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28.発熱、そして店に出る
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春祭りから数週間が経った、ある日。
ダリアが熱を出した。
昨晩までは特に何でもない様子だった。顔つきは普段と何も変わらないし、店の営業も問題なくこなしていたし。とにかく健康そのものだったのだ。
しかし、朝起きると、様子がおかしくなっていた。
顔全体がほんのり赤らんでいる。目つきもどことなく力がなく、眠そうだ。それに加えて、ダリア自身が「暑い」と漏らしていた。その後、私が手の甲でダリアの額を触ってみると、普通ではない熱を感じることができて。それらの要素を統合した結果、恐らく発熱だろうという話になった。
「……問題ない、のか?」
「えぇ、大丈夫よ。寝ていれば、きっとそのうち治るわ」
今日一日、横になって様子をみることした。
シュヴェーアは凄く心配そうな顔をしてくれている。が、私はそこまで不安視はしていない。というのも、ダリアが発熱したのは初めての経験ではないからだ。
ダリアが発熱しやすいタイプというわけではない。ただ、以前にも、ダリアが突然発熱したことは何度かあった。それゆえ、私からすれば、ダリアが発熱したことはそれほど驚くべきことではないのである。
「……今日の、店番は……セリナが、するのか?」
ダリアは今はよく眠っている。
熱が高い時は上手く眠れないということもあるが、今回は何とか眠ることができたようだ。
「えぇ。そうなりそうね」
「……力に、なりたい。が……私には、そういった才が……不足、している」
もうすぐ開店の時間。
臨時休業とすることも一つの選択肢ではあるけれど、もしうちの店のためにわざわざ足を運んでくれた人がいたとしたら申し訳ないことになってしまう。
こちらの勝手な都合で店を閉めるなんて……。
「取り敢えず店は開けるわ。できることはする、無理なことは諦める、で進めようかしら」
「……手伝える、ことは」
「そうね……じゃあ、私がここにいない間、母さんの様子を見守っていてくれる?」
症状は今のところ発熱だけ。けれど、いつどのような状態になるかは不明だ。病人に「絶対」はない。だからこそ、一人は近くにいる方が良いだろう。二十四時間常に横にいる必要はないけれど。たまに様子を確認する係が一人いるだけでも、安心感が大きいはずだ。
「……理解した」
シュヴェーアは、病人になったダリアに付き添う係を、快く引き受けてくれた。
◆
一人で店番をこなせるのか、不安が込み上げる。
カウンターの手前側に立ちながら見る店内は、見慣れたもののはずなのに、今はどうしてか特別な風景のように感じられた。
来店を待つ間、私は、自分の周囲に置いてある物を確認する。客が購入した商品を入れる袋や、茶葉が既に袋詰めされている商品など、色々な物をこの目で見ておく。どこに何があるのかを把握するために。
◆
開店から一時間ほどが経過。
本日最初の客が、店内に入ってきた。
「ノーマルブレンドありますか?」
「あ、はい」
一人目の客は三十代半ばだろうと思われる女性。
頭部には頭巾を被り、昆布色のワンピースを着た、自然派な印象の人だ。
「ノーマルブレンド、一袋ですか?」
「はい。できればMサイズで」
うちの自慢の一品。それがノーマルブレンド。紅茶に似た優しい味わいでそこそこ人気がある、と、以前ダリアが言っていた。
ちなみに、この商品は定番商品なので、様々なサイズの袋を用意している。
女性の手のひらに乗るサイズ、リンゴ程度の重さのS。
横向けにして両手で持つと持ちやすいM。
そして、一袋で数カ月は困りそうにない量が入ったL。
以前ダリアから聞いた話によれば、家族数人でしばらく楽しめるMが特に人気だとか。中には、ティーパーティー開催に備えてLを買っていてくれる人もいるそうだが、やはり、普通の家庭で使用するならMくらいがちょうど良い量なのだろう。
「六百ペペタになります」
「じゃ、千から」
「お返し、四百ペペタです」
最初の客が購入したのは、ノーマルブレンド一袋だけ。
