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episode.28 安らぎの時
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あの後討伐隊から連絡を受けて、魔の者を倒したことで回収できた父母と対面することとなった。
懐かしい顔。
ようやく拝むことができた。
……もっとも、二人はもう生き返らなかったけれど。
いつかきっとまた会って、三人で暮らしたい。
あの頃のように幸せに――。
夢は叶わなかった。二人は先に逝ってしまって、だからもう二度と、幸せだったあの頃を取り戻すことはできない。たとえどれだけ願っても祈っても、失われた命だけはどうしようもないものだから。
――それでも、最期にまた会えて良かった。
私は感謝した。
こうしてまた顔を見られた、その運命に。
聞いてほしかったな、色々な話。
言いたかった、私ずっと一人でも頑張ってやってきたんだよって。
望み。夢。それらは淡い幻のように空に溶けて消える。
悲しいし、切ないけれど、それでも進まなくては。
だって私はまだ生きているのだから。
生きている以上、どんな痛みだって抱え受け入れながら生きていくしかない。
◆
「ぁ……の、それあ、さん……ごめん、なさい……ふぁーざーとかいうあの……まの、もの……たお、して、しまって……」
やはり、あの時ファーザーを倒してくれたのはトニカだった。
直後ははっきりしなかったのだけれど、後に本人がそうだと話してくれたことで事実が明らかになった。
「いえ、いいんです。むしろ助かりました。ありがとうございました」
「……ぁ、の」
「何ですか?」
「ぉ、ごりょう、しんが……なく、なら、れていたと……き、きいて……その、すごく、つらいだろう、と……」
トニカは私のことを気遣ってくれている。
あの一件以降、時折会いに来ては話し相手になってくれるのだ。
彼女は魔の者としての能力は氷系だが、それとは逆に、とても温かい心を持った存在だ。
それに、ふかふかしたミトンも可愛らしい。
「いえ、大丈夫ですよ」
「……ほん、とう……に?」
「はい! 今はトニカさんとか他にも色々良くしてくれる人がいますから、寂しくないです」
「そ、う……なら、よか、った……」
「あっ、そうでした! それより、宿を壊してしまってすみませんでした。あの後、アオイさん怒ってらっしゃいませんでしたか?」
私たちは今、一旦、別の客室へと移っている。それは、元いたあの部屋が破壊されてしまったからだ。あの部屋が普通に宿泊できる状態ではなくなってしまったから、今は、他の部屋で過ごしている。
アオイは特に怒ったような様子はなかったけれど、でも、きっと複雑な思いはあるだろう――どんな感じかを少し知りたくて、こうしてトニカに聞いてみたのだ。
「……ぉ、こって、なかった」
「そうですか! 優しい方ですね」
「むし、ろ……まの、ものに、おそわれて、のこった……やど、って、うりだす……き、まん、まん……」
「ええっ」
つ、強い……。
◆
夜が来た。
敵襲のない静かな夜だ。
前の部屋よりは少し狭い部屋となってしまっているけれど、三人で過ごす分にはそれほど困りはしない。
ルナはデスク前の椅子に足を組みながら座って、短い木の枝のような形状のお菓子をぼりぼりと食らいながら新聞を読んでいる。
「ね~ぇ、ノ~ワ様っ。これ、食べませんことぉ~? 一緒にぃ」
枝みたいなお菓子を一本つまんでノワールに見せるルナ。
しかしノワールは冷めたような表情で「要らない」と短く返していた。
「あぁん、心ないぃ」
ルナは渡そうと出していたお菓子をそのまま口もとへ運びぼりぼりとかじりつつ食べた。
「でも、ノワ様がたいした怪我がなくて良かったですわぁ~」
「……喋るなら普通に喋って、鬱陶しいから」
