやれるものなのかな。
それがどれくらいヤバいことなのかはわからないけど、ジブンで言うところの「怒っている大人から持ち物を盗んだ」って感じだろう。良くそんなことができるな…。
拷問と良い、ヨロイノボウレイの剣といい、モンスターからしか答えを得られないパターンもあるんだな。船員に怖がられるような演技はやめておいて正解だった。
だとすると、船長の謎は船長に聞かないと解けない。
船長のボロボロのヨロイについてはそれとなく聞いたことがあるけど、剣についてはまだだ。今度聞いてみよう。ジブンは好かれてるっぽいし、聞き出せるはず。
「そういえば、なんで拷問って始まったの?」
「こっちが聞きてえよ。大人から聞いてないのか?」
「悪いモンスターは兵隊さんがやっつけてくれるよ、とは聞いたことある。」
「なんとまあ、濁されたもんだな。」
狼男はやれやれといった感じで頬杖をついた。人間に苛ついているらしい。モンスターが悪いことをしたんだろうに、呆れたヤツだ。
どれだけ悪いことをしたのかは知らないけど、狼男たちは拷問されても仕方ないようなことをしたのかな?
「皆、命からがら牢屋から逃げてきたってのによ。山を越えて海を渡って…。」
「あ、それで?」
「なにがだ?」
「それで島にモンスターがいるようになったんだなって。」
「なんだよ、そんなことまで知ってんのか?最近のガキは末恐ろしいな。」
最近になって、モンスターも人も住んでない島にモンスターが流れ着くことが多くなったってお母さんから聞いたことがある。
船に乗る仕事に着いていくようになった時のために教えられたことだ。静かな島でも油断しちゃダメって。
「君も島に住んでたの?」
「いいや、大陸にいた。うっかり海に落ちて、木材に捕まってたら島に流れ着いたんだ。」
「ドジ…。」
「うるせえな!?体が重いんだから仕方ないだろ!」
「うわあ、ごめんって!…ええと、ならなんで島のこと知ってたの?」
「島で過ごしてると暇でな。海辺に出かけては水棲のモンスターと話す機会が多くなるんだ。それで色んな話を聞くうちにそういう情報が耳に入ったんだよ。」
「へえ。船長のうわさはなかったの?」
「なかったよ。あんな奴すぐに噂になるはずなんだがな。俺があいつに出会ったのは、まだ勢力拡大する前だったみたいだな。」
「運悪ぅ。」
「オマエだって仲間にされてんじゃねえか!」
「え?ジブンはその…ちがうもん。ちゃんと話聞いて仲間になったよ。」
「ええ…?倫理観死んでんのかよ…。」
「あの時そんなヤツってわかってたら乗らなかったもん!」
「りんりかん」の意味はわからなかったけどすごくバカにされてるのがわかって飛びつくように言い返してやったら、狼男はたじろいだ。
「ま、まあ確かにオマエが奴の最初の仲間だったんだもんな。そりゃわからんか。」
「そうだよ!もう。子どもに何か言われてキレるとか、どうかしてるよ。」
「オマエだからキレてるんだよ…。」
「ええ?」
こっちが面倒なことをしたような反応をされた。「オマエだから」ってなんだ?めっちゃキラわれてるってこと?なんで?