もう少し色々見ていってほしいとは思ったけれど、取引が複雑化しなかったという意味ではこれで良かったのかもしれない。
それから数分が経過した頃、数名の女性客が店内に入ってきた。
私はさりげなく「いらっしゃいませー」とだけ声をかけ、皆を迎える。
数名はグループのようだった。どこかからやって来た人だろうか、全員見覚えのない顔である。そして、その脇にいる一人の真面目そうな女性は、グループとは別に来てくれた客のようだ。本を抱えたその女性は、他の女性たちとは一切言葉を交わしていない。
「クマとかあるわ! 可愛いなぁ」
「ほんまやね。可愛いわぁ」
「見てこれ、いろんな模様やわ! 面白いなぁ」
「そうやねぇ」
グループと思われる女性たちは、店内に陳列されているクマグッズに魅了されている。色々見ながら盛り上がる様は、雑貨店で盛り上がる娘たちのよう。背中しか見えない角度からでも、彼女たちが機嫌が良いとしっかり分かる。
そんなグループ客の背を眺めていると、真面目そうな女性が先にカウンターへやって来た。
「茶葉を買いに来たのですです。売っていただけますますか」
真面目を絵に描いたような容姿からは想像できない妙な口調。
だが私は、気にせず会話を進める。
「はい。どのような茶葉をお求めでしょうか?」
「空腹に効くものをお願いしたいです」
出た! 目的から茶葉を選ばなくてはならないパターン!
……でも、問題ない。
慌てなければ期待に応えられる。狼狽えず、記憶をたどり、相応しいものを紹介しよう。
「では、グーリンティーはいかがでしょう?」
「グーリンティー……聞いたことのない茶葉ですです。どのようなものなのですですか? 教えて下さいさい」
以前、ダリアがシュヴェーアに出していたお茶。それがグーリンティー。あの時ダリアは、確か、「満腹感が増す」と言っていたはず。とすれば、空腹対策として使えるのは、このお茶だろう。
幸い茶葉は近くにあった。
私は、その深い緑色をした茶葉が入った透明の容器を差し出し、女性に現物を見せる。
「こちらになります」
「かなり暗い緑色ですですね」
「この茶葉をお茶にしたものがグーリンティーと呼ばれるものです。空腹感を感じた時にそのお茶を口にすると、一時的にではありますが、空腹感が和らぎます。食べ過ぎ防止に使えるかと」
ダリアが熱を出した。
昨晩までは特に何でもない様子だった。顔つきは普段と何も変わらないし、店の営業も問題なくこなしていたし。とにかく健康そのものだったのだ。
しかし、朝起きると、様子がおかしくなっていた。
顔全体がほんのり赤らんでいる。目つきもどことなく力がなく、眠そうだ。それに加えて、ダリア自身が「暑い」と漏らしていた。その後、私が手の甲でダリアの額を触ってみると、普通ではない熱を感じることができて。それらの要素を統合した結果、恐らく発熱だろうという話になった。
「……問題ない、のか?」
「えぇ、大丈夫よ。寝ていれば、きっとそのうち治るわ」
今日一日、横になって様子をみることした。
シュヴェーアは凄く心配そうな顔をしてくれている。が、私はそこまで不安視はしていない。というのも、ダリアが発熱したのは初めての経験ではないからだ。
ダリアが発熱しやすいタイプというわけではない。ただ、以前にも、ダリアが突然発熱したことは何度かあった。それゆえ、私からすれば、ダリアが発熱したことはそれほど驚くべきことではないのである。
「……今日の、店番は……セリナが、するのか?」
ダリアは今はよく眠っている。
熱が高い時は上手く眠れないということもあるが、今回は何とか眠ることができたようだ。
「えぇ。そうなりそうね」
「……力に、なりたい。が……私には、そういった才が……不足、している」
もうすぐ開店の時間。
臨時休業とすることも一つの選択肢ではあるけれど、もしうちの店のためにわざわざ足を運んでくれた人がいたとしたら申し訳ないことになってしまう。
こちらの勝手な都合で店を閉めるなんて……。
「取り敢えず店は開けるわ。できることはする、無理なことは諦める、で進めようかしら」
「……手伝える、ことは」
「そうね……じゃあ、私がここにいない間、母さんの様子を見守っていてくれる?」