「ううっ、なんて心ないの……」
ルナはどうやら甘いものが好きなようだ。これは最近分かってきたことだけれど。彼女の前にお菓子類を置いておくと大抵すぐに箱が空になっている。ルナはいつの間にか勝手に食べているのだ。
……無限餌やりみたいで少し楽しい。
「でも、まさか、トニカちゃんが倒すとはねぇ。大人しそうなのにあの子意外とやるわね。いいところ持っていかれちゃった、ちょっとだけ悔しいわ」
ルナはそこまでは普通の口調で発していたが。
「ノワ様にいいところ見せようと思ってたのにぃ~!」
急にぶりっこ調に変わった。
しかし、その次からはまた普通の喋り方に戻る。
「それにしてもソレア、今回は災難だったわね」
「私ですか?」
「だって親が二人とも魔の者になってたんでしょ? しかもその魔の者も目の前で倒されて。少し気の毒には思ったわ、今回はさすがにね」
ルナは椅子に座ったまま身体を回転させてこちらへ視線を向けてくる。
「……仕方ないですよ、そういう運命だったんですきっと」
「あら、意外とあっさり受け入れてるわね。前はあんなに情けなく泣いてたのに」
「さすがにもう慣れました、悲しいことにも」
「ふぅん、なかなかやるじゃない。乙女は強し! ってことね」
そう、いつまでも落ち込んではいられない。
前を向かなくてはならないのだ。
私なりの幸せを掴む、そのためには。
「いつもなんだかんだで気にかけてくださってありがとうございます」
「はぁっ? 何よそれっ」
「ルナさんはいつもさりげなく優しいですよね」
「ちょっ、か、勘違いしてんじゃないわよ! アタシはノワ様をお守りしてるだけよ!」
そう、ルナはノワールを護っている。
でもそれでもいい。
それでも一緒にいてくれれば心強いから。
当たり前だが、一番になりたいなんてそんな贅沢なことを思っているわけじゃない。
「あと、ルナさんはお美しいので、実はそういうところも好きです」
「ちょっ……や、やめなさいよっ! 恥ずかしいでしょ!? そんなことを言ったってお菓子はあげないんだからっ!」
懐かしい顔。
ようやく拝むことができた。
……もっとも、二人はもう生き返らなかったけれど。
いつかきっとまた会って、三人で暮らしたい。
あの頃のように幸せに――。
夢は叶わなかった。二人は先に逝ってしまって、だからもう二度と、幸せだったあの頃を取り戻すことはできない。たとえどれだけ願っても祈っても、失われた命だけはどうしようもないものだから。
――それでも、最期にまた会えて良かった。
私は感謝した。
こうしてまた顔を見られた、その運命に。
聞いてほしかったな、色々な話。
言いたかった、私ずっと一人でも頑張ってやってきたんだよって。
望み。夢。それらは淡い幻のように空に溶けて消える。
悲しいし、切ないけれど、それでも進まなくては。
だって私はまだ生きているのだから。
生きている以上、どんな痛みだって抱え受け入れながら生きていくしかない。
◆
「ぁ……の、それあ、さん……ごめん、なさい……ふぁーざーとかいうあの……まの、もの……たお、して、しまって……」
やはり、あの時ファーザーを倒してくれたのはトニカだった。
直後ははっきりしなかったのだけれど、後に本人がそうだと話してくれたことで事実が明らかになった。
「いえ、いいんです。むしろ助かりました。ありがとうございました」
「……ぁ、の」
「何ですか?」
「ぉ、ごりょう、しんが……なく、なら、れていたと……き、きいて……その、すごく、つらいだろう、と……」
トニカは私のことを気遣ってくれている。
あの一件以降、時折会いに来ては話し相手になってくれるのだ。
彼女は魔の者としての能力は氷系だが、それとは逆に、とても温かい心を持った存在だ。
それに、ふかふかしたミトンも可愛らしい。
「いえ、大丈夫ですよ」
「……ほん、とう……に?」