クソめ、こんなヤツは無視だ。船長の話に戻してやろう。
「え?何が?」
甲板を歩いてたところ、いきなり狼男に話しかけられる。
「ほら、船長に鞭打ちのこと言わないでくれただろ?あれはマジで助かった。」
「…ああ、君か!」
狼男はこいつの他にもう三匹もいるものだから、見ただけ、話しかけられただけじゃ誰が誰だかわからない。コイツは、船長に怯えていたあの時と同じ狼男なんだろう。
「「君か」って…ああそうか、わからないんだったな。」
「もう、仕方ないでしょ。でもあの時のことはちゃんと覚えてるよ。ほんとうに聞かなくて良かったの?」
日が空いたとはいえ、船長がどうしてムチを打っているのか、ということを声に出すのは怖かった。
「良かったに決まってる。やっぱりあいつを前にすると怖くてな…。」
「君も船長にやられたことあるの?」
「いや、俺は何となく「逆らったらヤバい」って勘付いてな。もちろん嫌だったが、仲間になった。」
「そ、そっか。」
「他の奴らが不憫でならねえよ。一度っきりではあるらしいが。船員になる前にな__」
「え、え?船員になる前?」
「あ?言っただろ、鞭で打ってるって。」
「それって船員になったモンスターを、じゃないの?」
「違う違う!あいつはここの船員の殆どを、鞭打って無理矢理引き込んだんだ。」
ショックで声も出なかった。そんな…ほとんどが、そうやって船員になっていたなんて。
ムチで叩くのはサボってる船員をこらしめるためなのかと思ったけど、そうじゃなかった。そうだったとしてもやりすぎだけど。
そういえば、前に聞いた時は「いきさつまで語ってやりたいところだが、事実から言っておく」って狼男は言ってた。その「いきさつ」を聞きそびれたから誤解していたのかもしれない。
「ねえ、前にムチ打ちのいきさつを聞いてなかったからそれ聞きたい。」
「あ?ああ…俺もなんであんなことが始まったのかは知らないんだけどな。」
「じゃあなんで語ってやりたいって言ったの?」
「自分なりの推論があっただけだ。俺より前からここにいる奴によると、船長は「ミナライや船員を傷つけたモンスター」にムチを振るって仲間にしてるらしいじゃねえか?」
頷く。1、2週間前の静かな日の時もそうだった。
「だから、船員を傷つけた奴を懲らしめてるんだろうって予想した訳だ。何でそんな奴を仲間にしたがるのかは未だにわからんが。聞いたことあるか?」
「ううん。ジブンと2人旅の時から船員が欲しいって言ってたけど。」
「そんなに船員を欲しがってたなら、船長のイカれ発想で「懲らしめたからこいつもわかったはずだ。なら良し!仲間にしよう!」って感じなのかもな。」
「そんなことある…?」
「あいつのことだし、真面目に推理するだけ無駄かもしれんぞ。」
攻撃的なモンスターでも仲間にしたがるのは、「船長が変」だと思えば納得できるような気もする。船長が誰でも仲間にしたがってたのは、一番の古株であるジブンがよく知ってるし。船員に変なヤツが多いのは、類は友を呼ぶからなのかもしれない。
「そういやあ、船員ってどうやって増えていったんだ?」
「最初に行き着いた島のモンスターを、ほぼ全員誘ってたよ。」
「殆どを?攻撃的な奴もいただろうに。そういう奴が鞭で打たれたのを他の島民が目撃して、やむなく大量雇用が成功したって感じか?」
「そうなのかもね。」
急に船員が増えたから、「いきなりこんな増やす!?デリカシーないな…」と思ったのをはっきり覚えている。よくよく考えたら可笑しいってわかったのに。モンスターが初対面の相手の言うことなんか聞くわけがないじゃないか。
船長みたいな、自分だけの世界を振りかざして生きてるモンスターの言うことならなおさらそうだろう。うざいもん。
ジブンはその勢いの良さに騙されちゃったけど、大人なら騙されないはずだ。まず疑って、話を聞いて見極めて、「こいつに着いていくのはよそう」ってなるはずだ。
なのに一気に船員が増えたのは、さっき狼男が言った通りのことが起こったからなのかも…。
「…そうなると、マントマンが最初にムチで打たれたのかな。」
「そいつが最初のモンスター船員だったのか?」
「うん。すぐにいなくなったけどね。」
「そいつはオマエを傷つけたのか?」
「いいや。」
「じゃあ船長に攻撃したってことか?」
「わかんない。船長がいきなり、船員にならないかって話しかけるやり方も見たことあるから、ムチ打ちは最初からやってたわけじゃなかったのかもしれないし。」
「なんでも敵と見做すし味方にしたがるか…とんだ船長だな。」
狼男は眉間を押さえた。この反応からして、船長のヤバさは深刻なのがわかる。そうだよな、なんでムチ打ちまでして船員が欲しいんだろう。
船長はなんとしてでも自分の夢のために船員が欲しくて…ムチを使ってまで船員を手に入れることにした、のか?
