アラサートリオの異世界スローライフ

MONGOL

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本編

28.転移

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 名を呼ばれた。ただそれだけのことに動揺する自分に瑛冬えいとは驚いていた。
 真正面から十秋とあに見つめられて目が泳ぐ。
 どうにも気まずく感じるのは、こちらに後ろ暗いところがあるからだろうか。

「あ、馴れ馴れしかったですよね、すみません。勇吾と話しているのが聞こえてしまって。名前、瑛冬さんって言うんですね」
「別にかまわない。まだ名乗っていなかったな、俺は月城つきしろ 瑛冬だ。君は?」

 白々しいと内心思いつつ、瑛冬も十秋に名を尋ねた。

「俺は東雲しののめ 十秋です。東雲だと長いので、よければ十秋と呼んでください。俺も瑛冬さんと呼んでもいいですか?」
「君の好きなように呼んでくれ。俺も十秋君と呼ばせてもらうことにするよ」

 また彼を"十秋"と呼ぶことができる。そんなまたとない申し出に、瑛冬の心は簡単に舞い上がる。

「ありがとうございます、瑛冬さん!」

 そんな弾んだ声で名前を呼ばないでくれ、勘違いしてしまいそうだ──。


「ちょっといいかい?」

 多少ぎこちないがなんとか無難に会話を続けていると、慎哉しんやが現れ話に割り込んできた。これ以上十秋と二人きりは辛かったので、正直助かった。


「初めまして十秋君。俺の名前は夏樹なつき 慎哉といいます。jaegerイェーガーって言ったら分かるかな。君のことはwarlockウォーロックから聞いてるよ」

 そう言いながら、慎哉にしてはなぜか馴れ馴れしい仕草で瑛冬の肩を軽く抱き寄せてきた。鬱陶しいがとくに押しのける理由もないのでそのまま好きにさせていると、十秋の顔が少し歪んだような気がしたが、それは見間違いかと疑うぐらい一瞬のことだった。

「あなたがjaegerさんなんですね! ってことは、やっぱり瑛冬さんも?」

 コーフン気味に十秋は慎哉から瑛冬へ期待した目を向けてきた。

「warlockから俺たちのことも聞いたんだろ? お察しの通り俺のHNはそのまんまei_toだ。毎回考えるのが面倒なんでね」
「あ、それ分かります」

 「一緒ですね」とおかしそうに笑う十秋に瑛冬もつられて微笑んだ。
 その後も共通の話題で盛り上がり、すっかりぎこちなさもなくなってきた。
 十秋は切れ長の鋭い眼光と相まって少し酷薄そうにも見えるクールな見た目をしているが、笑うと案外年相応の青年の顔をする。
 ああ、この流れはまずいな、と瑛冬は漠然とした不安がわいてくるのを感じた。これはよくない兆候だと、頭では理解していても止められないのが心というものである。



 長年秘めてきた秘密──。

 瑛冬は男性しか恋愛対象にすることができない同性愛者だった。
 なんの因果かこの世界の住人が同性愛を禁忌としないことは僥倖とも言えるが、長年培われた偏見に対する恐怖から言い出すことができないでいた。
 その鬱屈が苛立ちとして顕著に現れたのがマニアでの大乱闘事件だった。
 完全な八つ当たりだということは瑛冬も分かっていたが、己を偽らない彼らに嫉妬のような感情を押し殺すことができなかったのだ。
 予想外だったのは、マニアの住人がその八つ当たり行為をなせか喜んでいたことだったが、そんなことで喜ばれても嬉しいはずがない。

 どうにかしてこの感情を押し止める術がないものか──。

 瑛冬は極度の面食いで、案外惚れっぽいタチでもあった。その上ノンケばかり好きになる悪癖持ちだった。
 瑛冬の恋はいつもはじまりすらしない、破滅の恋。

 もう嫌だ、恋なんてしたくない──。


 性格もいい、趣味も合う、顔も体も好み。それで惚れるなってのが無理な話だった。
 最悪この恋は叶わなくてもいいから、それならせめて嫌われたくない。少しでも好かれたい。

 瑛冬は自分が悩ましげな顔をしながらため息ばかりついていることのに気付かなかった。その顔をジッと見つめる視線にも。






 *





 隣を歩きながら何か言いたげにニヤついている慎哉を瑛冬は軽く睨みつけた。

「なんだよ…」
「いや、よかったなーと思って。ちょっと安心した」

 慎哉には散々気を使わせてしまった負い目があるからか文句も言い辛い。

「安心するのはまだ早いんじゃないか」

 本当に言いたいことはそんなことではないと分かっているけれど意図的に話を逸らしても「仕方ないな」という顔をするだけで、慎哉はとくに何も言わないでくれる。そういう所が瑛冬に甘い。

「それもそうだな。いい加減逃げた頃だとは思うが、大眞のことも心配だし、さっさとここを出よう」

 滞っていた作業を再開するために一同は一旦別れた。
 去り際に「また後でお話しましょう」と十秋に誘われたことに胸をざわつかせながら、瑛冬は帰還の魔法陣の上に立つ。
 慎哉によって準備されていたその魔法陣は、長距離を大人数で移動するために用意されたものだった。
 シェスタの精霊たちの力を借りたそれは、瑛冬のありったけの魔力を注ぎ込まなければ完成しない代物で、もしこの国の魔法使いに解析されたとしても運用不可能なので今回使用することにしたのだ。

「これから転移の魔法陣を発動させるが、皆覚悟はいいか?」

周りをぐるりと囲むように立っている召喚者たちの顔を見ながら、瑛冬は最終確認をとる。

「ここを出たら全員追われる身だ。それでも後悔はしないという者だけ着いて来てくれ」

「そんなこと承知の上よ! もー待ちくたびれたわ、さっさと行きましょ!」

 そうキッパリと言い切った加奈子の声を皮切りに、方々から「そうだ、早くしろ」と催促されてしまった。

「もうこの国の奴らにいいように騙され、踊らされるのはごめんだ! 俺は自由に生きたい!」

 今にも溢れそうな涙を浮かべ、拳を突き出し絶叫する男性、彼に一体何があったんだろうか。

「俺はエルフを探す旅に出るんだ! この際エルフなら白でも黒でもなんでもいい! うぉーー! 必ず見つけ出してやる! 待ってろよ!!」
「やーね。居るかわからないエルフよりも、獣人とか精霊の方が私は興味あるな」
「精霊王がデブでオッサンって本当なのかな」
「モフモフこそ正義!!」

 まるで緊張感のない空気に、なんだかなぁと思わなくもない瑛冬たちだったが、妙な抵抗をされるわけでもないので作戦を実行することにした。

 魔法陣の大きさはそれほど大きくない。
 瑛冬は光り輝く円の真ん中に立ち力を解放する。魔力を自動的に吸収し光度が段々と増していく。
 注ぐことに集中している瑛冬のそばでは、ここまで引っ付いて来たチビ精霊たちがおこぼれにあずかろうとキラキラ光りながら跳ね回り光の粒をまき散らす。
 精霊たちにしてみれば、瑛冬たちと一緒に王城に忍び込んだのは遊び感覚なのかもしれない。
 そんな精霊たちののんきで楽しそうな声を聞きながら、瑛冬は魔法陣に魔力を注いでいく。
 体から何かがスーッと抜けていく感覚に身をゆだね眩しさに目を閉じた。

「キレイ…」

 そう小さく囁いた誰かの声が聞こえた気がしたが、光の洪水に全てが飲み込まれていった。
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