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第5話 雪ちゃんの過去(1)
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次の日。結局、今日も雪ちゃんに声をかけられないまま、昼休みが終わろうとしていた。
あと十秒ぐらいでチャイムが鳴る……というときに、雪ちゃんが席に戻ってきた。そのとき、雪ちゃんの服のポケットから、小さくて四角い何かが滑り落ちて、その何かがわたしの机の下まで入ってきた。雪ちゃんに返してあげようとそれを拾い上げると、そこには二人の女の子が写っていた。一人は雪ちゃんで、もう一人はわたしの知らない子。……あんまり見たら失礼よね、早く返さないと。
「ねぇ、落としたよ。……この子、雪ちゃんのお友達?」
「写真、勝手に見ないでくれる? あなたには関係ないでしょ」
雪ちゃんはそれをひったくって、急いで席に着いてしまった。
えーっと、五時間目は……国語か。黒板に書いてある時間割表を見る。
「アリスさん、毎週金曜日の五時間目は、副担任の石田夏樹先生と日本語の学習をしてもらうことになりました。今から図書室に移動しましょう。――皆さんは、先生が戻るまで、今日習うところを黙読していてください」
黒崎先生に連れられながら渡り廊下を渡って、隣の校舎の二階にある図書室へ。この小学校は、魔法学校ほど広くないし、勝手に教室の場所が入れ変わったり、廊下が迷路になったりはしてないから、迷子にならずに済みそう。
「それでは、僕はここで失礼します」
「先生、ありがとうございました」
図書室の扉を開けると、若い女の先生がわたしを出迎えてくれた。この人が、石田先生かしら?
「いらっしゃい、アリスさん」
「石田先生、今日からよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。――あ、良かったら私のことは『夏樹先生』って呼んでね。なんなら、『なっちゃん』とかでもいいよ! 壮司君にはそう呼ばれてるんだ」
……壮司君なら呼びそう。
「分かりました、えっと……夏樹先生!」
「よくできました。……『なっちゃん』じゃなくていいの?」
壮司君じゃあるまいし、それは遠慮するわ。
「じゃあ、とりあえず座ろっか」
夏樹先生が案内してくれた窓際の席で、日本語の勉強をすることになった。
「まずは、アリスさんがどれくらい日本語を知ってるか確かめるために、テストをするね」
え! どうしよう、何も勉強してきてないんだけど……。
「大丈夫、たくさん間違えたとしても、成績を下げたりしないよ! だから、リラックスしてやってみてね」
良かった……。
夏樹先生から二枚の紙を受け取った。一枚はひらがなとカタカナの問題で、もう一枚は一年生で習う漢字の問題だった。
――よし、ひらがなとカタカナは全部書けた! 合ってるかは分からないけどね……。
漢字は……分からなくてもがんばって全部埋めようとしたけど、半分も書けなかった。そのうえ、自信があるのは数字の「一」、「二」、「三」と、「火」と「水」と「土」ぐらいだった。
「お疲れ様。ひらがなとカタカナは完璧だね、素晴らしい!」
丸付けが終わったテスト用紙を、夏樹先生が返してくれた。
「漢字、難しいよね。私も小学生の頃、すっごく苦労したなぁ……」
夏樹先生も、漢字が苦手だったのね。なんだか、安心……。
「『五』、おしいね。書き順の三画目が、右と左が逆なの。『川』は、波線じゃなくて、一番左の線は外側にはねて、真ん中と右側の線はまっすぐ下ろすの。川の流れを表してる文字だから、覚え方は合ってるよ。『目』の書き方、面白いね。四角の中に目玉が……! 正しく書くには、シンプルに二本線にしようね」
漢字、やっぱり覚えるのに時間がかかりそう……。でも、一つひとつの漢字に成り立ちがあって奥が深いんだって、夏樹先生が教えてくれた。
「ちょっと早いけど、休憩にしようか」