そんなことしたんだったらキラわれない方がおかしいよ…キラわれまくってるのも悲しいなんて考えてたけど、ぜんぶ船長が悪いんじゃんか!
「みんな、そんなヤツとよく過ごせるね…。」
「それがだんだん平気じゃなくなっていって、皆逃げ出してんだよ。」
「君はどうなの?」
自分はされてないとはいえ、そんなヤツのそばにいるのは怖いだろうし…。
「俺は…逃げる方が怖い。ここに来て結構経ったしな。船長に「狼男が4匹いるうちのあいつ」として顔を覚えられた。もう手遅れな気がするんだ。」
「船長はそんなの気にしなさそうじゃない?」
「そうでもないさ。古株は誰も逃げ出してないから、終身雇用員として捉えられてる可能性がある。逃げ出しただけで裏切ったと思われるかもしれないだろ。俺だけ逃げ切れても、他の古株が大目玉食らうかもしれないと思うとな。」
「君って古株だったの?」
「前に言わなかったか?」
「ううん、言ってなかった。」
「そりゃ悪かったな。俺が逃げてないのはそれも一因になってるんだよ。」
「そっか。古株ってなんで誰も逃げないの?」
「鞭で打たれてない奴はふんぎりがつかないんだろうよ。打たれてる奴は今更逃げ出すのが怖いんじゃないか?」
「そう?この先もムチ打たれるかもしれないんなら逃げようってならない?」
「そう思いはする。だが、船員が入れ替わりまくる船の中で仲間がいる安心感と、逃げたら船長に何をされるかわからない恐怖とを引き換えにする勇気が出ないんだ。」
こんな船に居続けるなんて変なヤツらだと思ってたけど、案外考えてるんだな。
「さすがに、この目で見たなら「今のうち!」って逃げ出すけどな。」
「え?新しい船員が嘘ついてるって思ってるの?」
だって、そういうことだよね?ムチのことは、打たれたことのある船員からしかその話は聞けないもの。
でもこの狼男はムチで打たれたことが無い。船長は船員になる前のモンスターを島でコソコソとムチ打ってたっぽいし、それを見たヤツはいない。だからって、こんなの疑うようなことじゃないのに。
狼男は苦しそうにうなった。
信じられない!と思ったけど、なんだか責める気にもなれなかった。モンスターが悲しい顔をするなんて、なんだか変な感じがする。
「同胞がそんな目に遭ってるなんて信じたくないんだよ。偉そうにしてる船長が気に入らなくて、皆で寄って集って嘘ついてんじゃねえかって思いたくもなる。」
「新入りがたまたま、今までの船員と同じ嘘つくなんてありえないでしょ!」
「ああ、わかってる。船長を疑いたくないだけだ…。考えるのが面倒くさくて、対峙するのが怖くて、やってらんねえんだよ。」
わからないことを考え続けて、めんどくさくなってやめるのはジブンも同じだ。コイツはジブンよりずっと大人なはずなのに、変なの。
モンスターは大体が長く生きてるって本に書いてあった。だからコイツもそうなんだろうけど…それなのに、ジブンと似てる。
そうだな、年齢的に大人っていう枠に当てはめたことはあっても、モンスターに対して子どもっぽいとか大人っぽいって思ったことはなかったかも。
そんなに変わらないってこと?子どもと大人って、考え方がちがうだけなのかな?
