誰もが居場所を求めてる。 ~人と魔の者の物語~

四季

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episode.8 私たちは分かり合えない

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「あの、よければ少しお話しませんか?」

 椅子に座って寂しさを感じていた私に誰かが声をかけてきた。
 俯けていた面を持ち上げると、視界に入ったのは――隊員服を着用したまだ十代くらいと思われる見た目の女性。

 肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪をうなじ付近で一つに束ねている真面目な印象の女性――いや、どちらかといえば少女だ。

「ソレアさん、ですよね」

 清らかそうな少女だった。
 制服を着用しているのでここで働いているのだろうが、大人の世界の穢れなんて知っていそうにない見た目だ。
 彼女はきっと心の奥底から綺麗なのだろう。
 そして、その清らかな心と正義感から、魔の者を倒す組織に入ったのだろう。

 ……もちろんただの想像だが。

「え、私を知っているのですか?」
「はい。ここでは有名ですよ。魔の者をやたらと呼び寄せる女性だって、噂になっていました」

 両手を下腹部の前辺りで重ねて立つその姿勢はきちんとしていてとても美しい。

 くす、と笑えば、顔面に花が咲くようで。

「よければ飲み物をお出ししますね。少し、お部屋を変えませんか?」
「は、はい」
「こちらへどうぞ」

 誘導に従い、部屋に入る。

 その部屋はとても素敵な部屋だった。
 フローラルな香りが漂っていて、棚の上には薄ピンクの花弁が愛らしい花が花瓶に入った状態で数本置かれている。

「紅茶で問題ないですか?」
「はい……」
「そういえばソレアさん、お会いするのは初めてですね」
「はい」
「私、夢があるんです」

 どういう流れ? と思っていると、少女は作業していた手はそのままで振り返る。

「魔の者、一匹残らず消し去りたいんですよ!」

 満面の笑み――でも、何だこれ!? 怖い? 何だか凄く怖い!!

「ええと……何の話ですか?」
「あっそうでした。まずは自己紹介ですねっ。私、コルトの妹で、コルテッタといいます!」
「お名前、お兄さんと似ていますね」
「はい! よく言われます!」
「素敵な名前と思います」
「ありがとうございますっ。ふふっ、嬉しいです」

 コルテッタは紅茶を注いだティーカップを運び、テーブルの上、私の目の前に置いてくれた。
 そのお礼を言おうとしたのだが――刹那、彼女は急に一枚の紙を目の前に出してくる。

 その紙にはノワールと思われる者の写真が貼りつけられていた。

「ご存知ですよね? この顔」

 その声の冷ややかさに、私は言葉を失った。

 信じたくない、とコルテッタの方へと視線を向けて、さらに愕然とする――なぜなら彼女がどす黒い笑みを浮かべていたから。

 真っ直ぐな、純真な、そんな少女と思っていた。

 でもそれは表の顔でしかなくて。

「彼、人間じゃないですよ」

 コルテッタはそう告げてきた。

 本当にそう? 嘘や罠ではない? いや、でも、写真の人は確かにノワールに似ている……。けれど彼はこれまで人に危害を加えるようなことはしなかったし、むしろ、魔の者を退治してくれていたくらいだった。それに、魔の者を倒したい、というようなことも言っていた。だから、彼を敵とは思えない……。

「……だったら何だというのですか」
「言いましたよね、魔の者は一匹残らず消し去りたいって」
「待ってください! ノワールさんは敵ではありません! それに、魔の者だという証拠だって十分では」
「証拠ならあります。一つはその紙、そしてもう一つは――貴女のもとへやって来たこと」

 コルテッタは冷ややかに落ち着いて言葉を紡いでいる。

「魔の者をやたらと呼び寄せる女性……なんですよね? ソレアさん?」

 今の彼女の笑い方は嫌いだ。
 嫌な感じがする。
 一度気になると不快に感じてどうしようもなくて、笑みを笑みとすんなり受け入れられない。

「そう……そう、かもしれません。私は何も聞いていないし知らなかったけれど、でも、もしかしたらそうなのかもしれない……」
「さすがに認めるようですね」
「でも! だとしても! 彼は人間に危害を加えるようなことはしないはずです! だから――」

 こちらの言葉を。

「死んでもらいます」

 彼女は遮った。

「どうして……」
「やつらは皆、敵! 滅ぶべきです! ソレアさん、聞きましたよ、貴女もかつて魔の者によってご両親を失われたと」
「それは……そうですけど、でも、そういうことをしたのはノワールさんではないです」
「同じでしょう。やつらは同類なのですよ」
「そんなことはないと思います……」

 コルテッタの考えには同調できなかった。

 私だって、魔の者を恐れていた。それのせいで傷ついてもきた。でも、だからこそ、ノワールは違うのだと分かる。多くの魔の者に会ってきたからこそ、違いはあると分かるのだ。

 でも……きっとコルテッタには言葉は届かない。

「残念です、ソレアさん、貴女となら分かり合えると思っていたのに。同じ大切な人を奪われた人間として、心通わせられると思っていたのに……まさか魔の者を擁護するとは!」

 コルテッタは親の仇であるかのように私を睨んでいた。

 罪深いことと思う。
 若い少女にこんな顔をさせて、憎しみを抱かせて。

 魔の者の行いの罪。
 その深さを感じる。

 でも、だからといってノワールに敵意を向けるのはお門違いだ。

「何も知らないで彼を憎み彼を消すなんて言わないで」
「……ソレアさん」
「申し訳ないけれど、私、貴女の考えには同調できないわ」

 ここにいても意味なんてない。
 きっと分かり合えないのだから。

「貴女が魔の者に敵意を持っているのは分かる。でも、だからといってすべて消してしまえばいいというのは違うと思うの。それにね、私は本人から話を聞きたい。後のことはそれから考えるわ」
「彼はソレアさんを騙していたのですよ?」
「だとしても……いいえ、それならなおのこと、真実を本人の口から聞かなくては」
「黙っていたのでしょう!? 隠していたのでしょう!? そのことがすべてを物語っているのです!!」
「……ごめんなさい、コルテッタさん。私はもう、貴女とは話しません」

 きっと、この紙に書かれていることは事実なのだと思う。
 誰よりも魔の者に詳しい討伐隊が持っているデータ、それは確かなもののはずだ。

 だから多分、彼は、本当に――。
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