集中力が切れそうになってるわたしを、夏樹先生は気遣ってくれた。
「そういえばアリスさん、自己紹介の作文読んだよ! アリスさん、魔女なんだって?」
夏樹先生はずいっと身を乗り出しながら言った。先生、顔、近いよ。
おととい、作文を発表した後、黒崎先生に原稿用紙を預けたんだった。まさか夏樹先生も読んでたなんて……。
「アリスさんの自己紹介、聞きたかったなぁ。でもあのときは他のクラスの授業に行ってたから……」
「あの、夏樹先生……先生は、あの作文のこと、信じてるんですか?」
これは一応聞いておかないと。もし本当は信じてなくて、面白がってるだけとかだったら、急いで言い訳しないと。
「もちろんだよ! 私、小さい頃から魔法使いにあこがれてて、魔法が使えるようになりたかったの。家族や友達はみんな、『魔法なんてない』、『魔法使いなんかいない』って言ってたけど、私は信じ続けた。そこに魔女であるアリスさんが現れて、ああ……感激!」
なんか、本気……っぽいわね。わたしはまだ心を読む魔法は使えないけど、夏樹先生からは強い思いを感じる。
「あ、そうだ。『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』っていう本、知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「そっか、人間界に来たばっかりだもんね。――魔法使いが登場する物語の中で、それが一番好きなの。魔法使いの三人組が、悪魔の呪いのせいで悲しみや怒りで満たされた世界からもう一度幸せを取り戻すために、世界のはしからはしまで旅をする話なんだ! どう、面白そうじゃない?」
「はい、ぜひ読んでみたいです!」
へぇ……人間界にも、魔法使いが出てくるお話があるのね。
「アリスさん、まだ図書室使ったことないよね。『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』も図書室にあるから、一緒に借りる練習しよっか」
図書準備室にいる司書さんを、夏樹先生が呼んでくれた。
「本を借りるときは、毎回この〈図書カード〉を持ってきてね」
そう言いながら司書さんは、図書カードと、本の後ろに貼ってあるシールに機械を当てた。〈バーコード〉っていう色んな太さの線のマークを読み取ってるんだって。
「来週の金曜日、二十二日までです。ありがとうございます。――いっぱい本読んでね!」
司書さんは笑顔で本と図書カードを差し出してくれた。二十二日まで……返すの忘れないようにしないと。
そんな感じで五時間目はあっという間に終わった。
あと十秒ぐらいでチャイムが鳴る……というときに、雪ちゃんが席に戻ってきた。そのとき、雪ちゃんの服のポケットから、小さくて四角い何かが滑り落ちて、その何かがわたしの机の下まで入ってきた。雪ちゃんに返してあげようとそれを拾い上げると、そこには二人の女の子が写っていた。一人は雪ちゃんで、もう一人はわたしの知らない子。……あんまり見たら失礼よね、早く返さないと。
「ねぇ、落としたよ。……この子、雪ちゃんのお友達?」
「写真、勝手に見ないでくれる? あなたには関係ないでしょ」
雪ちゃんはそれをひったくって、急いで席に着いてしまった。
えーっと、五時間目は……国語か。黒板に書いてある時間割表を見る。
「アリスさん、毎週金曜日の五時間目は、副担任の石田夏樹先生と日本語の学習をしてもらうことになりました。今から図書室に移動しましょう。――皆さんは、先生が戻るまで、今日習うところを黙読していてください」
黒崎先生に連れられながら渡り廊下を渡って、隣の校舎の二階にある図書室へ。この小学校は、魔法学校ほど広くないし、勝手に教室の場所が入れ変わったり、廊下が迷路になったりはしてないから、迷子にならずに済みそう。
「それでは、僕はここで失礼します」
「先生、ありがとうございました」
図書室の扉を開けると、若い女の先生がわたしを出迎えてくれた。この人が、石田先生かしら?