「はは、バカにしてくれて良いぜ。」
「いや…わかるよ。なんとなくだけど。」
「へえ、賢いな。俺の仲間でもわかってくれないかもしれないのに。」
「そうかな?狼男族ってけっこう良いヤツが多くない?」
「なんだ?他の狼男とも話してたのか。」
この言い方は、前に二匹で仲良さそうにしてた狼男のうちにコイツは入ってなかったみたいだな。…とは限らないのか。ややこしい!
「見分けがつかないからなんとも言えないけど、君以外のと話したことはあるよ。」
「そうか。狼男族は獣にしてはひょうきんな見た目だからな。からかわれる度に躱す術を身に着けていった結果だろうさ。口が巧いなら良い奴とは限らんぞ。」
「口がうまいって?」
「言葉で褒めたり騙すのが上手い奴のことさ。」
「騙してなんかなくない?ふつうの話の途中で良いヤツって思ったよ。」
「そうなのか?ははあ…まあ、そうだろうな。」
「え、なに急に?」
「それだけの理由を知ってるんだ。これも本当の話かはわからんが…。」
「教えてよ!」
「どうだろうな、子どもは知らない方がいいかもしれん。」
なにそれ…。そうやって自分の答えをひとり占めするの、村の大人みたいだ。
「知らなかったせいで危ない目に遭ったらどうするの?」
「それはそうだが…これは知識じゃなくて、その、嫌な事件みたいなことだからな。」
「事件?なんの?」
「俺は体験したことはないが、他の奴らは拷問されたことがあるらしい。」
「なにそれ?」
「罪を犯した奴を懲らしめることを言う。」
「良いことじゃん。」
「懲らしめる側ならな。モンスターは懲らしめられた側なんだよ。」
言ってることがわからなくなって、ちょっと黙る。…ああ、たしかにそうか。モンスターはこらしめられて当然だもんな。
でもそれをコイツの前で言うのはやめておこう。ジブンまで悪者にされそうだし。
「それとこれとはどう結びつくの?」
「オマエは子どもだから看守とは似ても似つかないだろ?看守ってのは拷問に加担してるニンゲンのことな。そういう理由で、狼男族が攻撃的にならずに話せてるんじゃないかと思っただけだよ。」
「モンスターは全員拷問されてるってこと?」
「全員じゃない。だが、ここ100年じゃ半分以上が被害に遭ってる。」
「へえ。でも船員になったモンスターもほぼ拷問されてるとは限らないんじゃないの?」
「わかるさ。そいつらの体についてる傷跡が不自然だからな。未だに傷跡が残ってることから長い間痛めつけられたのがわかる。あれはどう考えてもニンゲンの仕業だ。モンスターはあんな戦い方はしない。」
「な、なるほどね。」
なんか怖い話を聞いちゃったな…。人間も人間でそんなことをしてたなんて。モンスターは戦ってばかりだからキズだらけなのかと思ってたら、そういうことだったんだ。
そうだ、未だに傷跡が残ってるって言うと船長も当てはまるな。アイツは誰からもキラわれてそうだから、ケンカも拷問も両方有り得るけど。
「船長も拷問されてたのかな?」
「そうなんじゃないか?ニンゲンの剣を持ってるし。」
「え?」
あれが?人間の?なんで?