「はい! 今はトニカさんとか他にも色々良くしてくれる人がいますから、寂しくないです」
「そ、う……なら、よか、った……」
「あっ、そうでした! それより、宿を壊してしまってすみませんでした。あの後、アオイさん怒ってらっしゃいませんでしたか?」
私たちは今、一旦、別の客室へと移っている。それは、元いたあの部屋が破壊されてしまったからだ。あの部屋が普通に宿泊できる状態ではなくなってしまったから、今は、他の部屋で過ごしている。
アオイは特に怒ったような様子はなかったけれど、でも、きっと複雑な思いはあるだろう――どんな感じかを少し知りたくて、こうしてトニカに聞いてみたのだ。
「……ぉ、こって、なかった」
「そうですか! 優しい方ですね」
「むし、ろ……まの、ものに、おそわれて、のこった……やど、って、うりだす……き、まん、まん……」
「ええっ」
つ、強い……。
◆
夜が来た。
敵襲のない静かな夜だ。
前の部屋よりは少し狭い部屋となってしまっているけれど、三人で過ごす分にはそれほど困りはしない。
ルナはデスク前の椅子に足を組みながら座って、短い木の枝のような形状のお菓子をぼりぼりと食らいながら新聞を読んでいる。
「ね~ぇ、ノ~ワ様っ。これ、食べませんことぉ~? 一緒にぃ」
枝みたいなお菓子を一本つまんでノワールに見せるルナ。
しかしノワールは冷めたような表情で「要らない」と短く返していた。
「あぁん、心ないぃ」
ルナは渡そうと出していたお菓子をそのまま口もとへ運びぼりぼりとかじりつつ食べた。
「でも、ノワ様がたいした怪我がなくて良かったですわぁ~」
「……喋るなら普通に喋って、鬱陶しいから」
「ううっ、なんて心ないの……」
ルナはどうやら甘いものが好きなようだ。これは最近分かってきたことだけれど。彼女の前にお菓子類を置いておくと大抵すぐに箱が空になっている。ルナはいつの間にか勝手に食べているのだ。
……無限餌やりみたいで少し楽しい。
「でも、まさか、トニカちゃんが倒すとはねぇ。大人しそうなのにあの子意外とやるわね。いいところ持っていかれちゃった、ちょっとだけ悔しいわ」
ルナはそこまでは普通の口調で発していたが。
「ノワ様にいいところ見せようと思ってたのにぃ~!」
急にぶりっこ調に変わった。
しかし、その次からはまた普通の喋り方に戻る。
「それにしてもソレア、今回は災難だったわね」
「私ですか?」
「だって親が二人とも魔の者になってたんでしょ? しかもその魔の者も目の前で倒されて。少し気の毒には思ったわ、今回はさすがにね」
ルナは椅子に座ったまま身体を回転させてこちらへ視線を向けてくる。
「……仕方ないですよ、そういう運命だったんですきっと」
「あら、意外とあっさり受け入れてるわね。前はあんなに情けなく泣いてたのに」
「さすがにもう慣れました、悲しいことにも」
「ふぅん、なかなかやるじゃない。乙女は強し! ってことね」
そう、いつまでも落ち込んではいられない。
前を向かなくてはならないのだ。
私なりの幸せを掴む、そのためには。
「いつもなんだかんだで気にかけてくださってありがとうございます」
「はぁっ? 何よそれっ」
「ルナさんはいつもさりげなく優しいですよね」
「ちょっ、か、勘違いしてんじゃないわよ! アタシはノワ様をお守りしてるだけよ!」
そう、ルナはノワールを護っている。
でもそれでもいい。
それでも一緒にいてくれれば心強いから。
当たり前だが、一番になりたいなんてそんな贅沢なことを思っているわけじゃない。
「あと、ルナさんはお美しいので、実はそういうところも好きです」
「ちょっ……や、やめなさいよっ! 恥ずかしいでしょ!? そんなことを言ったってお菓子はあげないんだからっ!」
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