誰もが居場所を求めてる。 ~人と魔の者の物語~

四季

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episode.14 転機

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 この部屋の中に三人が入る日が来るとは夢にも思わなかった。というのも、今、私とノワールのみでなくルナまでも加わっているのだ。ずっと一人だった部屋に今は三人が入っている。

「そう、ゼツボーノに両親を連れ去られたのね」
「はい」

 ルナはちゃっかりベッドの上に陣取っている。
 まるで、ずっと前からこの部屋に住んでいたかのように。

 もはや誰の部屋か分からない……。

「それで? アンタはどうするわけ? 助けに行くの?」
「はい、できれば。もちろん、いつか行けそうだったら……ですけど」
「なーんかテキトーね」
「勇気はあまりないので……」
「そう? ま、好きにすればいいけど。でも、助けたいのなら早くした方がいいわよ」

 しかも、ルナはノワールを真横に座らせて撫でている。

 その様はまるでペットと飼い主のよう。

「どういうことですか?」
「ゼツボーノは甘いやつじゃないわ、アンタが来るまで律儀に待っていてくれるとは思えない」
「殺される、ということですか」
「ま、そーね。でももしかしたらそれ以上のこともあるかもよ? たとえば……魔の者にされる、とか」

 ちょうどそのタイミングでノワールは頭に触れるルナの手を払った。眉間のしわは深くしたままで「脅し過ぎ」と言葉を放つ。しかしルナはいまいち聞いておらず「ノワ様ぁ~ご無事で何よりですわぁ~」などと演技のような言葉をかけている。拒否されてもなお、驚くほど積極的に身を寄せている。

「ま、アタシはべつにどうでもいいけど。だってアタシはノワ様が無事ならそれでいいのよ」
「……またそういうこと言う」
「仕方ないじゃないですかぁ~! アタシはもうずっとノワ様一筋なんですよぉ~!」
「メンドクサ」

 ルナから聞いた話によれば、この世に存在する魔の者のほとんどがゼツボーノの管理下にあるのだそう。彼ら彼女らは生まれ方は色々あるようだが、どんな誕生の仕方であれ多くがゼツボーノのもとで活動し、時に彼の命令によって人々を襲うらしい。
 ただ、魔の者と言ってもすべてがただの機械兵ではないので情緒や思考力もあるらしく、中にはゼツボーノに従うことを拒否する個体も存在しているそうだ。
 そういった個体は基本的にはゼツボーノによって処刑されるそうだが、上手く逃げることに成功した者は稀に人のふりをして人の中で生きていることもあるらしい。

 アザ・ト・レディーがノワールの命を狙っていたのも、ゼツボーノの命令による行動だったようだ。

「けれどノワ様、どうして人間の街などに行かれたのですか?」
「……もう疲れたし」
「皆心配していましたよ? 何かあったのでは、と」
「言ってるだけでしょ、あいつらボクのこと嫌ってたし」
「そんなことはありません、ノワ様! アタシは貴方を愛しています!」
「……それはルナだけの話でしょ」
「ああ……もう、冷たい……好きぃ……」

 ルナは時折私をいないものとして扱う。
 彼女がノワールに話しかける時、大抵、私はいないものとして言葉を発しているように感じる。

 何だか寂しい……。

 ルナはきっと良い人なのだと思う、だから、できれば仲良くなりたい。何とか距離を縮めたい。でもそれは叶わない夢だろうか? そういうことは難しいのだろうか? ノワールとはある程度仲良くなれたのだからルナとは絶対に無理ということはないとは思うのだが。


 ◆


「ルナさん!」

 仲良くなる作戦。
 アイデア、お菓子で釣る。

 ――それを試してみるため、近所のお菓子の店で色々買ってきてみた。

「……何よ」
「これ! 見てください! お菓子買ってきました!」
「はぁ?」
「お菓子ってご存知ですか?」
「食べ物?」
「はい! 人間の食べ物で、美味しいものです!」

 袋を開けて、ベッドの上に中身を出していく。クッキー、クラッカー、チョコレート、キャンディなどなど――いろんな種類を買ってきてみた。これだけいろんな種類があればきっと気に入るものもあるはず。少しでも食べて楽しんでくれれば嬉しいのだが。

「何これ?」

 ルナが一番につまみ上げたのは棒付きキャンディ。

「綺麗ね、これ」
「それは棒付きキャンディです」
「この棒も食べるの?」
「いえ、そこを持って透明な部分を舐めて食べます」
「そう……珍しいわね、見たことないわ」

 ――その時。

 何者かが扉をノックした。

 珍しいことに戸惑いつつ扉を開ければ、そこには見慣れた顔。

「ソレアさん、ちょっといいかね?」

 大家さんだった。

 ちなみに女性。

「あ、はい。何でしょうか」
「また人を連れ込んでるみたいだね」
「すみません……」
「もうそろそろいい加減にしてもらわないと! 迷惑だよ!」

 いきなり怒られてしまった。

「でも、この人たちは行くあてがなくて……」
「捨て猫じゃないんだから!」
「すみません……」
「一人だって言うから住まわしてたんだよ!」
「はい……」

 刹那、背後からルナの声が飛んでくる。

「なんて言い方すんのよ!」

 驚いて振り返れば、ルナは大家さんを睨んでいた。

 今にも殴りかかりそうな勢いだ。
 ノワールが引っ張って止めていたけれど。

「言われた方の気持ちも考えなさいよ!」
「……落ち着いてルナ」
「腹立つのよ! そういう言い方! ソレアのこと好きじゃないけど、そんな言い方はあんまりよ!」

 直後、大家さんは急に頬を張ってきた。

「え……?」
「もういい、明日の朝までに出ていきな」

 まずい、まずいぞ……!?

 これは本格的に怒らせてしまったかもしれない。

「実は前からソレアさんを住まわせたこと後悔してたんだよ。災難ばっかり降りかかるからさ。でも一度受け入れておいて追い出すのは無責任だし可哀想って思って、仕方なく置いてやってたんだ」

 大家さんはボロクソに言ってくる。

 そんな風に思っていたなんて、知らなかった……。

「だけどもういい機会だよ、ここで縁を切る。もうこれ以上相手してられないよ。化け物ばっかり引き寄せる不運の塊みたいな女、さっさと消えてほしいよ。じゃ、そういうことだから――ソレアさん、明日の朝までに片付けて出ていってくれ」

 大家さんは思いをすべて吐き捨てて、去っていった。

「何なのよ! あの女! 知り合いじゃないけど腹立つわ!」

 ルナは激怒していた。

 でも私は怒れなかった。
 今まで色々お世話になってきた、だからこそ、色々言われても怒りには至らなかった。

 ――けれど、とても悲しくて。

 立てない。

 涙が溢れて。

 平気なふりをしようとして、でも、そうすればするほどに悲しみが膨らんでしまった。
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