誰もが居場所を求めてる。 ~人と魔の者の物語~

四季

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episode.31 何でも吸い込む

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 ノワールとの会話は途中で終わってしまった――なぜなら、途中で扉の下の僅かな隙間から黒い霧状のものが入り込んできたから。

 普通に過ごしていて気づかないくらいの隙間。しかしそこから入り込んできた空気に似たそれは、やがて、客室内で一つの塊となる。もっとも、塊と言っても固形ではなく、霧の集合体のような感じなのだが。

「……魔の者か」

 大きな魔の者とはサイズ感が明らかに違う、室内に収まる程度の小さめの魔の者。

「ノワール……」
「大丈夫、すぐ片付く」

 ノワールはもはやお馴染みとなったアイスピックのような武器を取り出してそれで黒い霧のような敵を切り裂く。そして、魔の者が動揺している隙に、手にしている武器でど真ん中を一突き。

 目の前の魔の者は消滅したのだが――直後、扉が外れて倒れ、さらに大量の魔の者がなだれ込んできた。

「多っ!?」

 思わず叫んでしまった。

 でも驚いて騒いでいる場合ではない。
 この状況でお荷物になるわけにはいかない、そう思い、咄嗟に近くにあった椅子の背もたれ付近を掴む。

「……ソレア!? 何してるの!?」
「椅子で応戦するわ」
「ええ……って、うわ、っと!」

 黒いものがノワールの足もとをかすめた。彼はその場で軽く跳ぶようにして回避しようとしたが、バランスを崩し、斜め後ろに転びそうになる。それを目にした瞬間咄嗟に身体が動いて、持っていた椅子の座面を彼の尻の下辺りに滑り込ませた。それによって彼は転倒しきらず、椅子に座るような形となった。

「……ありがと」
「いえいえ」

 とはいえまだ何も解決していない。
 ここには敵が無数にいる。

「もうメンドクサイな……」

 ノワールは愚痴を言うような顔で呟いて、それから、椅子から立ち上がると左手を取り出した。手袋を外せばそれは一種の武器になる――恐らくそれを使うつもりなのだろう。

「鬱陶しいんだけど!」

 素の手のひらを前方へかざせば、吸引が始まる。形が不確かな魔の者たちは一気にその手の方へと引き寄せられていた。多少抵抗はしているようだが、その程度の抵抗で抗える吸引力ではない。黒いもやもやしたものがみるみる彼の手に吸い込まれていく。

 ――そして、一分もかからず視界すべての魔の者を吸い込んだ。

「……よし、これで大丈夫」

 ノワールは少し満足そうに呟いた。

「全部吸ってしまったわね」
「ん、問題なし」
「そう……本当に?」
「もちろん」

 ちなみに、吸い込まれてしまったものは魔の者以外にもある――新聞と使っておらず放置になっていた枕カバー、そして食べ終わったお菓子の箱と包み紙。

「魔の者以外にも色々吸っていたけれど……」
「全部消える、だから問題なし」

 お腹を壊したりはしないのだろう、きっと。

「やはり凄い能力ね、それ」
「……あまり良い能力とは思わないけどね」

 そう述べるノワールはどことなく寂しげな顔をしていた。

 嫌いなのか? 自分の能力が。

 その時、ふと視線を感じて振り返ると、窓にルナが貼りついていた。まさかの展開に驚いた。この世界において窓に人が貼りついているというのはかなり稀なことだ。けれどもそのままにしておくのも悪いので、取り敢えず窓を開けた。すると彼女は軽ろやかに室内へ入ってくる。

「凄い量ね、魔の者が」

 脇の豪快なスリットによって前後に別れている衣装のきれが時折ふわりと揺れるのが絵になる。

「この感じだと、ここにも来ていたのでしょう」
「あ、はい。でも既に片付いています」
「あらそうなの?」
「ノワール、あ、いや、ノワールさんが吸ってくださったんです」

 その後ルナは、外にも大量の魔の者が出現していることと既に魔の者討伐隊も到着していて交戦しているということを教えてくれた。そして、トニカはというと、一般人を救助したり護ったりする役割を担っているらしい。

「あら! そうだったの? ノワ様かっこい~い~!」
「……外でも吸うよ」
「ノワ様ったらぁ! いいんですよぉ? 無理なさらなくてもぉ~!」

 ルナは素早くノワールに接近、そのまま抱き締める。

 張りのある胸もとがノワールの顔面に命中していたが、ルナはまったく気にしていない様子だった。

「ああなんてお可愛らしいノワ様~、ずっとこうしていたいですわぁ~」
「……息しづらいんだけど」
「小さいところがまた昂るのよねぇ~!」
「いや、ちょ、ホントやめて……」

 ルナはこんな時でもルナだった。
 相変わらずの振る舞いだ。
 彼女にはどうやら恥ずかしいという感情はないらしい。

「ふう! 補給完了! じゃ、アタシはこれでもう一度外へ行ってくるわね」

 そう言って、ルナはようやくノワールを離す。

 また行ってしまうのか、寂しいな。それが思いだったのだが。つい「……またですか?」と発してしまって、ルナに鋭く睨まれたうえ「何よアンタ、文句あんの?」などと言われてしまった。これはこれで寂しい。物理的な寂しさではなく、心理的な寂しさ。

「ルナ、ボクも後で行く」
「ええ~っ? ノワ様、アタシについてきてくれるんですかぁ~!?」

 ルナは瞳を輝かせる。
 好きなお菓子を貰えそうになった子どものように。

「……人間を放っておけないでしょ」

 しかしその喜びの風船は一気にしぼむこととなった。

「むぅ。それって、アタシじゃなく人間のためって言ってる感じよね」
「……実際そうだよ」
「むむむう……しょん、ぼり」

 頬を膨らませていたルナは、言葉のリズムに合わせてしょんぼり顔をしてみせた。

 そうしてルナは先に外へ行ってしまう。

「ソレア、ボクもちょっと行ってくるよ。……数が多いなら皆で掃除する方が早いからさ」

 ノワールと離れるのはいつだって寂しいけれど、でも、彼がそれを選ぶならそれで構わないと思う。

「分かったわ」

 もし私が彼の隣で戦えたら、そう思うこともある。
 けれども何もできないのはどうやったって変えられない事実だ。

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 だからせめて、微笑んで見送ろう。

 彼が心配せず選んだ道を進めるように。

「……キミは災難を引き寄せるところがあるから、大人しくしていて」
「人間の皆さんのところへは行かない方が良いわね? きっと」
「ま、そうだね……ホントはずっとキミについてたいんだけど」
「気にしないで」
「……なるべくすぐに戻るよ」

 やはりノワールも窓から外へ出ていった。
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