「いらっしゃい、アリスさん」
「石田先生、今日からよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。――あ、良かったら私のことは『夏樹先生』って呼んでね。なんなら、『なっちゃん』とかでもいいよ! 壮司君にはそう呼ばれてるんだ」
……壮司君なら呼びそう。
「分かりました、えっと……夏樹先生!」
「よくできました。……『なっちゃん』じゃなくていいの?」
壮司君じゃあるまいし、それは遠慮するわ。
「じゃあ、とりあえず座ろっか」
夏樹先生が案内してくれた窓際の席で、日本語の勉強をすることになった。
「まずは、アリスさんがどれくらい日本語を知ってるか確かめるために、テストをするね」
え! どうしよう、何も勉強してきてないんだけど……。
「大丈夫、たくさん間違えたとしても、成績を下げたりしないよ! だから、リラックスしてやってみてね」
良かった……。
夏樹先生から二枚の紙を受け取った。一枚はひらがなとカタカナの問題で、もう一枚は一年生で習う漢字の問題だった。
――よし、ひらがなとカタカナは全部書けた! 合ってるかは分からないけどね……。
漢字は……分からなくてもがんばって全部埋めようとしたけど、半分も書けなかった。そのうえ、自信があるのは数字の「一」、「二」、「三」と、「火」と「水」と「土」ぐらいだった。
「お疲れ様。ひらがなとカタカナは完璧だね、素晴らしい!」
丸付けが終わったテスト用紙を、夏樹先生が返してくれた。
「漢字、難しいよね。私も小学生の頃、すっごく苦労したなぁ……」
夏樹先生も、漢字が苦手だったのね。なんだか、安心……。
「『五』、おしいね。書き順の三画目が、右と左が逆なの。『川』は、波線じゃなくて、一番左の線は外側にはねて、真ん中と右側の線はまっすぐ下ろすの。川の流れを表してる文字だから、覚え方は合ってるよ。『目』の書き方、面白いね。四角の中に目玉が……! 正しく書くには、シンプルに二本線にしようね」
漢字、やっぱり覚えるのに時間がかかりそう……。でも、一つひとつの漢字に成り立ちがあって奥が深いんだって、夏樹先生が教えてくれた。
「ちょっと早いけど、休憩にしようか」
集中力が切れそうになってるわたしを、夏樹先生は気遣ってくれた。
「そういえばアリスさん、自己紹介の作文読んだよ! アリスさん、魔女なんだって?」
夏樹先生はずいっと身を乗り出しながら言った。先生、顔、近いよ。
おととい、作文を発表した後、黒崎先生に原稿用紙を預けたんだった。まさか夏樹先生も読んでたなんて……。
「アリスさんの自己紹介、聞きたかったなぁ。でもあのときは他のクラスの授業に行ってたから……」
「あの、夏樹先生……先生は、あの作文のこと、信じてるんですか?」
これは一応聞いておかないと。もし本当は信じてなくて、面白がってるだけとかだったら、急いで言い訳しないと。
「もちろんだよ! 私、小さい頃から魔法使いにあこがれてて、魔法が使えるようになりたかったの。家族や友達はみんな、『魔法なんてない』、『魔法使いなんかいない』って言ってたけど、私は信じ続けた。そこに魔女であるアリスさんが現れて、ああ……感激!」
なんか、本気……っぽいわね。わたしはまだ心を読む魔法は使えないけど、夏樹先生からは強い思いを感じる。
「あ、そうだ。『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』っていう本、知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「そっか、人間界に来たばっかりだもんね。――魔法使いが登場する物語の中で、それが一番好きなの。魔法使いの三人組が、悪魔の呪いのせいで悲しみや怒りで満たされた世界からもう一度幸せを取り戻すために、世界のはしからはしまで旅をする話なんだ! どう、面白そうじゃない?」
「はい、ぜひ読んでみたいです!」
へぇ……人間界にも、魔法使いが出てくるお話があるのね。
「アリスさん、まだ図書室使ったことないよね。『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』も図書室にあるから、一緒に借りる練習しよっか」
図書準備室にいる司書さんを、夏樹先生が呼んでくれた。
「本を借りるときは、毎回この〈図書カード〉を持ってきてね」
そう言いながら司書さんは、図書カードと、本の後ろに貼ってあるシールに機械を当てた。〈バーコード〉っていう色んな太さの線のマークを読み取ってるんだって。
「来週の金曜日、二十二日までです。ありがとうございます。――いっぱい本読んでね!」
司書さんは笑顔で本と図書カードを差し出してくれた。二十二日まで……返すの忘れないようにしないと。
そんな感じで五時間目はあっという間に終わった。
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