「なんだ?ニンゲンなら見りゃわかるもんじゃないのか?」
「わかんないよ。兵隊さんすら見たこと無いし。」
「世間知らずな奴だな…。」
「しょうがないじゃん、好きで漁村に生まれたわけじゃないし!」
「ああ、悪かった悪かった。」
知らないことがあるくらいでグチグチ言わないで欲しいな…。今はそんなことより、船長の方が気がかりだ。
「他のヨロイノボウレイはどんな剣を持ってるの?」
「ええと…覚えてないな。あまり見ない種だから。」
「少しでも良いから教えて!」
「無骨な鉄色の剣だ。切れ味が良さそうでも悪そうでもない、ただの剣…だった気がする。」
狼男は長いこと唸って、そんな答えを出した。あれだけ悩んでおいてそれ?と思ったけど、特徴のない剣なら覚えられないのも納得がいく。
「王国に捕まった奴は武器を取り上げられるから、そもそも持ってないはずなんだよ。だとすると、兵士から奪ったんだろう。あいつらしい。」
「そうなんだ…。」
「あいつらしい」か。仲間を船から突き落とすくらいなら、兵隊さんから武器を奪うのだって平気でやれるものなのかな。
それがどれくらいヤバいことなのかはわからないけど、ジブンで言うところの「怒っている大人から持ち物を盗んだ」って感じだろう。良くそんなことができるな…。
拷問と良い、ヨロイノボウレイの剣といい、モンスターからしか答えを得られないパターンもあるんだな。船員に怖がられるような演技はやめておいて正解だった。
だとすると、船長の謎は船長に聞かないと解けない。
船長のボロボロのヨロイについてはそれとなく聞いたことがあるけど、剣についてはまだだ。今度聞いてみよう。ジブンは好かれてるっぽいし、聞き出せるはず。
「そういえば、なんで拷問って始まったの?」
「こっちが聞きてえよ。大人から聞いてないのか?」
「悪いモンスターは兵隊さんがやっつけてくれるよ、とは聞いたことある。」
「なんとまあ、濁されたもんだな。」
狼男はやれやれといった感じで頬杖をついた。人間に苛ついているらしい。モンスターが悪いことをしたんだろうに、呆れたヤツだ。
どれだけ悪いことをしたのかは知らないけど、狼男たちは拷問されても仕方ないようなことをしたのかな?
「皆、命からがら牢屋から逃げてきたってのによ。山を越えて海を渡って…。」
「あ、それで?」
「なにがだ?」
「それで島にモンスターがいるようになったんだなって。」
「なんだよ、そんなことまで知ってんのか?最近のガキは末恐ろしいな。」
最近になって、モンスターも人も住んでない島にモンスターが流れ着くことが多くなったってお母さんから聞いたことがある。
船に乗る仕事に着いていくようになった時のために教えられたことだ。静かな島でも油断しちゃダメって。
「君も島に住んでたの?」
「いいや、大陸にいた。うっかり海に落ちて、木材に捕まってたら島に流れ着いたんだ。」
「ドジ…。」
「うるせえな!?体が重いんだから仕方ないだろ!」
「うわあ、ごめんって!…ええと、ならなんで島のこと知ってたの?」
「島で過ごしてると暇でな。海辺に出かけては水棲のモンスターと話す機会が多くなるんだ。それで色んな話を聞くうちにそういう情報が耳に入ったんだよ。」
「へえ。船長のうわさはなかったの?」
「なかったよ。あんな奴すぐに噂になるはずなんだがな。俺があいつに出会ったのは、まだ勢力拡大する前だったみたいだな。」
「運悪ぅ。」
「オマエだって仲間にされてんじゃねえか!」
「え?ジブンはその…ちがうもん。ちゃんと話聞いて仲間になったよ。」
「ええ…?倫理観死んでんのかよ…。」
「あの時そんなヤツってわかってたら乗らなかったもん!」
「りんりかん」の意味はわからなかったけどすごくバカにされてるのがわかって飛びつくように言い返してやったら、狼男はたじろいだ。
「ま、まあ確かにオマエが奴の最初の仲間だったんだもんな。そりゃわからんか。」
「そうだよ!もう。子どもに何か言われてキレるとか、どうかしてるよ。」
「オマエだからキレてるんだよ…。」
「ええ?」
こっちが面倒なことをしたような反応をされた。「オマエだから」ってなんだ?めっちゃキラわれてるってこと?なんで?
クソめ、こんなヤツは無視だ。船長の話に戻してやろう。
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