症状は今のところ発熱だけ。けれど、いつどのような状態になるかは不明だ。病人に「絶対」はない。だからこそ、一人は近くにいる方が良いだろう。二十四時間常に横にいる必要はないけれど。たまに様子を確認する係が一人いるだけでも、安心感が大きいはずだ。
「……理解した」
シュヴェーアは、病人になったダリアに付き添う係を、快く引き受けてくれた。
◆
一人で店番をこなせるのか、不安が込み上げる。
カウンターの手前側に立ちながら見る店内は、見慣れたもののはずなのに、今はどうしてか特別な風景のように感じられた。
来店を待つ間、私は、自分の周囲に置いてある物を確認する。客が購入した商品を入れる袋や、茶葉が既に袋詰めされている商品など、色々な物をこの目で見ておく。どこに何があるのかを把握するために。
◆
開店から一時間ほどが経過。
本日最初の客が、店内に入ってきた。
「ノーマルブレンドありますか?」
「あ、はい」
一人目の客は三十代半ばだろうと思われる女性。
頭部には頭巾を被り、昆布色のワンピースを着た、自然派な印象の人だ。
「ノーマルブレンド、一袋ですか?」
「はい。できればMサイズで」
うちの自慢の一品。それがノーマルブレンド。紅茶に似た優しい味わいでそこそこ人気がある、と、以前ダリアが言っていた。
ちなみに、この商品は定番商品なので、様々なサイズの袋を用意している。
女性の手のひらに乗るサイズ、リンゴ程度の重さのS。
横向けにして両手で持つと持ちやすいM。
そして、一袋で数カ月は困りそうにない量が入ったL。
以前ダリアから聞いた話によれば、家族数人でしばらく楽しめるMが特に人気だとか。中には、ティーパーティー開催に備えてLを買っていてくれる人もいるそうだが、やはり、普通の家庭で使用するならMくらいがちょうど良い量なのだろう。
「六百ペペタになります」
「じゃ、千から」
「お返し、四百ペペタです」
最初の客が購入したのは、ノーマルブレンド一袋だけ。
もう少し色々見ていってほしいとは思ったけれど、取引が複雑化しなかったという意味ではこれで良かったのかもしれない。
それから数分が経過した頃、数名の女性客が店内に入ってきた。
私はさりげなく「いらっしゃいませー」とだけ声をかけ、皆を迎える。
数名はグループのようだった。どこかからやって来た人だろうか、全員見覚えのない顔である。そして、その脇にいる一人の真面目そうな女性は、グループとは別に来てくれた客のようだ。本を抱えたその女性は、他の女性たちとは一切言葉を交わしていない。
「クマとかあるわ! 可愛いなぁ」
「ほんまやね。可愛いわぁ」
「見てこれ、いろんな模様やわ! 面白いなぁ」
「そうやねぇ」
グループと思われる女性たちは、店内に陳列されているクマグッズに魅了されている。色々見ながら盛り上がる様は、雑貨店で盛り上がる娘たちのよう。背中しか見えない角度からでも、彼女たちが機嫌が良いとしっかり分かる。
そんなグループ客の背を眺めていると、真面目そうな女性が先にカウンターへやって来た。
「茶葉を買いに来たのですです。売っていただけますますか」
真面目を絵に描いたような容姿からは想像できない妙な口調。
だが私は、気にせず会話を進める。
「はい。どのような茶葉をお求めでしょうか?」
「空腹に効くものをお願いしたいです」
出た! 目的から茶葉を選ばなくてはならないパターン!
……でも、問題ない。
慌てなければ期待に応えられる。狼狽えず、記憶をたどり、相応しいものを紹介しよう。
「では、グーリンティーはいかがでしょう?」
「グーリンティー……聞いたことのない茶葉ですです。どのようなものなのですですか? 教えて下さいさい」
以前、ダリアがシュヴェーアに出していたお茶。それがグーリンティー。あの時ダリアは、確か、「満腹感が増す」と言っていたはず。とすれば、空腹対策として使えるのは、このお茶だろう。
幸い茶葉は近くにあった。
私は、その深い緑色をした茶葉が入った透明の容器を差し出し、女性に現物を見せる。
「こちらになります」
「かなり暗い緑色ですですね」
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